第180話
怪物――覚醒の鼓動。
快速サイドアタッカーの相馬淳を擁する栄成高校は、創部史上最強という謳い文句に恥じぬ戦いぶりを見せた。
昨冬の全国高校サッカー選手権大会。快勝で開幕戦を突破し、続く二回戦では本大会の優勝校であり、絶対王者と称される『青森田山』をあと一歩まで追い詰めたのだ。
駒沢オリンピック総合競技場のピッチで繰り広げられた大晦日の激闘は、まだ記憶にも新しい。
新進の強豪、栄成。
絶対王者、青森田山。
どちらも一歩も譲らぬまま堂々と戦い抜き、勝負の行方はPK戦へ。両チーム共に11人目までもつれ込む壮絶な攻防の末、エース相馬の蹴った最後の1本がわずかに枠を外れた瞬間、彼らの冬は大歓声が降り注ぐ中で終わりを告げた。
結果は、惜敗。
だがこの試合、途中出場ながらも強烈な輝きを放ったルーキーがいた。
その名は、白石兎和――1点差のまま、いよいよ追い込まれた後半25分。この新入生は栄成の左サイドへ投入され、選手権初出場を果たす。さらには試合終了間際の土壇場で、値千金の同点ゴールを挙げた。
それも、衝撃の三人抜き。
堅守を誇る青森田山のディフェンダーを圧巻のドリブルで突破し、魂のこもったシュートをゴールネットに深々と突き刺したのだ。
このゴールは観客を魅了したばかりか、本大会を象徴するベストプレーのひとつに数えられる。同時に、白石兎和の名は高校サッカー界に一躍知れ渡った。
何より印象的だったのは、当時のエースである相馬淳が出したラストパスを受けた場面。
次代へと希望を託すようなプレーで、思わず胸を熱くした。高校サッカーの美しさが凝縮された名シーンとして、今もまだ記憶に焼き付いて離れない。
あれから季節は移ろい、訪れた春。
代替わりした栄成の中心には、やはり彼の姿があった――選手権で才能の片鱗を示した白石兎和だ。前エースから継承した『背番号7』を背に、栄成の左サイドに君臨する。
ここから、新たなエースの快進撃が始まった。
先んじて開幕したT1リーグでは驚異的なドリブルから得点を重ね、現在グループトップを維持するチームの原動力となっている。
その勢いのまま乗り込んだ関東高校サッカー大会・東京予選では、得点王とアシスト王に輝く。駒場瑞邦戦では驚異的なパフォーマンスを披露し、個人で7得点を挙げてみせた。
さらに、夏のインターハイ・東京1次予選での勝利を挟み、栄成は連覇を懸けて関東高校サッカー大会へと臨んだ。
関東大会は3日間の連戦というタイトなスケジュールで開催されたが、白石兎和は疲れを見せることなく得点を記録し、チームは頂点へ向けて順調に駒を進めていった。
こうして、迎えた決勝戦。
栄成の背番号7が、またしても強烈な輝きを放つ。
キックオフからほどなく、電光石火のドリブル突破を経て放たれた鋭いシュートがゴールネットを揺らす。以降はまさに独壇場。個人技や味方との連携から3得点を叩き出し、最終スコア『4-2』で大会を制した。
連覇の立役者として、白石兎和は大会ベストプレーヤーに選出。決勝でのハットトリックの衝撃を引っ提げ、得点王の称号も手にした。
時おり不安定なプレーを見せるものの、その実力を疑う声はもはやどこにもない。
栄成の背番号7を真正面から止められる同世代のディフェンダーは、全国でもほんのわずかだろう――白石兎和というプレーヤーは、確かに『怪物』と呼ばれる領域へ足を踏み入れようとしている。
次の戦いの舞台は、夏のインターハイ予選。
そのすぐ後には、冬の選手権を懸けた挑戦が始まる。
昨年記録した最高到達点を更新すべく、新たな怪物が目を覚ます。覚醒の鼓動は、今も力強く鳴り響いている――取材・文、土井朋章。
***
なかなか素敵なコラムを書くわね、と私――神園美月は、思わず笑みを浮かべる。
ちょうど先ほど、サッカー専門のネットメディアとして有名な『熱サカ』に、関東高校サッカー大会に関するコラムがいくつか投稿された。
そのうちのひとつがあまりに気になったものだから、ついスマホへ目を向けてしまった。
今は学校の屋上で友人たちとランチ中なのだけれど、飛び交う会話も耳に入らないほど夢中で読み込んでしまったわ。
コラムの内容には大満足ね……ただひとつ、掲載されているプレー中の写真の映りが酷く悪いことを除けば。
先日開催された関東高校サッカー大会は、栄成高校の連覇で幕を閉じた。そして兎和くんの活躍ぶりも、おおよそコラムに記載されていた通り。
私は決勝戦にしか足を運べなかったものの、可能なかぎり連絡を取ってフォローした。
結果として、彼は大会ベストプレーヤーと得点王の二冠を獲得。試合では栄成陣営でタオルの旋風が巻き起こるたび、相手チームが浮き足立つほどのパフォーマンスを披露してくれた。
