第170話
美月に招待してもらったヴァイオリンの発表会から2日が経ち、とうとう今年もゴールデンウィークが到来した。
そして、迎えた最初の祝日の午前。
杪春の空のもと、僕たち栄成サッカー部のAチームは『関東高校サッカー大会・東京予選』の準決勝へ臨んだ。
対戦相手は、秀徳学園。私立の中高一貫校で、サッカー部は独自の下部組織を備える名門だ。夏のインターハイ、冬の選手権、ともに複数の出場経験を誇る。
ハッキリ言って、経歴だけを見ればこちらは格下。
しかし、近年の戦績にフォーカスすれば大きな差はない。むしろ栄成は上り調子で、現状の勢いを加味すれば互角以上に渡り合える――事前のスカウティングで、永瀬コーチはそう結論付けていた。
実際のところ、試合は緊迫感のある展開が続いた。
チームスタイルやフォーメーションなど共通する部分が多く、ミラーゲームの様相を呈しつつも互いに怯むことなくぶつかりあった。途中、双方に怪我人が発生するほどの激闘となったのである。
それでも栄成は後半の終了間際に追加点をあげ、『2-1』で逆転勝利を掴む。
僕の個人スタッツは、1得点のみ。とはいえ、これが殊勲の決勝点。ともにスタメン出場した玲音からのアシストだったので、課題は残るものの嬉しい結果となった。
もちろん、応援に駆けつけてくれた美月のサポートあってこそのパフォーマンスである。
会場となった『赤羽スポーツ競技場』を後にする際には、午後に試合を控える星越の鷲尾くんと顔を合わせた。喫茶店で宣戦布告を受けた例の彼だ。
軽く挨拶をしてすぐに別れたけれど、挑むような視線を向けられた。
同日の夕方には、『星越も準決勝を突破した』というメッセが玲音から届いた。これで予選決勝は『栄成VS星越』のカードが確定。
アレだけ啖呵を切っておいて、互いに途中で負けましたではカッコがつかないにも程があるので、ちょっとホッとした。
決戦が開催されるのは、ゴールデンウィーク終盤のこどもの日。すでに闘志がメラメラと燃え上がっている――だが、現在はその少し前。新緑の気配薫る5月初日の夜のこと。
「また今回も面白いことになったね。兎和くんは本当にエンターテイナーだよ。近くで見守っていて、こんなに飽きない人間も珍しい」
「ずいぶん楽しそうですね……涼香さんにはいつも応援してもらっているし、お世話にもなりっぱなしなんで別にいいですけど。これでも、けっこう頑張ってるんですよ」
僕はナイター照明の灯る芝生グラウンドで、涼香さんとトラウマ克服トレーニングに励んでいた。本日は2人だけ。美月は私用で不在……最近は欠席が多くてかなり寂しい。
かといって、手を抜いたりはしない。今晩も全力でやるべきことに向き合った。
もっとも、すでにクールダウンがてらのバドミントンタイムへ突入していた。そんな中、涼香さんがシャトルを打ち返すと同時に楽しげな声を上げたのである。
話題は、例の鷲尾くん関連。
美月から、決勝にまつわる因縁を聞いたらしい。
「でもさ、関東大会って強すぎるチームは出ないんでしょ? なんかイマイチ盛り上がらないね」
語弊はあるものの、大凡は涼香さんの言う通り。
関東大会は一都七県に所在する高校が参加する歴史ある大会だ。ただし、『U18サッカープリンスリーグ・プレミアリーグ(公式)』に参戦中のチームは不出場。黒瀬蓮くん擁する東帝高校などがこれにあたる。
だが、盛り上がらないなんて大間違い。
地区予選まで含めれば、東京だけでも参加校はゆうに200を超える。大会全体を通してみれば、正確な数は不明なものの500以上は確実だろう。
ちなみに、予選を1位で通過したチームは関東大会の『Aグループ』にエントリーされ、本戦では計8チームでトーナメントの頂点を競う形となる。
予選で2位になったチームも関東大会に進めるが、こちらは『Bグループ』に組み込まれる。事実上の下位争いだ。
