第168話
僕たちの談笑に割って入ってきたのは、フォーマルな装いに爽やかな笑みを浮かべたイケメンくん……いったいナニモノなのか。
服装からして、発表会の招待客で間違いない。気になるのは、花束を抱えた美月に対しての『久しぶり』という発言である。
というか、驚くべき胆力だ。うちの母、妹、結月さん(美月の母)、旭陽くん、涼香さん――こちらの一団から探るような視線を向けられても、まるで怯まない。
声をかけられた美月なんて、その美しい青い瞳に極寒の気配を湛えているのに……これ、だいぶ機嫌悪いな。であれば、相手は『招かれざる客で』あると考えるのが妥当だろう。
「お久しぶりです、鷲尾くん。奇遇ね」
「急にごめん。神園さんを偶然見かけたものだから、つい声をかけちゃった。俺も知り合いに招待されてさ……いや、本当に久しぶりだね」
「そうね。でも、今は家族や友人と一緒なの」
だから友達でもないアナタに関わるつもりはありません、とでも言いたげな態度を示す美月。
わりと好き嫌いがハッキリしている性格の彼女だけど、ここまでキッパリ拒絶するのは珍しい……いや、そうでもないか?
とにかく、取り付く島もない。
もっとも、相手の男子も簡単に引く様子はなかった。
「友人……そっか。俺も家族が向こうで待ってるから、挨拶だけするつもりだったんだ。あ、そうだ。よかったら連絡先を交換しない? せめてSNSのアカウントだけでもどう?」
「ごめんなさい。キッズスマホしか持っていなくて、SNSにも触れたことがないの」
粘る男子に対し、美月はなんとも微妙な断り文句を口にする。
そんな女子高生がこの世にいるか、とツッコミを入れたくなる。しかし真顔でこうも堂々と言われてしまえば、本当なのかもと思えてくるから不思議だ。
実際、相手もタジタジ。苦笑いを浮かべ、次の言葉を見つけられずにいた。それでも彼はこの場から立ち去ろうとしないのだから、ちょっとメンタルツヨツヨすぎる。
ただし、僕が許容するかどうかは別の話。
申し訳ないが、偶然の再会を喜ぶにはもう十分すぎる時間が経った。何より、美月がぜんぜん楽しそうじゃないし。
「あ、あの、会話中にごめん。うちの家族、まだ美月に発表会の感想を伝えられてなくて……もう帰る時間、かもしれなくて……」
妹を自分の後ろに隠し、堂々と……なんてカッコよくはいかないけれど、久々に人見知りを発動しつつも退場を促した。キミはレッドカードだよ。
すると、相手もようやく諦めてくれたらしい。僕の顔をじっと見つめながら、ふと笑みを曇らせて口を開く。
「そうだね……できればもう少し話をしたかったけど、俺もそろそろいかないと。神園さん、またね。皆さん、お邪魔してすみませんでした」
ペコリと一礼し、踵を返して去っていく招かれざる客。
ふう、と僕は安堵の息を吐く。同時に、これまで我慢していたうちの妹がばっと美月に飛びつき、「ヴァイオリンの演奏、感動しました!」と甘え始める。
よかった。予期せぬ邪魔は入ったが、あまり変な空気にならずに済んだ。勇気を出して、割って入った甲斐があるというもの。
だが、背後で繰り広げられる会話によって、僕はまた微妙な空気感を味わうのだった。
「あら、兎和があんなに強気に出るなんて珍しいわぁ」
「優卯奈さん。兎和くんも、日々成長しているんです。男子高校生はまさに伸び盛り」
「涼香の言う通り。本当にたくましくなってきていますよ。試合中なんて、もう一流サッカー選手のような風格を漂わせていますからね」
うちの母、涼香さん、旭陽くん、と3人が順に褒めてくれる。親戚の会話かな?
こちらとしては、普段はとらない行動だけに嬉しいよりも照れくささが勝つ……さらに結月さんまで輪に加わり、僕の幼少期の話で盛り上がり出すのだから恥ずかしいったらない。
「ちょっと、もう僕の話はいいから……今は美月でしょ」
「それなら、次は美月ちゃんの子どもの頃の話でもしようかな」
「涼香さん? あまり余計なこと言うと後でお仕置きするわよ」
僕がどうにか会話の矛先を別へ向けることに成功する。
一方、急にとばっちりを受けそうになった美月は、すかさず釘を刺す……けれど、涼香さん。その話、詳しくお伺いしても?