それにしても、怪物ね……最高にいい響きだわ。
白石兎和の名は、高校サッカー界へ着実に広まりつつある。次の選手権では、大会の注目プレーヤーとしてメディアに取り上げられてもおかしくはない。
何より、あの異次元の加速を核とするドリブルは見る者を魅了する。このまま結果を出し続ければ、夢のJリーガーにだって間違いなく手が届く。
その反面、人気が出過ぎている点が心配ね……個人的に、という注釈がつくけれども。
栄成サッカー部が実績を積み上げるたび、学内での注目度もぐっと高まっていく。特に兎和くんはエースとして大人気。学年問わず、女子にやたらと声をかけられていた。時には断りきれず、スマホで写真を撮ったりもしている。
おまけに、SNSで兎和くんに関する投稿を見つけたわ。それも、他校の女子のアカウント。カワイイとか言っていた。
私としては、あまりいい気がしないのよね……とにかく、浮足立っては困る。これからも重要な試合が続くのだから。
「あー、美月。また白石兎和のこと考えてるでしょ!」
「あら、咲希ちゃん。急にどうしたの? 勘違いを大声で吹聴するのはよくないって、いつも注意しているわよね」
クラスメイトの木幡咲希ちゃんが、私の考えていたことを突然言い当てる。
いつもそのまま口に出すから度々騒ぎになるし、いくら注意しても直らないのよね。本人がおちゃめな性格をしているから、つい許してしまうけれど……ほら、一緒にランチを楽しんでいる女子たちが『きゃあっ!』と盛り上がり始めちゃったじゃない。
「でもさあ、美月ってホントすごいよね。見る目あるっていうか。最初は白石兎和なんて釣り合わなすぎって思ってたけど、付き合うなら他にいないって感じだよ」
「……咲希ちゃん。私たちが付き合っているという事実はないわよ?」
「あ、ごめん。もし付き合うなら、って話ね。うちの学校だと、美月に釣り合うのって兎和しかいないじゃん?」
自分への評価はさておき、兎和くんが認められているのは素直に嬉しい。
これまでずっと、何かと悪目立ちしていたものね。変なあだ名が定着したままとはいえ、すっかり栄成を象徴する生徒のひとりに数えられている。
この人気が継続すれば、今年の文化祭で栄成アイドルグランプリに選出されるんじゃないかしら?
「ねえ、美月。本当に白石兎和とは付き合ってないの? 専属マネージャー……だっけ。二人でよく会ったりしてるんでしょ?」
「まあ、それはね。でも、付き合ってはないわよ。サッカーに関するマネジメントを担当しているの」
他の女子にも問われるが、答えは変わらない。
それでも、最近は少しだけ気持ちに変化があった。キッカケは、先日の星越戦。成城学院時代の同級生たちと再会した際、片桐さんが余計なことを言うものだから……タイミングを見て、ここにはいない志保ちゃんと話をしないとね。
「でもさ、サッカー部ってカッコイイ男子多いよね。山田ペドロ玲音なんか、色気みたいなのスゴイし」
「あー、わかる! 里中拓海とか顔はいいよね。池谷晃成とか、高身長爽やかイケメンって感じ!」
「やっぱ校内でも目立つし、モテそうな雰囲気あるよね~。白石兎和は、まあアレだけど……」
「ちょっと!? 兎和くんだってカッコイイじゃない!」
友人の女子たちがあまりに好き放題言うものだから、つい大きな声で抗議してしまった……直後、罠だったと気づく。咲希ちゃんがニヤリと笑い、私の肩をツンツンしてくる。
「ふーん。やっぱり美月は、白石兎和がカッコイイと思ってるんだ!」
「そうだけど、そうじゃないでしょ! もう、人の揚げ足を取るみたいなこと言わないで!」
私が軽く怒ると、皆が一斉に笑い声を上げた。
気恥ずかしさを誤魔化すように、春の終わりの青空へ目を向ける。もうじき梅雨だから、こうして校舎の屋上でランチする機会も減りそうね。
けれど、その前に。
来週には、体育祭が開催される。
今年も騒がしくなりそう……というか、すでに何やら盛り上がっているけれど。
それが終わったら、いよいよ夏がやってくる。インターハイもあるし、去年よりずっと『熱く』なるわ。いったいどんな景色が見られるのか、今からもう楽しみで仕方がない。
そうだ。教室に戻ったら、兎和くんにお弁当の感想を聞かないと。新しいレシピに挑戦したから、作って持ってきたのよね――どこか気の抜けたあの顔を思い出すとき、私の胸には少し不思議な微熱が宿るのだった。
おもしろい、続きが気になる、と少しでも思っていただけた方は『★評価・ブックマーク・レビュー・感想』などを是非お願いします。作者が泣いて喜びます。




