第179話
栄成サッカー部で大活躍し、トップチームのエースとして注目を浴びる。
学内では大勢の仲間たちに囲まれ、女子にもモテまくり。だが、恋人である学年トップ美少女の『神園美月』への一途な愛を貫く。
昼休みは、その神園と一緒に過ごす。もちろん弁当は手作りだ。部活後はどこかの公園で語り合ったり、休みの日はどこかへ出かけたりする。たまには相手の習い事の発表会に招待されたりして――そんな俺のキラキラな青春はどこいった?
高校入学当初に思い描いていた夢のスクールライフは、今や影も形もない。
現実は、ありえないほどしみったれ。ほぼ毎日の部活でへとへとになるまで走っているわりに、今のところ評価はパッとしない。
それが終われば、夕飯を食いにいつものファミレスへ向かい、いつものメンツと顔を突き合わせる……決まって男だけで、むさ苦しいにもほどがある。
本日もそう。部活終わりに、派閥の中心メンバーを連れて学校近くのファミレスを訪れていた。自分を合わせて四人だ。
正面のソファ席に座る小俣颯太、馬場航平。隣に座る中岡弘斗。唐揚げや豚カツなど、それぞれ好物の料理をぱくついている。
その顔を順に眺め、俺――白石鷹昌は、思わずため息を吐く。
「……人の顔見て、なんだそのリアクション」
「ああ、悪い。つい、な……部活続きで俺も疲れてんだよ」
夕食時で賑わうファミレスの喧騒を押しのけ、颯太の陰気な声が耳に届く。
チッ、うっかり態度にだしちまった……だが、仕方ないだろ。俺たちの状況の悪さは、お前だってわかっているはず。
どれもこれも、『じゃない方の白石くん』と揶揄されていたアイツのせいだ――手元の蒸し鶏のソテーをフォークでつつきながら、憎き白石兎和の顔を思い出す。
昨冬の選手権でブレイクを果たし、ここ最近は関東大会予選で結果を残した。特に駒場瑞邦との一戦で披露したパフォーマンスは怪物的……と部内でもちきりだ。
東京予選の得点王にも輝き、大会本戦の注目選手の一人にもピックアップされている。忌々しいことに、『熱サカ(サッカー専門のネットメディア)』の特集ページにプレー中の写真が掲載されていやがった。酷いブサイクに写っていたが。
さらに兎和のやつは、クソ陰キャのクセに学内でも一目置かれている……そればかりか、神園とペアのごとく扱われている。恋人として付き合っているわけではなく、個人的なマネジメント契約って話だが、どちらにしてもありえなさすぎてゲロ吐きそうだ。
そして兎和の派閥も、その注目度に比例して発言力を強めている。
おかげで、俺らの存在感はすっかり薄まってしまった。部内でも、学年でもな。
どれもこれも、本来はこの俺が手に入れるはずだった名声だ。
ハッキリ言って、立場を盗まれたにも等しい……そう考えていただろうな、少し前までの俺なら。
ここまで派手に暴れられたら、もはや自分を誤魔化すことすらできない。
栄成の『#7』、白石兎和――その名とプレーは、高校サッカー界へ確実に浸透し始めている。学内を飛び出し、多くの者の記憶に焼き付いているともなれば、運やまぐれで片付けることなど不可能。
ゲロ兎和を認める、なんてのは無理だ。けれど、見方は変えざるを得ない……何かと相談に乗ってくれる加賀志保が言うには、それがスタートラインなのだそうだ。
イラつくが一理くらいはある、と自分を納得させながら蒸し鶏のソテーを口に運ぶ。
それにしても、加賀はどうしてこんな親身になってくれるんだ……もしかして俺を好きだったり?
