第30話 世界じゃそれを恋と呼ぶ
夕暮れに染まる駅前広場には、慎とその恋人である三浦さんがすでに待機していた。二人の私服姿を見るのは初めてだったので、とても新鮮に感じる。
思わず僕の頬は緩み、合流する足も自然と早くなった。
「よっすー、慎!」
「お、来たなサッカー部1年のエース!」
「うは!? まさかそれ僕のこと?」
出会い頭に慎からまったく似合わない異名で呼ばれ、僕は盛大に吹き出す。
栄成サッカー部で同学年のエースといえば、僕じゃない方の白石(鷹昌)くんというのが定説だ。チームメンバーのパワーバランス的にも、その座を狙うなど恐れ知らずにも程がある。
「当然だろ! 昨日の試合には感動したぜ。確かにシロタカも上手かったけど、兎和のスーパープレーの圧勝だろ!」
わはは、と笑う慎に肩を組まれる。以前白石くんにやられたときはゲロ吐く寸前だったけれど(一口漏れた)、今回は全然イヤじゃない。むしろこっちも楽しくなってきて、「やめろよ~」なんて軽く抵抗してじゃれる。
「やっほ、兎和くん。私も感動したよー! 女バスの友だちも昨日のプレーを見て、カッコいいってベタ褒めだったぞ!」
「やっほ、三浦さん。それで今の話だけど……少しばかり詳しく聞かせてもらえるかな?」
三浦さんの口から、とても聞き逃せない発言が飛び出した。
僕はピタッとじゃれ合いをやめて、表情をキリッと引き締めつつ話の続きを促す。
「一緒に試合を観戦した私の友だちが、兎和くんのプレーにすっごく感動したんだって。超カッコよく見えたみたいでさ、今日会えるのを楽しみにしてるんだよね」
ま、マジカヨ……十数年にもわたる僕のサッカー人生において、そんな夢みたいな報告をもらったのは初めてだ。しかもそのバスケットボール部に所属する女子は、この後のカラオケ会にも参加予定だという。
するとなんですか? カップル成立にも期待していいってことですか?
合コンだなんだと騒いでいたが、どうやらお見合いに臨むつもりの心構えが必要なようだ。
「慎、僕の髪型どう? キマってる?」
「ん? そう言えば、すごくオシャレな感じになってるな。いいじゃん、似合ってるぞ」
ヘアサロンに行っておいて良かった、と心底思う。まさか突発的にお見合いが発生するなんて、美月のプランニングが神懸かりすぎている。
状況的に、もう流れは完全に僕のものだ……ならば乗るしかない、このビッグウェーブに!
「お待たせー。ちょっと遅れた?」
「おっす、時間ピッタリじゃね」
僕がそわそわしていると、次第に人が集まり始めた。皆カラオケ会の参加者で、最終的には十数人ほどの集団となる。内訳は男女半々くらいで、ほぼ栄成バスケ部の1年生メンバーだ。
そういえば、三浦さんだけは帰宅部なんだよな。恋人の慎の繋がりで、バスケ部の面々と仲良しなのだと。というか、事前に聞いていた人数よりも多いな。
「サッカー部の試合を観たときのメンツとプラスアルファだな。俺が『兎和とカラオケ行く』ってうっかり口を滑らせたら、こいつら『連れていけ』ってうるさくてさ。断りきれんかった、すまん」
「あ、そうなんだ。むしろ大勢の方が盛り上がるだろうから、ぜんぜんオーケーです」
申し訳なさそうな顔をする慎に、僕はサムズアップで応える。
予定外の大人数だが、ほとんど学校で顔を合わせたことがある。若干は人見知りするものの別に嫌ではない。そもそも彼らは、僕を『じゃない方の白石くん』と呼ばない数少ない同級生なのだ。
実際、予約したカラオケ店へ向かう道中、気さくに話しかけてくれたおかげで自然と打ち解けられた。とはいえ、僕の意識の大半は隣を歩く女子へと向いていたのだが。
「昨日の試合、感動して鳥肌が止まらなかったよ。兎和くんのドリブル、本当にすごかったなぁ」
僕を褒めちぎってくれるのは、加賀志保さん。
彼女はショートカットがよく似合うスポーツ女子だ。しっかり体を鍛えているようですっと姿勢がよく、見る者に力強い印象を与える。
話をする限り性格も朗らかで、周囲を明るく照らすような笑顔が特に好ましい。そのうえ僕に好感を抱いてくれているというのだから、どうしたって気になってしまう。
先ほど三浦さんの会話に登場した『女子バスの友だち』とは、何を隠そう彼女のことだ。率直な感想として、お見合い相手としては悪くない……どころか、非の打ち所がない。
ゴールデンウィークに遊んだ女子とは、夏に向けてカップル成立する確率が高い――かつて授かった妹の教えを思いだす。絶対にカラオケを盛り上げて、恋の季節へのスタートダッシュを華麗にキメてやる。
密かに全裸すら厭わぬ覚悟を固めていると、目指していたカラオケ店へ到着する。
予約していた大部屋に入室する際には、幸先よく加賀さん正面の席をゲットできた。今日の僕は最高潮に絶好調だ!
