表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

150/178

第149話

 春休みに入ってからしばらく経ち、栄成サッカー部のAチームは茨城遠征に旅立った。


 鹿のエンブレムで有名なプロサッカーチーム(J1)のお膝元だ。もちろん僕や玲音、それに里中くんなども帯同した。


 宿泊先は、『鹿島スポーツプラザ』。多数の人工芝ピッチに加え、展望風呂付きの大浴場を備えた総合スポーツホテルだ。


 現地では関東近郊から集まった他のチーム(高校・ユース含む)とのトレーニングマッチを繰り返し、仕上げにJリーグアカデミーのユースチームと連戦を行った。


 勝利へのこだわりは当然として、スタメン争いでもバチバチに火花を散らすなど、非常に充実した遠征となった。


 個人的には、食事がキツかった。長年に渡る母の栄養コントロールの影響か、僕は『健康食オタク』っぽい極端な体質を獲得している……なので、遠征の際にはお馴染みの悩みとなっている。


 あと、栄成サッカー部伝統の『ポコチンモンスターバトル』の開催がなかったのも残念でならない。夏合宿に期待大である。


 帰還した翌日、Aチームは全日オフとなった。そこで僕と美月は、花見に出かけることにした。場所は、自宅の裏手にある井の頭恩賜公園。昨年の秋に2人で訪れた際、『今度は桜を見に来よう』と約束を交わしていたのだ。


 小春日和にも恵まれ、うちの妹と母、涼香さんや旭陽くん、さらに美月の母まで参加してくれた。おかげで、賑やかながらものんびりとした時間を過ごすことができた。


 それからまた少し時は流れ、3月末日。

 僕たち栄成サッカー部の全メンバーは、学校のメインピッチへ大集結していた。目的は、チーム編成の発表と新しくなったユニフォームの配布。


 うららかな春風が整列したメンバーの間をすり抜け、どこからか運ばれた桜の花びらをそっと残していく。そんな中、正面に立つ豊原監督がおもむろに口を開いた。


 僕は隣に並ぶ玲音や里中くん――改め『拓海くん』たちとともにピッチへ腰をおろし、真剣に耳を傾ける。


「明日から4月だ。つまり、本年度の高校サッカーシーズンが本格的に幕を開ける。栄成サッカー部においても、Aチームが参加する『T1リーグ』の初戦を皮切りに、次々と公式戦がスタートしていく」

 

 いよいよ、今年の高校サッカーシーズンが本格始動する。


 トップチームは数日後に『T1リーグ』の初戦を迎え、B・Cチームが臨む公式リーグもまもなく開幕。Dチーム(1年生)も新たな非公式リーグへの参加が決定しており、全カテゴリ通して例年以上に試合数が増える見込みだ。


「それを踏まえ、改めてチーム編成の発表とユニフォームの配布を行う。とはいえ、チーム編成に変更はない。正式な情報を部のHPにアップしておいたので、それぞれで確認しておいてほしい。では、ユニフォームを配布する。まずはDチームから」


 チーム編成に関しては完全におまけで、特に変更はナシ。今年初のカテゴリ対抗戦を先日終えたばかりなので、一応触れておいたのだろう。結果もほぼ順当だったし。


 以降、名前を呼ばれたメンバーは前に進み出て、豊原監督から順次ユニフォームを受け取っていく――よく見ると、デザインが以前と違うことに気づく。


 栄成サッカー部も正式に、『KREアスレティカ』や『カーム』とスポンサー契約を結んだ。その影響で、新調されたうえにデザインが大幅改修されているのだ。


 大きな変更点は2つ。

 まず、スポンサー企業のロゴ。公式リーグなどではスポンサー企業のロゴ入りユニフォームの着用が許されており、夏のインターハイや冬の選手権用のモノとは別に準備されている。


 次に、トップチームのユニフォームだけに採用された特殊デザイン。下位チームとの差別化を図るために少し凝った仕様になっている。

 ただし、ホームカラーの『青』とアウェイカラーの『赤』に変更はない。


「――次は、Bチーム。GKからいこう」


 僕が現行ユニフォームの変化について没頭していると、いつの間にかBチームの順番へ突入していた。

 ここで、大木戸先輩や古屋先輩の名が呼ばれる。仲良しの大桑くんや小川くん、池谷くんなども同チーム所属だ。


 ややあって、白石(鷹昌)くんの名も呼ばれる。残念ながら、本人が好む『#10』ではなかった。だが、不機嫌そうな表情をうかべつつも、特に文句を口にせず受け取っていたのは意外だった。


 それと彼、春休み以前からやや元気なさげだ……なんとなく不気味に感じてしまうのは、僕の勘ぐりすぎだろうか。


「ラスト、Aチーム。他のチームと同様に、これまで引退者の番号は空けたままだった。だが、今回はすべて割り振ってある。では、GKからいくぞ」


 順番はついにAチームへ。

 豊原監督が言ったように、うちは昨年の選手権から現在まで公式戦がなかったため、引退した先輩たちの背番号は空白のままだった。しかし本日から、新たな選手へと割り振られる。


 これは、継承式に等しい。

 なにせ、創部史上最強と謳われた先輩たちの番号が引き継がれるのだから。


 同時に、新生栄成サッカー部の顔ともいえる『栄光のイレブン』が決定する。暫定とはいえ、トップチームのスタメン入りは総勢130人を超えるプレーヤー全員の憧れである。


 皆がかたずを呑んで見守る中、真っ先にユニフォームを受け取ったのは『#1』を背負うGKの先輩だった。さらにディフェンス陣が数人続き、6番目に本年度のサッカー部の主将を務める堀謙心先輩の名前が呼ばれ――


「背番号7、白石兎和!」


「は、はいっ!」


 とうとう自分の名が呼ばれ、僕は大きな声で返事をしながら立ち上がった。次いで前方に進み出て、豊原監督からユニフォームを受け取る。そして列に戻って腰を下ろすと同時に、堪えきれず背面の『#7』に顔を埋めた。


 やった、やったぞ。本当によかった……相馬先輩の背負っていたエースナンバーを託された。これで、胸を張って報告できる。このまま引退まで、絶対に手放さない。


 しばらくの間、僕は感情の高ぶり鎮めつつもひとり静かに決意を固めていた。

 やがて玲音や拓海くんたちの名も呼ばれ、ユニフォーム配布は終了となる――再び舞い込んできた桜の花びらを眺め、改めて世代交代の重みを肌で感じるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
食事と言えばメジャーのあの人も食事は気を使ってるみたいですね。やっぱり〇〇人間と呼ばれるような人たちってそれ1つにかける情熱が凄いよなぁ。凡人には真似出来んわ。 受け継げた番号。これは嬉しいし誓いにも…
じゃない方になった白石くん、今なら転校しても他校でのプレーも間に合うのでしょうが、何を考えているのやら…。 一度負けたら終わりの舞台が来たときに、信用できない彼は、つっかかって来なくても厄介。いるだけ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