第171話
決戦当日の空は、淡い青。
気温は5月初旬としては平年並み。ただ湿度は低く、サッカーをやるにはうってつけの環境だった。
暑いのが苦手な僕としては、パフォーマンスを発揮しやすそうで助かる――と、朝のニュースを眺めながら思った。
他にも、ゴールデンウィーク終盤の観光地の様子や渋滞情報などのトピックが目白押しで、サッカー漬けの自分と世間のギャップにちょっと驚いたりもした。毎年のことながら、連休を満喫できる人たちが少し羨ましい。
フォームローラーで柔軟をしつつ時間を潰して、昼前になったら家を出る。
自転車に跨った僕は、ひとまず栄成高校へ向かった。そこからは、学校所有の大型バスに乗って会場へ向かう――決戦の舞台は、再び駒沢オリンピック総合競技場の第2球技場へ戻ってきた。
目的地に到着後、僕たち栄成サッカー部のAチームはすぐに施設のロッカールームに入り、今度は試合に向けた準備を整える。
そしてアップのためにピッチへ向かう途中、ばったり因縁の人物と顔を合わせるのだった。
「やあ、兎和くん。今日はよろしく」
「あ、鷲尾くん……よろしく、です」
やばい、なんか人見知りが発症してしまった。
まあ、対戦相手であればこれくらいの距離感くらいが丁度いい……出会い方が違えば、彼とは友だちになれていたかもしれない。素直にそう思うくらい、鷲尾くんは穏やかでいい人そうだ。
けれど、もはやピッチで雌雄を決する以外に道は残されていない。まして美月が関わっている以上、手加減だって絶対にしてやれない。
「だいぶ気合が入っているみたいだね。そんなに怖い顔しないでよ」
「あ、ごめん。つい力が入っちゃって……」
どうやら顔に出てしまっていたらしい……同時に、ふと疑問が浮かぶ。
僕って、こんな闘争心むき出しにするタイプだったっけ?
これも成長のひとつなのかな。試合前にぐっと熱くなるこの感じ、一人前のサッカー選手に近づけた気がしてちょっと嬉しい。
「じゃあ、兎和くん。お互いに全力でぶつかろう。どんな結果でも恨みっこなしだ。もっともこの試合、勝つのは俺だけどね――キミや神園さんに、『鷲尾伸弥』という存在を刻みつけてやる」
鷲尾くんは瞳に闘志の炎を宿し、右手を差し出してくる。
なんというか、ぜんぜん嫌いじゃない。こういうのを『好敵手』とでも言うのだろうか。それにサッカーで白黒つけるなんて、わかりやすくてわりと好ましい。
「こっちだって負けるつもりはないよ。全力を尽くして、自分の価値を示し続けてみせる。勝つのは、美月と僕だ」
同じく右手を差し出し、ガシッと握手する。
さらにもう一度お互いに健闘を誓い合ってから、それぞれ自分のチームの元へ向かった。
以降の流れはいつもと変わらない。先輩や玲音、拓海くんたちと一緒にウォームアップでしっかり汗を流したら、いったんロッカールームへ戻って最終ミーティングを行う。
ただ再びピッチへ戻るところで、背後からぽんと肩を叩かれた。
振り返れば、笑顔の堀謙心先輩が目に入る。他にも、数人の先輩たちが歩調を合わせるように合流してきた。彼らは足を動かしながら、次々に話を振ってきた。
「今日も頼むぜ、兎和。お前はもう、すっかりうちのエースだからな」
「あ、はい。全力で頑張ります」
「後輩なのに重責を押し付けて悪いな。俺たちが小粒なばっかりに……」
「ホントそれ、よくいいますよね」
めちゃくちゃ笑える自虐だ。というか、最近のAチームの鉄板ネタである。
代替わりをしてからというもの、『今年の栄成の最上級生たちはプレーヤーとしてやや小粒』と他校では噂されているらしい。匿名のSNSにもそんな投稿があったそうだ。