こうして、ついに宴が始まる。
「明日から普通に学校だけど、俺たちのゴールデンウィークはこれからだ! いくぞお前ら、カンパーイ!」
バスケ部の1年生メンバーで盛り上げ役を務める中川翔史くんが音頭をとり、僕たちは揃ってグラスを掲げた。中身はもちろんノンアルコールドリンク。
パーティーコースでのご利用だから、唐揚げやフライドポテト、枝豆、オニオンリングなどのフードメニューが続々と運ばれてくる。また『最低でも各自1曲は歌う』というルールが持ち上がったので、それぞれ順番で曲を予約する展開となった。
室内は自然と選曲タイムへ突入。僕は雑談をするには好機とみるや、正面に座る加賀さんへ声をかけた。ビックウェーブに乗ると決めたからには、積極的な攻めに出る。
「あ、あの……加賀さんはどんな曲を歌うの?」
「基本Jポップだけど、私は無難にリモコン端末のランキングから決めるタイプかな」
「あ、わかる。僕も履歴から選んだりが多いかも」
僕が賛同すれば、加賀さんも「カラオケあるあるだね」と笑って返してくれた。
さらに話は弾み、彼女がサッカーに詳しいことが判明。弟がサッカー少年で試合の応援に行く機会も多く、家では一緒にJリーグをテレビで観戦している、と教えてくれた。
「でも、兎和くんのドリブルには本当に感動したよ。リアルであんなスーパープレーを見られるなんて思わなかった。そうだ、よかったらまた試合の応援に行ってもいい?」
「も、もちろん! こっちからお願いしたいくらいだよ!」
僕は今、めっちゃくちゃ青春している……加賀さんとの会話はびっくりするくらいスムーズで、このままLIMEのIDくらいは交換できてしまいそうな勢いだ。
しかし、トークはいったんお預け。モニター前のステージエリアでマイクを握る三浦さんに水を差されてしまった。
「イエーイ、みんな聞いて! スペシャルゲストが到着したと連絡がありました! 大きな拍手でお出迎えだー!」
叫んで、ルームの扉を開く三浦さん。
次の瞬間、まさかの人物が姿を現して僕はあっけにとられる。対象的に、他のメンバーは拍手喝采で大歓迎。とりわけ男性陣のはしゃぎっぷりがすごい。
「皆さん、こんばんは。突然お邪魔してしまってごめんなさい」
スペシャルゲストが桜色の唇を開くと、聞き馴染みのある凛とした声が響く。ペコリとお辞儀をすれば、あわせて濡羽色の長い髪がさらりと音を立てる。
続いてニコリと微笑めば、黄金比を思わせる整った容貌が一層魅力的に映えた。青い輝きを湛える瞳が、ひときわ印象的だ。
ここまで来れば、もはや言うまでもない。だが、あえて言おう――スペシャルゲストとは誰あろう、神園美月だった。
「な、なんでここに……?」
「驚いた? 実は昨日、三浦さんとお話する機会があってお呼ばれしていたの」
流れるように僕の隣へ腰を下ろし、茶目っ気たっぷりに笑う美月。
他の男子メンバーから中央の席を勧められていたのだから、わざわざ端っこに座らなくても……とは思うけれど、無理なく声が届く距離なのは好都合。サプライズに対して控えめなトーンで物申す。
「参加するなら、先に教えてくれればいいのに」
「ちゃんと伝えたわよ? また後でね、って」
あれは『また後で連絡する』みたいなニュアンスじゃなかったのかよ。突っ込んで聞けば、時間差で登場したのも僕を驚かせるための作戦だったと白状する。もちろん協力者は三浦さんだ。
ニコニコと楽しそうな様子の美月を見るに、どうやら人を驚かせるのが好きな性格らしい。
まんまと一杯食わされた……が、それはそれ。今は集中すべきことが他にある。僕は意識を切り替え、正面に向き直る。
「あの映画が本気で感動するんだって。マジでオススメ」
「そうなんだ。じゃあ、私も今度見てみようかなぁ」
再び声をかけようとした加賀さんは、隣を陣取る中川くんと何やら談笑していた。普段なら尻込みする状況だが、今日の僕は一味違う。会話にクチバシを挟むべく、前のめりになる。
