第181話
祝・関東高校サッカー大会優勝!
自転車で栄成高校に近づくと、屋上から吊るされるそんな垂れ幕が僕の目に映る。去年の使いまわしらしいが、何度見ても誇らしい。
中間テストに夏のインターハイ1次予選を経て、迎えた先週末。ついに関東高校サッカー大会が開催され、僕たち栄成サッカー部はトーナメントを勝ち抜いて見事優勝に輝いた――念願の大会連覇を達成したのである。
まさに激闘の3日間となった。
公欠を申請して臨んだ初戦の金曜を皮切りに、真剣勝負の連続。どのチームも闘志を剥き出しにし、一歩も引かずにぶつかってきた。
僕は全試合に出場したが、誇張ぬきにしんどかった……初戦と次戦は後半途中でピッチを退き、フル出場は決勝のみ。にもかかわらず、滞在先のホテルでは終始ぐったりである。
それでも全試合で得点を挙げ、美月が応援に駆けつけてくれた決勝ではハットトリックを達成。チームメンバーをはじめ、周囲の皆さまの素晴らしいサポートのおかげで得点王と大会ベストプレーヤーの二冠を手にできた。
僕としては、美月に功労賞を贈りたい。試合前後や就寝前など、ビックリするほどこまめに連絡をくれたうえ、決勝当日は埼玉の大宮スタジアム(Jクラブのホーム)まで足を運んでくれた。
プライオリティの高い大会だからか、そうとう手厚くフォローしてくれたように思う。いつか、特大のトロフィーを手渡せたらいいな。
相馬先輩たちも大喜びしてくれた。メッセージアプリで報告したところ、『今度ネクサスFCのトレーニングに顔を出したら焼き肉を奢ってやる』と返信をいただいた。
当然、丁重にお断りしたけれど。
僕は体質的に、自宅でやる焼き肉以外は食べられないのだ。
個人的にも、今大会を通じて自信が深まった。近頃は、一人でもそれなりのプレーを披露できている。トラウマの影響ゼロとはいかないが、体感では『80パーセント』くらいの力は発揮できている。気づけば、全身に絡みつく不可視の鎖もご無沙汰だ。
他にも、少し環境に変化があった。スポンサー契約を結んだカームやディサフィオさんのHPに僕の写真がアップされたり、熱サカの特集記事に取り上げられたり……関東大会の優勝と相まって、学内でけっこう話題になっていたりもする。自分の写真写りの悪さに絶望させられもした。
そういえば最近、美月の家の会社が『J1クラブの東京FCとゴールドパートナー(スポンサー)契約を締結した』なんてニュースをネットで見て、ベッドから転げ落ちてしまった。これに関連して、面白いお知らせがあると聞いている。まだ少し先の話らしいが、ちょっと楽しみだ。
そうこう考えているうちに学校へ到着したので、僕は自転車を止めて2年A組の教室へ。
本日は朝練ナシの日だったけれど、いつものクセで目が覚めたので、通常より少し早めの登校となった。
「おはよう、兎和くん。今日も早いわね」
「おはよう、美月。なんか目が覚めちゃったよ」
人気の少ない廊下を抜け、教室の扉を開く。すると今度は、僕の大好きな人――美月の姿が真っ先に目に飛び込んできた。先に登校していたようだ。
自分の席に向かいながら、隣の席につく彼女と笑顔で挨拶を交わす。他にクラスメイトはほとんどいない。朝の静謐な空気が漂う中、僕たちは自然と雑談に花を咲かせた。
「おっす、兎和。ずいぶん早いじゃん」
「おっはよー、美月ちゃん」
教室の賑わいがそこそこ増してきた頃、慎と三浦(千紗)さんのカップルが揃ってこちらへやってくる。朝から仲良しで大変羨ましい。
他にも木幡咲希さんなど、登校してきたクラスメイトの女子たちが美月の元へやってきて、一気に場が盛り上がる。
以降はそれぞれ雑談を楽しみつつ、HRの始まりを待つのがお決まりの流れだ……けれど、本日は予想外の闖入者が現れた。
「おはようございますっ、兎和先輩! それに姉御!」
元気いっぱいに挨拶をしてくれたのは、サッカー部の後輩である久保寿輝くん。年上の教室にもかかわらず、彼は我が物顔でこちらへと足を進めてくる。
その背後には、同じく部の後輩の有村悠真くんと坂東理玖くんの姿も見える。二人はとても気まずそう。
というか、姉御って……もしかして美月のこと?