実際、相馬先輩みたいな派手なプレーヤーがおらず、どうしても地味な印象がつきまとう……というのが、栄成サッカー部内でも共通の認識である。
だが、小粒なんて大間違い。
この人たち、普通にサッカーが上手いのだ。
当然ではある。栄成サッカー部は年々上がる実績にあわせ、セレクションの基準を引き上げている。先輩たちは、その合格者……であれば、下手なわけがないのだ。
特に主将の堀先輩なんかは別格。昨冬の選手権で、堂々とスタメンを張っていた逸材である。中盤の底からチームを指揮し、攻守において絶対的な存在感を放つピボーテなのだ。
他にもSBの加藤倫太郎先輩、CBの梅田洋治先輩なども昨年からバリバリスタメンだ。いま一緒に歩いているCFの山岸恭吾先輩も、有力なプレーヤーである。オフザボールの動きが抜群に上手い。
チーム全体を見ても、非常にクオリティが高い。みんな足元の技術があって、攻めではサボらずポジションチェンジを繰り返す。また前線からのプレスも徹底しており、組織的な守備で相手を封じ込める。
派手さはないが、調子の波や隙が少ない。
要するに、小粒とは堅実さの裏返しでもあるのだ。
僕はこのチームで、全国の頂点を狙えると思っている。全員が犠牲をいとわず、絶えずハードワークできる素晴らしいメンタリティを備えているから。そのうえ僕みたいな後輩をエースとして扱ってくれて、長所を最大限に引き出せるようお膳立てまでしてくれる。
しかもここに、玲音や拓海くんなど新戦力が続々と加わる。
明言しよう――栄成サッカー部は、創部史上最強を更新し続けている。
「まあ、俺たちはナメられてるくらいが丁度いいんだよ。その方が相手も油断してくれるだろ?」
おまけに、勝負に徹する抜け目なさまで併せ持っている。普通だったらプライドを優先させているところだ。まさにマリーシア。
自分たちへの悪評すら武器に変えてしまう。そんな先輩たちに、僕は尊敬の念を抱かずにはいられない。
「さあて、今日も頑張りますか。偉大な先輩方築いてきた栄成の評判に、俺たちの代で傷をつけるわけにはいかないからな。星越を倒して東京予選を1位通過する――それから、関東大会連覇を目指すぞ」
先ほどまでの緩い態度から一転、急に引き締まった表情を見せる堀先輩。
ぞっとするくらいのやる気を感じる……あんな軽口を叩いていても、本心は人一倍負けず嫌いなのだ。サッカー選手として最も大事な資質も当然ながら備えている。
ここで、ちょうど自軍ベンチに到着。
雑談を切り上げ、それぞれ集中力を高めながら試合の開始時刻を待つ。
僕もベンチに腰掛け、スパイクなどのリチェックを行う。レガースに刻まれた美月のメッセージをそっと撫でるのも忘れない。
さあ、準備は整った。
これでいつでもイケる――打倒、星越と鷲尾くん。
続いて僕は、スタンドの栄成陣営へと視線を向けた。最前席には、いつものように美月の姿が……あれ、いなくない?
予想外のトラブル発生。会場に着く前に、応援に来てくれるとメッセで確認はしたんだけど……思わず立ち上がり、目を凝らす。だが、一向に僕の好きな人の姿は見つからない。
そもそも美月は、存在感抜群の超絶美少女だ。もしスタンドにいるのならば、どこにいようがすぐ気づく。だとすると、到着が遅れているのだろう。
もう間もなくキックオフの笛が吹かれる……どうやら、しばらくは自分だけの力でプレーする必要がありそうだ。なんか、急に不安になってきた。
おもしろい、続きが気になる、と少しでも思っていただけた方は『★評価・ブックマーク・レビュー・感想』などを是非お願いします。作者が泣いて喜びます。