けれど、そこで一曲目のイントロが鳴り響く。タイミングを完全に逸し、伸ばしかけた右手を膝の上に戻す……後ほど改めてトライしよう。
「兎和くんは何か食べた?」
「いや、食べてない。どれも体が受け付けなさそうで……」
「そうね、テーブルの上のお皿だとサラダくらいかしら。確かメニューにおうどんがあったはずだから、あとで頼みましょうか」
皆がバスケ部男子の熱唱に合わせ手拍子を送る中、美月がサラダを小皿に取り分けてくれる。なんだか今日はお世話になりっぱなしだ。
するとお次は、いたずらっぽい笑顔を浮かべた三浦さんが席を移動してきて、美月を挟むようにして座った。二人はデュエットする予定らしく、一緒に曲をセレクトしている。
いつの間に仲良くなったのか……と僕が首を傾げていたら、同じように慎が隣へ移動してきて自然とバカ話が始まる。加賀さんへの関心は依然失われていないものの、とりあえず今を楽しむ。
以降はフリーダム。歌で盛り上がり、近くに座るメンバーと言葉を交わして笑い合う。男性陣による美月へのアピールは、横にいる三浦さんがすべてシャットアウトしていた。
そして彼女たちがマイクを握ってステージエリアに立つと、この日一番の歓声が沸き起こる。
スピーカーから流れるイントロは、人気音楽ユニットのヒット曲。
果たして美月の歌声やいかに、と評論家を気取ろうとした僕は直後に目ん玉をひん剥く。
くっそうめえ……採点していたら100点を取れそうなレベルだ。ボイトレ経験者だとしても、尋常ではない歌唱力。なにより生来の声質がズバ抜けて素晴らしい。
しかも交代で歌う三浦さんまで上手なものだから、ルーム内のテンションは青天井で沸き立つ。
間奏へ突入したタイミングで僕も思わず立ち上がり、上半身裸になって「うおぉぉおおお!」と叫びながら脱いだトップスを振り回す。
「兎和くん、女子の前ではきちんと服を着ていなさい」
「あ、はい……」
美月にマイクを通して注意され、僕はスンとなって服を着た。
そんな一幕を挟みつつ、カラオケは大盛り上がりで進行する。段々と僕も熱唱したい気分になってきたぜ。
遅ればせながらリモコン端末に手を伸ばし、この日のために覚えてきた鉄板曲を予約する……ついでに、お隣のスペシャルゲストへツッコミを入れた。
「いや、何してんの……?」
「さっき割れた腹筋が見えたから、ちょっと触れてみたくなったの」
美月は歌い終わって席に戻るなり、僕の腹筋を熱心に手で押し始めた。『ちょっと』どころではなく、グイグイである。おまけに彼女の奇行はエスカレートしていき、今度は太ももをグニグニと揉まれた。
「わあ、すごい筋肉質。これが爆発的なアジリティの源なのね」
「ちょっ、やめ……」
これからのトラウマ克服トレーニングの参考に、と食い下がる美月の手をどうにか太ももから遠ざける。
本当に勘弁して欲しい……きっと今日、長い時間を一緒に過ごしたせいだ。
笑顔の彼女を見ると腹の奥底で『未知のエネルギー』が渦巻く。他の人では決して味わえない謎めいた情動である。
そのうえ過度なボディタッチを受けると、なぜか頭の中までもが沸騰しそうになる。
「おい兎和、次はお前の曲だぞ! 一発かましたれ!」
「あ、りょーかい! 任せとけ!」
慎の催促に乗じ、これ幸いとばかりに僕はマイクを握りしめてステージへ立つ。
ひとつ深呼吸をする。この体で渦巻く未知のエネルギーについて思考を深めるも、やはり正体は判然としない。
同時に、それに振り回されることを恐ろしく感じている。一度踏み込んでしまえばもう後戻りできないぞ、と理性が制止を求めていた。
だから今は、少しでも発散して誤魔化すために。
スピーカーから響く、ハートを揺さぶるギターリフが特徴的なイントロに乗せて、僕は曲冒頭のセリフパートを高らかにシャウトしてみせる。
「ヘイヘイヘーイ、行くぜッ――世界じゃそれを恋と呼ぶんだぜえぇええええ!」
Sec.1(第一部):完
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