アイツの容姿ランクは、学年女子の中でもトップ5に入る。何よりスタイルがいいと評判だ。
率直に言って、悪くない。もし告られたら、付き合ってもいいかもな。あくまで本命は神園だけど。
「つーか、鷹昌。このまま兎和のヤツを調子に乗らせていいのかよ」
「調子に乗らせてるつもりはねーよ。だけど、いったいどうしろってんだよ」
ただでさえ陰気な顔を険しくする颯太。
そんなに気に食わねーなら自分で動け、と怒鳴りつけたくもなる……まあ、やらないが。そんなことをすれば逆上するのは目に見えている。
派閥の弱体化中……すなわち、俺の影響力が低下している現状、中心メンバーは結束する必要がある。
「でもさあ、今更じゃない? 学内では『サッカー部のエースは兎和』って認識が完全に定着しちゃってるし。どうやってひっくり返すの?」
「……だとしても、これ以上は調子に乗らせるわけにいかねーだろって。クソ陰キャごときが神園に近づくとか許せんのかよ。最近は木幡咲希とか、1軍女子とも絡んでるしよ」
ごもっともな意見を口にする弘斗に対し、あからさまに不機嫌そうな顔を向ける颯太。
ほら、案の定だ。自分の思った通りにいかないとき、こいつは大体キレる。これで冷静沈着な参謀を気取っているのだから、勘違いも甚だしい。
とはいえ、颯太にも焦りがあるのだろう。
現在はともにBチームに所属しているが、同級生の大桑がCFのスタメンを確保して以降、めっきり出番がない。学内ばかりか部活内でもほぼ空気なのだ。
要するに、兎和が妬ましくてムカつくのだろう。それで八つ当たりがてら、自分は直接手を下さずスッキリしたいのだ。おまけに、あわよくば神園に近づこうとしている。
魂胆が見え見えなんだよ。誰が引っかかるか。そもそも、俺はもう方針を決めている。
自分が主人公だと思うなら、正々堂々と戦って勝ちなよ――加賀に、何度もそう言われた。
物語の王道展開だ。努力を積み重ね、苦境を突破する主人公。誰もが胸を熱くするシーンでもある。
そしてこの白石鷹昌は、自分自身を強く信じている。
俺こそが世界の主人公であり、いま目の前にある困難は克服可能な障害にすぎないと。要するに、人生を盛り上げるためのスパイスってわけだ。
正直、ここ最近は心が弱っていた。不遇続きだったから……だが、加賀を信じて部活に集中してみれば、驚くほど調子が良くなった。コーチ陣もよく褒めてくれている。
そう、これが本来の俺だ。将来Jリーガーとなるべき天才プレーヤーの真の姿。
自分が本気を出せばそれだけやれるか、改めて認識できた。これは、そのまま自信へと繋がっている。
何より、頻繁に相談に乗ってくれている加賀に見せつけてやりたい。なぜか毎回ついてくるバスケ部男子、中川翔史にも思い知らせてやる――白石鷹昌こそが、この世界の主人公だ。
だから、颯太に返す言葉も自然と決まってくる。
「俺はこのまま部活を頑張って、まずAチームに上がる。それで、ゲロ兎和からエースの座を奪還する」
「……は? それじゃあ、当分はこのままってことかよ」
「まあ、そうなるな」
当分というか、俺がエースを奪還してもお前の立場はかわらねーけど……なんで颯太は、自分が優遇されると信じて疑わないのか。
どうせ、立場を引き上げてもらえると思っているに違いない。エースが『アイツとはプレーしやすい』なんて進言すれば、監督たちも多少は考慮するだろうからな。
「いや、鷹昌。それはちょっとノンビリしすぎだろ……もっと早くどうにかしようぜ」
「ぶっちゃけ、毎日の部活で精一杯なんだよ。もうすぐ中間テストもあるし、今は兎和に構うような時間がない」
「それな。てか、そんなに気に食わねーなら自分でやればいいじゃん」
ああ、ついに言っちまった……航平が箸を動かしつつ、痛いところを突く。
颯太も流れるようにキレて応酬し、売り言葉に買い言葉で二人はヒートアップしていく。ギャーギャーとやかましいヤツらだ。呆れてため息も出ない。
最終的に、啖呵を切って口論を締めくくったのは颯太の方だった。
「ああ、わかったよ……もうすぐ体育祭があるな。そこで兎和を凹まして、神園に意識させてやる。つーわけで、俺はもう勝手にやらせてもらうからな。後で羨ましがっても知らねーぞ」
こうして、颯太はしばらく単独行動することに決まった。
この大事な時期に余計なことを……所詮脇役のお前が何をやったってたかが知れている。どうして自分をそこまで過大評価できるのか、俺は不思議でしかたなかった。
インターハイ予選の開幕、中間テスト、関東高校サッカー大会を経て、体育祭が今年も訪れる。
俺たちの青春は、夏へ向けて加速し始めた。
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