羅凍の誕生日
某所で限定にて公開していたエピソードです。
少しだけ文章を整えました。
「ちょっと付き合ってよ」
哀萩を強引に街へ引っ張り出したものの、雪がちらついている。
もう11月が終わる。寒さを気にせず連れ出してしまったことに今更気づき、パサリと自身のマントを哀萩の肩にかけた。
ふうっと温まった様子を一瞬見せたものの、次の瞬間見上げられ──見惚れそうになったのも束の間。サラリと振り払うかのごとく、かけたマントが彼女の肩から離れる。
「いい。目立つから」
突き返されてみれば、『確かに』と納得せざるを得ない。表面は赤、内側は金。その色を目にすればぐうの音も出ない。
「今日は黒にしておくべきだった」
習慣で手に取り、身につけた色を後悔する。
「いいんじゃない? 羅凍には似合うから」
たわいのない一言で射止められ、また寒さを忘れそうになる。
これだから困る。
いつもこうだ。
彼女といると、『だから好きだ』と思ってしまう。
「あったかいものでも食べに行こう。何がいい?」
「ここでよかったの?」
「うん」
町外れ。人通りがまばらな、殺風景な路地。店内も殺風景で飾り気はない。よく言えば、知る人ぞ知る店だ。
「今日はいつもより持ってきたんだけどな」
「羅凍が払えない場所なんてないと思ってるわよ」
サラッと彼女がもっともなことを言う。
もっともすぎて羅凍が一瞬言葉を失ったその間に、ちょうどよく料理が運ばれてきた。
耳にはしていたが、初めて見た。スープパスタだ。
彼女は口にしたことがあるのだろう。嬉々として食べ始める。黙々と食べる彼女を見て、羅凍も食べ始めたが、そういう意味だったのかと知る。
『目立つ』のは、マントの色ではなかったと。
残りわずかで箸が止まる。
要は一緒にいると目立つわけだ。
「だったら、いくらでも払わせればよかったのに」
「使いたい口実にされたくないのよ」
「おいしい物を食べる口実にすればいい」
「ここも、充分おいしいわ」
確かにそうだ。それに、彼女と食べるなら──言ってしまえばどこでもいい。
きっと、そんな想いまで見透かしている。
「ごちそうさま」
「何か甘い物でも食べないの?」
止めていた箸を動かす。
「うん。……今日は止めておくわ」
「そう」
席に着いたときに、余計なことを言ったと悔いる。言わなければ──いや、言わなかったとしても、彼女が甘い物を注文するとは言えない。
どちらにせよ、結果は変わらなかっただろう。
「ごちそうさま」
「ありがとう。おいしかったわ」
「それはよかった」
「今日は付き合ってくれてありがとう」
城内に入りすぐに礼を告げると、キョトンとされたが、
「いいえ」
と微笑された。
クルリと背を向け、ポツポツと歩いて行く。
衝動的に小走りすればすぐに追いついて。
「送る」
と、抱き留めていた。
「いい。大丈夫よ」
「ほら、こんなに冷えてる」
つかんだ右腕は『誰のせいだ』と言いたげで、けれど羅凍はその冷たさを無視して抱き上げる。
「誰かが通る道でもない。だから、あったまればいい」
マントで彼女の視界を遮れば、猫のようにおとなしい。
知っている。
彼女は冬生まれのくせに、とても寒がりなのだ。
わざわざあらかじめ今日一日付き合ってほしいと前日から懇願すれば、きちんと防寒して付き合ってくれたかもしれない。
だからこれは、せめてもの詫びだ。
部屋に着いたころには、すっかり彼女は寝入っていて、疲れていたのだろうとベッドに連れていく。
きれいに横たえさせ布団をかければ──深い眠りに落ちているのか、かわいらしい寝息が聞こえてきた。
耳を奪われ、目も奪われる。
雪国生まれらしい白い肌。黒にも見える深い青色の長いまつげ。──なんて美しくて、儚げで、引き寄せられるのか。
ふと、花のような香りでまぶたを開ける。いつの間に吸い寄せられたのか。唇が、彼女の頬骨に触れていた。
急激に顔面が熱くなって、慌てて姿勢を戻す。無意識だったとはいえ、彼女が目を開ければ言い訳ひとつできない。
幸い、彼女は目を覚まさなかった。一息吐いてまた見惚れ、数秒で我に戻る。
「おやすみ」
一言を置き、退室する。何かを言わなくては、しっかりと自我を保っていられなかった。
パタリと締めて、足早に自室に向かう。無事に辿り着けば、腰が砕けたようにその場に座り込んだ。
口に手を当て、思い出すだけでまた熱はぶり返し、ドクドクと鼓膜に脈が打ち付ける。
どうかしている。
二十歳も越えて、あんなことでここまで動揺するなんて。だけど、誕生日プレゼントをもらったと考えれば、ちょっとは冷静になれた。
誕生日に、初めてプレゼントをもらったのは彼女だった。それからは毎年くれるようになって──それは、十九歳で終わった。
原因は明確で──十九歳のとき、想いを告げたからだ。
だから、二十一歳からは彼女を連れ出して、ご馳走するようになった。
彼女に意図は伝わっていたのだろう。
羅凍の誕生日に、彼女が甘い物を注文することはない。
でも、それはそれでいいのだ。
彼女が、きちんと羅凍の誕生日を覚えている証拠だから。一緒に過ごせるだけで、それでいい。
立ち上がり、自嘲する。
羅凍がこんなに舞い上がることでも、彼女にとってはきっと些細なことだ。
「『こんなことで』って言われたら、もっとって要求できるのになぁ」
はははと苦笑いする。──そんな度胸は到底ないと。




