第164話
「ブラボーッ、兎和! お前こそが栄成の勝利の象徴、エル・コネホ・ブランコだ!」
「うわ、びっくりした! 玲音もナイスプレー! てか、キャッチコピーがごちゃごちゃしてない?」
整列に続き、駒場瑞邦の選手たちとのハンドシェイクを終える。すると、ハイテンションの玲音が右後ろから肩に腕を回してきた。
相棒は後半からの出場にもかかわらず、ユニフォームはひどく汗だくだった。攻守ともに手を抜かず、同じサイドの僕のサポートなどで相当走ってくれていたからな。本当にいつもありがとう。
「お疲れ、二人とも。兎和は大爆発だったな! やばすぎだろ、栄成のコネホ・ブランコ!」
今度は、拓海くんが左後ろから飛びつきながら肩を組んでくる。
中盤のリンクマンとしてピッチを駆け回っていた彼も、やはり汗だくだ。ペースを緩めずハードワークして、みんなを大いに助けてくれた。まさにチームの心臓である。
正直に言うと、僕はこの二人と一緒の方がプレーしやすい。ドリブルを仕掛けられそうなときはスペースを潰さないように動いてくれて、相手のブロックが厚いときは必ずサポートに来てくれる。
加えて、近ごろは阿吽の呼吸というか、連携面でかなり感じ合えている。本日の試合でみせた三人のワンタッチでの崩しなんて、自分で言うのもアレだけどかなり絶妙だった。
しかも玲音と拓海くんに関しては、永瀬コーチも『いい選手に育ってきている』とべた褒めである。現在Bチームで奮闘する大桑くんたちも存在感を高めつつあるので、そう遠くないうちにトップチームで顔を合わせることになりそうだ。
皆も弛まぬ努力を重ねているのだと思うと、堪らなく嬉しくなって気持ちが高揚してくる――玲音と拓海くんから解放された僕は、密かに胸を弾ませながらベンチへ向かって歩いていた。
そこで、不意に。
スタンドの栄成陣営の方から、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
「兎和くんっ、兎和くん!」
凛としながらもどこか柔らかな声音が耳に届いた瞬間、僕は自然と笑みを浮かべていた。
足を止めてスタンドへ顔を向けると、最前列の手すりから身を乗り出して大きく手を振る美月の姿を視界が捉える。その左右で、涼香さんと旭陽くんが困った風に笑いながら落ちないよう支えていた。
「ナイスプレー、最高だったわ!」
そう言った美月は一層前のめりになって、左手をパーに、右手でチョキの形を作る。
あれは『7点』と伝えたいに違いない。先ほどの試合で僕が決めた点数だったので、すぐにピンときた。
当然、近寄って同じリアクションで応える。
こちらも左手をパーに、右手でチョキを作って頭上に掲げた。
「勝利の『7』ね! 背番号と一緒!」
「うん、勝利の『7』だ! 背番号と一緒!」
互いに今回強く印象に残った数字を強調して、軽く飛び跳ねつつ喜びを分かち合う
それにしても、美月はいつもより上機嫌だな……ああ、そうか。寿輝くんのことを相談したときに、『軽く5点は取ってやりましょう!』なんて言ってたもんな。
どうにか目標を達成出来てよかった。あの弾けるような笑顔を見るに、僕のプレーに満足してくれているのは間違いない。
さらにここで、旭陽くんからもお褒めの言葉を頂戴する。
「兎和くん、キミは最高のレガテアドールだ! 近くで見ていて、こんなにもワクワクする選手は他にいないよ! 次の試合も頑張って!」
「旭陽くん、応援ありがとうございます! めちゃ頑張ります! 涼香さんも、いつも応援感謝です!」
僕は掲げたままの両手をサムズアップの形に変え、大きな声で返事をした。
美月だけじゃない。涼香さんと旭陽くんにも世話になりっぱなしだから、いつか何かをお返しできるような人間にならなくちゃな。
「おい兎和、はよこっち来い!」
栄成サッカー部の新主将である堀謙心先輩に呼ばれてしまったので、美月たちにはいったん別れの挨拶を告げてベンチへ向かう。
それからトップチームの面々は荷物を持ってロッカールームに引き上げ、軽くミーティングを行う。続けて撤収作業に移ったのだが、ここでまたDチームメンバーの数人がお手伝いにきてくれる。もちろんその中には寿輝くんもいて、真っ先に「震えました!」と大絶賛してくれた。
「ガチでハンパなかったです! おかげで目が覚めました!」
「え、目が覚めた……?」
「はい! 試合が始まるまで、ちょっと記憶が曖昧で……」
聞けば、試合前の記憶が定かではないという。例の元カノに関するショッキングな報告がもたらされたあたりからおぼろげで、気づけば玲音たちに連れられてスタンドにいたのだとか。
可哀想に……きっと脳を焼かれてしまったのだろう。
それでも、僕のプレーで目が覚めたのは不幸中の幸いだ。過去のしがらみから解き放たれていればなお良しである。