思わず吹き出しそうになるほど面白いが、おそらく非公認だ。可愛いモノ好きの彼女が、そんな可愛くないあだ名を認めるはずがない。
周囲の女子たちにも楽しげにざわついている。木幡さんに至っては、「他校にまで評判の超絶美少女が姉御だって!」と手を叩いて大爆笑。きっとあとで怒られるぞ。
「……久保くん、ここは2年生の教室よ。それと、その呼び名は却下したはずよね? もしかして、筋トレのしすぎで脳まで筋肉になってしまったのかしら」
「もちろん筋トレは頑張ってますよ! でも、やっぱり姉御がピッタリかなって! なにせ俺は、兎和先輩の弟分ですから!」
寿輝くんのアホアホな返答に、流石の美月も頭を抱えてしまう。話が通じないにも程がある。難関中学校の出身とは思えぬレベルだ。
そもそも僕は、兄弟の盃を交わした覚えはないのだが……まあ、しばらく否定せずにいよう。だいぶ面白いし。
「それで、そこの愉快な後輩は何をしにきたんだ? 兎和に何か用事があったんだろ?」
僕の机に腰掛けたまま、慎がどこか期待するような声音で問いかける。
わざわざ上級生の教室まで押しかけるほどだ。重要な用件がある、と考えるのが自然だろう。もうすぐ予鈴が鳴る頃合いなのだが、時間内に話がまとまるだろうか。
「あ、そうでした! 去年の体育祭の騎馬戦で、兎和先輩がエゲツナイ活躍したって噂に聞いて! なんか王様になったんですよね? だったら、今年は俺がその座を頂戴します――正々堂々勝負しましょう!」
「あー……僕は今年、騎馬戦には出ないよ。団別対抗リレー(2年生の部)にエントリーしたから」
思い出すは、昨年の騎馬戦である。
美月のタオルをキッカケに、松村くんとの話が拗れに拗れ、圧倒的不利な状況で戦いに臨むハメになった。そして玲音たち味方の美しい犠牲の果てに、僕はなぜか上半身ハダカのまま死闘を勝ち抜くことに。
美月と交換したハチマキは、今も大事に保管してある。あのときもらったタオルは、試合でいつも大活躍だ。
改めて振り返れば、めちゃくちゃ楽しかった思い出として記憶に刻まれている。
もちろん今年も、クラスメイトたちに騎馬戦への参加を勧められた。僕もまんざらではなかった……が、インターハイ予選の真っ只中という事情もあり、怪我などのリスクを避けるべく辞退させてもらったのだ。
結果、『足が早いんだからせめてリレーに出ろ』と体育祭実行委員の沼田智美さんに指名され、今に至る。
「それ以前に、騎馬戦は学年別だから対戦なんて不可能よ」
「え、立候補すれば混合もオーケーなのでは? お祭りみたいなイベントだから、わりとなんでもアリって聞いたんですけど……」
「そんなわけないでしょ。去年もきちんと学年別で行われたし……その様子だと、誰かの冗談を本気にしちゃったみたいね」
トドメを刺すような美月の言葉を聞き、愕然とする寿輝くん。おそらく巻き込まれたであろう後ろの二人から、怒りの視線を向けられるとともに背中を軽く小突かれていた。
もはや何しに来たか……うちのクラスの女子軍団からも白けた目を向けられ、三人はペコペコと頭を下げつつ退散していった。
まったく、体育祭間近だからって浮き足立ちすぎだろ――なんてため息を吐いた、その日の昼休み。今度は、思いもよらぬ人物からの襲撃を受ける。
「あ、あの、神園……ちょっといいか?」
やってきた相手は、同じサッカー部の小俣颯太くん。
僕と美月がお弁当を食べる準備をしていたところ、見知らぬ男子生徒を数人従えて突然姿を現したのだ……いったい何用?
おもしろい、続きが気になる、と少しでも思っていただけた方は『★評価・ブックマーク・レビュー・感想』などを是非お願いします。作者が泣いて喜びます。




