第149話
春休みに入ってからしばらく経ち、栄成サッカー部のAチームは茨城遠征に旅立った。
鹿のエンブレムで有名なプロサッカーチーム(J1)のお膝元だ。もちろん僕や玲音、それに里中くんなども帯同した。
宿泊先は、『鹿島スポーツプラザ』。多数の人工芝ピッチに加え、展望風呂付きの大浴場を備えた総合スポーツホテルだ。
現地では関東近郊から集まった他のチーム(高校・ユース含む)とのトレーニングマッチを繰り返し、仕上げにJリーグアカデミーのユースチームと連戦を行った。
勝利へのこだわりは当然として、スタメン争いでもバチバチに火花を散らすなど、非常に充実した遠征となった。
個人的には、食事がキツかった。長年に渡る母の栄養コントロールの影響か、僕は『健康食オタク』っぽい極端な体質を獲得している……なので、遠征の際にはお馴染みの悩みとなっている。
あと、栄成サッカー部伝統の『ポコチンモンスターバトル』の開催がなかったのも残念でならない。夏合宿に期待大である。
帰還した翌日、Aチームは全日オフとなった。そこで僕と美月は、花見に出かけることにした。場所は、自宅の裏手にある井の頭恩賜公園。昨年の秋に2人で訪れた際、『今度は桜を見に来よう』と約束を交わしていたのだ。
小春日和にも恵まれ、うちの妹と母、涼香さんや旭陽くん、さらに美月の母まで参加してくれた。おかげで、賑やかながらものんびりとした時間を過ごすことができた。
それからまた少し時は流れ、3月末日。
僕たち栄成サッカー部の全メンバーは、学校のメインピッチへ大集結していた。目的は、チーム編成の発表と新しくなったユニフォームの配布。
うららかな春風が整列したメンバーの間をすり抜け、どこからか運ばれた桜の花びらをそっと残していく。そんな中、正面に立つ豊原監督がおもむろに口を開いた。
僕は隣に並ぶ玲音や里中くん――改め『拓海くん』たちとともにピッチへ腰をおろし、真剣に耳を傾ける。
「明日から4月だ。つまり、本年度の高校サッカーシーズンが本格的に幕を開ける。栄成サッカー部においても、Aチームが参加する『T1リーグ』の初戦を皮切りに、次々と公式戦がスタートしていく」
いよいよ、今年の高校サッカーシーズンが本格始動する。
トップチームは数日後に『T1リーグ』の初戦を迎え、B・Cチームが臨む公式リーグもまもなく開幕。Dチーム(1年生)も新たな非公式リーグへの参加が決定しており、全カテゴリ通して例年以上に試合数が増える見込みだ。
「それを踏まえ、改めてチーム編成の発表とユニフォームの配布を行う。とはいえ、チーム編成に変更はない。正式な情報を部のHPにアップしておいたので、それぞれで確認しておいてほしい。では、ユニフォームを配布する。まずはDチームから」
チーム編成に関しては完全におまけで、特に変更はナシ。今年初のカテゴリ対抗戦を先日終えたばかりなので、一応触れておいたのだろう。結果もほぼ順当だったし。
以降、名前を呼ばれたメンバーは前に進み出て、豊原監督から順次ユニフォームを受け取っていく――よく見ると、デザインが以前と違うことに気づく。
栄成サッカー部も正式に、『KREアスレティカ』や『カーム』とスポンサー契約を結んだ。その影響で、新調されたうえにデザインが大幅改修されているのだ。
大きな変更点は2つ。
まず、スポンサー企業のロゴ。公式リーグなどではスポンサー企業のロゴ入りユニフォームの着用が許されており、夏のインターハイや冬の選手権用のモノとは別に準備されている。
次に、トップチームのユニフォームだけに採用された特殊デザイン。下位チームとの差別化を図るために少し凝った仕様になっている。
ただし、ホームカラーの『青』とアウェイカラーの『赤』に変更はない。
「――次は、Bチーム。GKからいこう」
僕が現行ユニフォームの変化について没頭していると、いつの間にかBチームの順番へ突入していた。
ここで、大木戸先輩や古屋先輩の名が呼ばれる。仲良しの大桑くんや小川くん、池谷くんなども同チーム所属だ。
ややあって、白石(鷹昌)くんの名も呼ばれる。残念ながら、本人が好む『#10』ではなかった。だが、不機嫌そうな表情をうかべつつも、特に文句を口にせず受け取っていたのは意外だった。
それと彼、春休み以前からやや元気なさげだ……なんとなく不気味に感じてしまうのは、僕の勘ぐりすぎだろうか。
「ラスト、Aチーム。他のチームと同様に、これまで引退者の番号は空けたままだった。だが、今回はすべて割り振ってある。では、GKからいくぞ」
順番はついにAチームへ。
豊原監督が言ったように、うちは昨年の選手権から現在まで公式戦がなかったため、引退した先輩たちの背番号は空白のままだった。しかし本日から、新たな選手へと割り振られる。
これは、継承式に等しい。
なにせ、創部史上最強と謳われた先輩たちの番号が引き継がれるのだから。
同時に、新生栄成サッカー部の顔ともいえる『栄光のイレブン』が決定する。暫定とはいえ、トップチームのスタメン入りは総勢130人を超えるプレーヤー全員の憧れである。
皆がかたずを呑んで見守る中、真っ先にユニフォームを受け取ったのは『#1』を背負うGKの先輩だった。さらにディフェンス陣が数人続き、6番目に本年度のサッカー部の主将を務める堀謙心先輩の名前が呼ばれ――
「背番号7、白石兎和!」
「は、はいっ!」
とうとう自分の名が呼ばれ、僕は大きな声で返事をしながら立ち上がった。次いで前方に進み出て、豊原監督からユニフォームを受け取る。そして列に戻って腰を下ろすと同時に、堪えきれず背面の『#7』に顔を埋めた。
やった、やったぞ。本当によかった……相馬先輩の背負っていたエースナンバーを託された。これで、胸を張って報告できる。このまま引退まで、絶対に手放さない。
しばらくの間、僕は感情の高ぶり鎮めつつもひとり静かに決意を固めていた。
やがて玲音や拓海くんたちの名も呼ばれ、ユニフォーム配布は終了となる――再び舞い込んできた桜の花びらを眺め、改めて世代交代の重みを肌で感じるのだった。