好きな人の子どもの頃の話なんて、興味深いにも程がある。差し支えなければ、ぜひ今度にでもじっくり聞かせていただきたい。
「つか、美月。さっきの男子って……」
「中学時代の同級生よ。別に気にしなくていいわ。それより、助けてくれてありがとう」
助けるって言うほどのことじゃない。僕自身、ちょっとイラッとしていたのもある。
いずれにせよ、美月はそれ以上語ろうとはしなかった。ならば、あえて聞く必要もあるまい。妹も絶賛甘え中だし、今はこのままでいい。
それからまた、僕たちは発表会の感想を伝えつつ雑談に花を咲かせた。
とはいえ、あまりのんびりもしていられない。美月たちスクール生には、まだ撤収作業などが残っているらしい。
「じゃあ、私は戻るわね。兎和くん、今日は観にきてくれて本当にありがとう。とっても嬉しかった。優卯奈さん、兎唯ちゃん。ぜひまたお礼に伺わせてください」
抱えていた花束をいったん涼香さんに預け、美月は控室に戻っていく。もちろん、旭陽くんのエスコート付きだ。変な虫が寄ってくることもないだろうから、僕としても安心である。
名残惜しいが、ヴァイオリンの発表会はこれにて終了。
後日、皆で食事に行く約束を親同士が勝手に交わし、うちの家族はここで御暇する――ところが、すぐに足を止めることになった。賑わうロビーを出た直後、先ほどの男子が声をかけてきたのだ。
「失礼します。ちょっとお時間いいですか?」
視線から判断するに、どうやら目的は僕みたい。なので、母と妹には少し離れた場所で待っていてもらう。
「度々ごめんね。キミ、栄成のサッカー部だよね? 選手権のプレーは本当に凄かった。そして今は、7番を背負ってチームを牽引中。栄成の新エースはハンパないって評判だよ――俺は鷲尾伸弥。星越高校のサッカー部なんだ。よければ、少し話さない?」
正直、付き合う義理はない。けれど、僕ならまだしも美月につきまとわれては厄介だ……仕方ない、ここは誘いに応じるとしよう。所属や身元は明らかだし、無茶はしてこないはず。
それに、あの星越高校のサッカー部……ちょっとどころか、かなり気になる。同じ東京ブロックに所属する名門校で、順当にいけば『関東大会・東京予選』の決勝で戦うかもしれない相手だ。
「母さん、ごめん。僕は電車で帰るよ」
「はいはい。あまり遅くならないようにね」
いったん母と妹に声をかけ、先に帰ってもらう。それから、星越サッカー部の男子――改め鷲尾くんと向かい合う。
「ここじゃ施設の迷惑になるし、そこのカフェにでも入らない? もちろん俺のおごりだから安心して」
「あ、はい……」
このまま立ち話というのもなんなので、やや人見知りしながらも同意した。
提案されたカフェは、通りを挟んで目と鼻の先。レトロな外観がとても良い味を醸し出している。
入店後、空いているソファ席に向かい合って座り、それぞれ注文を済ませる。この店には珍しくスペシャリティコーヒーがあったので、僕はイルガチェフェのナチュラルをホットで頼んだ。鷲尾くんはカフェラテを選ぶ。
そして店員が下がると、再び自己紹介が行われた。
「では、改めまして。俺は鷲尾伸弥、星越高校の2年だよ。同い年だから、気楽に話して」
「あ、うん……僕は白石兎和、栄成高校のサッカー部です。よろしく……」
「兎和くんね、よろしく。俺はいま星越高校に在学しているけど、元はこの近くにある『成城学院』の中等部の出身なんだ。その前は、付属の小学校や幼稚園にも通ってた。そこの同級生には神園美月さんもいてさ――つまり、俺たちは幼馴染のような関係ってわけだね」
鷲尾くんの口から『幼馴染』というパワーワードが飛び出した瞬間、僕はあまりの衝撃に息をつまらせる。
死ぬほど憧れる関係だ。しかも美月の……これは、もしや恋愛がらみの宣戦布告ってやつか?
波乱の気配を感じ、思わず身構える。しかしすぐに、「誤解しないで」と補足が入った。
「幼馴染といっても、幼稚園から一緒の同級生は他にもたくさんいるから。それにさ、さっき見た通り……神園さんにはあまり好かれてないんだよね、俺って」
苦笑いを浮かべ、頬をポリポリする鷲尾くん。
あれ……なんか、そう悪い人じゃないような気がしてきたな。
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