ひなまつりは誰のもの?
イベントのテーマ「ひなまつり」で書いた短編です。
本編よりも前の年齢設定になっています。
倭穏の一人称です。
【ジャンル】恋愛
【タグ】ひなまつり 短編
「私、もう十四歳なんだけど。いつまで飾るのかしら、これ」
「そういうのは、叔さんに直接言えよ」
プウっと膨らます頬に、彼は笑って楽しそうに続けた。
「それだけ、大事にされてるってことだろ」
知っている。そんなこと。だから、言えないのに。でも、私の心境なんて知らないから、彼はこう言うのだろう。
約一年間、しまい込まれた数々の箱を開け、ていねいに取り出し飾り付けをする彼に、見惚れそうになる。
彼は知らないのだ。
私が、いつの間にか彼を好きになってしまったことを。
「しっかし、こんなに揃えるの……叔さんも大変だったろうな」
そう言って、最上段に金屏風を置く。
一緒に飾り付けをし始めたころは、背伸びをしても届かなかったのに、いつの間にか彼はヒョイと置けるようになった。
ここに来て六年が経ち、先月成人したばかりの彼。いつまでも、子どもと大人の壁は埋まらない。
二月の最後の日、こうして一緒に飾るのが恒例になって。いつからか、私はその象徴を、この支度に感じるようになっている。
「どこでもこんなに大きなものを置けるわけじゃないだろ」
確かに、と見上げて圧倒される。七段飾りの頂上は、何年経っても私には置けない場所で、いつまでも見上げる場所なのだろう。
「そういえば、瑠既は飾ったことがなかったって言ってたわね」
「俺と弟だけだったからな」
「へぇ……似てるのかしら」
「二卵性だけど、昔は似てて……よく間違われたな」
こんな風に、ここに来る前のことで楽しそうに笑うのは珍しい。
それにしても、こんなに整った顔がふたつ間近にあったら人生が崩壊しそうな気がする。
「双子だったんだ。知らなかった」
ポソリと言ったら、きょとんとした顔になって──あ、何だか触れてはいけなかったことを言ってしまった気がした。
すっかり表情を戻した彼が、パッと私から女雛を取ってコトリと最上段に置く。
「この調子じゃ、徹夜になる。明日からまた予約が埋まってるんだから、さっさと終わらせるぞ」
「はーい」
宿屋に生まれた娘の宿命と思うべきか。いつからか、繁盛するのはありがたいことだと、骨の髄まで商売人の心構えが染みついている。
桜や橘の小物を取り出す私に比べ、男雛をパパッと飾り付ける仕草は、器用そのものだ。
「倭穏」
「はい!」
じっとりとした眼差しで『はやくしろ』と言われ、思わず声が裏返りそうなほどの勢いで返事をしてしまった。これは、見とれている場合じゃない。
注意をされたお陰で徹夜にならず、無事に飾り付けが終わった。
「叔さんはもう寝ちまったかなぁ……」
背伸びをして言う彼は、
「じゃ、おやすみ。また明日」
なぁんて、ふにゃっとしたかわいい顔を見せて歩いて行く。
罪人だ。
ふうっとため息がもれた。
「結婚……するまで飾るのかしら……」
相手に浮かぶのが、先ほどの罪人なのだから重傷だ。
翌朝から、また仕事は始まる。そういえば、一年の中で家族の姿をよく見かける数日かもしれない。
そんなことに気づいたのは、三月三日で。ふと、雛人形を見上げる家族に目が止まった。
「立派なお雛様たちだね」
「すごいね」
笑顔で話す家族は、とても幸せそうで。ああ、そうだったのかと、腑に落ちた。
ひな祭りまでの三日間が、どうしてこんなに忙しいのか。どうして、家族が多いのか。
『どこでもこんなに大きなものを置けるわけじゃないだろ』
最初は、私のためだったのかもしれない。
だけど、いつの間にか『私だけ』のものではなくなっていたんだ。
「あのとき、『飾るのやめよう』なんて、言わなくてよかった」
誰に言うわけでもなく呟いて、私はステージに立つ。女の子たちに──ううん、全女子たちに祝福を込め、盛大に舞う。
『今日の主役はあなたたちよ』と、感謝を込めて。
「今年は、ずい分……気合いが入ってるな」
「はやく完成させたいんだもの。ほら、手伝ってよ。私だけじゃ段すら完成させられないんだから」
『はいはい』と、彼は段の上部を手際よく完成させていく。布をかけ、金屏風を置いたところで、
「どんな心境の変化?」
と、聞いてきた。
「子どもの日も、おっきな兜を飾ればいいのにって思った程度の心境の変化よ」
「へぇ?」
クスクスと笑う表情は、何とも楽しそうだ。
「瑠既は、飾ってもらわなかったの?」
「そうだな……そういう文化はなくってね。ああ、叔さんに何年か前、『瑠が来たときに買えばよかった』って、謝られたことはあったな」
「結局、買ってもらわなかったってこと?」
「男の孫ができたら買ったら? って言った」
それは、つまり──でも、楽しそうに笑う姿は、他人事なんだろうと思えば、おもしろくない。
「もう二十一なんだから、恋人のひとりでも作ればいいのに」
「それ、俺に綺を出て行けって言ってる?」
「別に……恋人ができたって、いてもいいんじゃない?」
『知らないわよ、そんなこと』と続ければ、彼は無邪気にも頬をつついてきて、また楽しそうに笑った。
これは、重罪に処するべきじゃないかしら。