そして、いくらも経たないうちに。
自分の決意とプレーがどのような影響を与えたのか、この目で直接確認することができた。
「おい、寿輝!」
栄成サッカー部のトップチーム一行が付帯施設を出たところで、待ち受けていた駒場瑞邦の選手たちが声をかけてきたのだ。
お目当ては、もちろん共に移動していた寿輝くん。
彼はその場に残り、元チームメンバーたちと向き合う――僕も先を行く先輩や玲音たちの元からこっそり離れ、足を止めて会話の行方を見守った。
「お前ら……」
「……どうしても直接伝えたいことがあって、皆で待ってたんだ」
寿輝くんがやや硬い態度ながらも応じると、瑞邦の選手団の中から例の寝取りかけの凌牙くんが進み出てきた。どうやら代表して話をするつもりらしい。
次いで口を開いたのも、やはり相手の方だった。
「寿輝、いろいろ悪口を言ってごめん。お前が外部進学してサッカー続けるって聞いて、裏切られたような気がしてさ。相談も何もなかったし、なんで一人だけって……だから、最初はちょっとイジってやろうかなって思ったんだ。でも、段々エスカレートしちゃって」
ああ、やっぱり凌牙くんたちもサッカーを諦めきれてなかったんだな……それでも、高校からは勉強を優先せざるを得なかった。けれど、この先も苦楽を共にするはずだった仲間の一人が、相談もなく別の道を選んだ。それも自分たちが本当は選びたかった道を。
その結果、嫉妬心が高じて強く当たるようになってしまったのだろう。おまけに、本音を明かすことなく卒業を迎えてしまったのだ。
「もういいよ。今日の試合みてたら、なんか全部吹っ飛んじまった……それに、元は俺が自分勝手にブチギレたのがきっかけだし。全中サッカー大会の決勝で負けたあと、ロッカールームで暴言吐きまくって悪かった。みんな一生懸命やってくれたのに、本当にごめん」
え、それ初耳なんだけど……全中サッカー大会の決勝で敗退した後のロッカールームで一悶着あったとは聞いたが、まさか寿輝くんがキレ散らかしていたなんて。
これまで瑞邦の元チームメイトたちには悪いイメージを抱いていたが、ちょっと話が変わってきたな。
まあ、互いにいい雰囲気なのだ。ここで水を差すようなマネはすまい。
「なあ、寿輝……栄成ってこんなに強かったんだな。全員年上とはいえ、それ以上に力の差を感じた。特にあの7番の先輩なんて完全に怪物だろ。確かに、凄すぎていろいろ吹っ切れちまったよ」
「やばかったろ? 俺は、あの兎和先輩に憧れて栄成に進学するって決めたんだ。近いうちトップチームで一緒にプレーするから、ちゃんと見てろよ」
「見てろ、って……ああ、わかった。デカい大会は応援に行くから、LIMEかSNSでメッセくれよ。こっちもヒマがあったら連絡する。既読スルーはもうやめろよな」
角度的に寿輝くんの表情は確認できないが、きっと笑顔を浮かべているはず。だって、凌牙くんはずいぶんとスッキリした様子で微笑んでいるしね。
ついでに僕もニッコニコだ。プレーを介して自分の思いを示せたし、おおよそ狙い通りのところへ落ち着いた。
それに、いがみ合っていた仲間たちが和解する……めちゃくちゃ青春って感じだ。
きっと彼らは将来、この日のことを思い出すのだろう。お酒とか飲みながら、『俺たちも若かったな』と楽しげに語り明かすのだ。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。兎和先輩をあんまり待たせちゃ悪いし」
「おう。またな」
僕が盗み聞きしていたのは、普通にバレていたみたい。
寿輝くんは元チームメイトたちとひと通り挨拶を交わしてから、小走りでこちらへ向かってきた――その途中、背後から再び凌牙くんの声が飛んでくる。
「寿輝、頑張れよ! お前ならきっとプロになれる! そのまま突き進め!」
「お前たちも勉強頑張れよ! 俺も応援している! だが、凌牙――テメーは許さん! ヒマなときにでも佳菜子との経緯を聞かせろよ、くそったれ!」
笑顔で返事しつつサムズアップを送り、寿輝くんはまた前を向く。
肩を並べた僕たちは、揃って真っすぐ歩き出す。
「兎和先輩……俺、めちゃくちゃサッカーが好きです。だから、もっと頑張ります!」
「うん、お互い頑張ろう。選手権とかで一緒にプレーできたらいいね」
ふっと背後から風が吹き抜け、ほのかな青い香りが鼻先をかすめる。
こうして駒場瑞邦との因縁絡む一戦は、清々しい余韻と共に幕を下ろす――そして翌日の夜、まるで新たな始まりを予感させるような『招待状』を僕は受け取るのだった。
差出人は美月。
催し物の欄には、『第17回・楠原ストリングスクール、ヴァイオリン・ヴィオラ発表会』と記載されていた。
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