「ほーん、そうなんだ。というか、意外だね。ちょっと前の兎和くんなら、また厄介事に巻き込まれたって右往左往していそうなものなのに」
「僕もいろいろ経験しましたからね。慣れたというか、腹が決まっているというか……」
これでも関東大会の連覇を狙っている身である。もとより負けるつもりは皆無。そこに鷲尾くんの件が加わり、新たな重みを帯びただけの話だ。
しかし涼香さんは、また別の懸念を抱いているようで。
「ヴァイオリンの発表会だけでも、兎和くんが気後れしちゃうんじゃないかと心配していたんだ。ほら、美月ちゃんって普通にお嬢様でしょ……それこそ美女と野獣みたいな話だよね。まるで異なる環境で育った2人が絆を深めあうなんてさ。しかも幼馴染まで登場するとか出来すぎだよ」
言いたいことはよく理解できる。
好きな人と立場や境遇がかけ離れすぎて、住む世界が違うと思い悩む……妹が貸してくれた少女マンガにそんな展開が描かれていた。
事実、僕もヴァイオリンの発表会では気後れしそうになった。だって、周囲がお上品な人ばかりだったし。さらに幼馴染の男子まで登場した。おまけに美月たちが通っていた成城学院は、芸能人のお子さんやお金持ち御用達の名門。
一般人であれば、あまりのギャップに苦しみ悶えているところだろう……けれど、お生憎さま。こちとらスクールカースト最底辺を這いつくばってきたモブ陰キャである。
僕じゃ釣り合ってないなんて、端っからわかりきっていた。なにせ『栄成のアイドル様とじゃない方の白石くん』がスタートラインである――だからこそ、トレーニングに明け暮れている。
選手権で優勝し、自分の価値を示す。
いずれJリーガーとなり、美月の隣を堂々と歩く。
正直、身の丈に合わない望みだと思う。気持ちを受け入れてもらえるかもわからない……だが、こればっかりは絶対に叶えたい。持てる全てを賭して挑む覚悟が、今の僕にはある。
ともあれ、この熱い気持ちはまだ秘密だ。
特に涼香さんはマズい。隠しごとをしているようで気は引けるけれど、流石に美月と距離が近すぎる。なので、ひとまず誤魔化しておく。
「そう言われると、自分が映画の主人公になったみたいに感じますね。できれば、ラブコメ系がよかったなあ。でも、意外と似合ってたりして」
「あはは、いいね! 兎和くんは主人公にピッタリだ。それにしても、本当に成長したなぁ……美月ちゃんもだけどさ、もっとゆっくり大人になってもいいんだよ?」
「大丈夫ですよ。妹に『お兄ちゃんはいつまでたってもオコチャマだね』って、しょっちゅう叱られていますから」
うちの兎唯ちゃんは甘えん坊のくせにわりと辛口だからね……ふと思い出したけど、最近は美月に勉強を教えてもらっているらしい。中3になった今年、本気で栄成高校を受験するみたい。
それにしても、成長か。
傍目から見ても明らかなほど、僕は前進できているのかも。だとしたら、かなり嬉しい。
「……涼香さん。これからもぐんぐん成長するつもりなんで、ちゃんと見守っていてください」
「もちろん見守るけど、もっとゆっくりね? 今をたっぷり楽しんでから次に進もう、ねっ!」
ラケットの振りに合わせて、念を押すように言う涼香さん。
僕は明確に答えず、笑い声で返事をする――こうして、5月最初の夜は和やかに更けゆく。さらに部活漬けのままゴールデンウィークは過ぎていき、あっという間にその日を迎えていた。
朝ベッドで目覚めた瞬間、確信した。
コンディションは上々、やる気はマックス。あとは美月さえいてくれたら、僕は無敵のサイドアタッカーになれる。
鯉のぼり揺れるこどもの日、ついに決戦の火蓋が切られる。
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