表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

147/178

第146話

 けたたましくアラームが響き、ぬるま湯のような淡い眠りを切り裂いた。

 僕は寝返りの勢いで手を伸ばし、スマホの画面をタップして目覚ましを消す。次いでまぶたを軽く擦りながら、むくっと体を起こした。


 カーテン越しの朝の光は柔らかく、そっと部屋に吹き込んできた風から春の香りが漂う。


 段々と温かくなってきたから、昨晩は少し窓を開けて眠りについた。おかげで清々しい朝を迎えられた。


 ベッドから起きだした僕は部屋着のスウェットを脱ぎ捨て、栄成サッカー部のチームジャージに腕を通す。


 昨日、三学期の終業式が行われた。いよいよ春休みが始まったせいか、どうにも僕はそわそわうきうきしている……が、本日も部活の他に美月との『トラウマ克服トレーニング』の予定が入っている。せっかくの長期休暇だが、結局のところサッカー漬けなのであった。


 それはさておき、まずは朝食だ。

 新しい1日を始めるべく、僕はリビングへ向かった。


「あ、母さん。おはよう」


「はい、おはよう。すぐにご飯を持って来るから待ってなさい」


 リビングに入ってすぐエプロン姿の母と顔を合わせたので、挨拶を交わしつつダイニングテーブルの自分の席につく。いつもより少し遅めの時間なので、父はもう仕事に行ったらしく姿は見えない。


『東京でも、まもなく桜の見頃を迎えそうです――』


 なんとなくつけたテレビから、桜の開花予報が聞こえてきた。そのまま画面に目を向けてヒマを潰していると、すぐに朝食の皿がテーブルに並ぶ。いつも通りボリューム満点だ。


 母に「いただきます」と感謝を告げ、僕は箸に手を伸ばす。


「おあよー、ママ。お兄ちゃんもねー」


 朝食の皿が半分ほどカラになったタイミングで、2階の自室から妹の兎唯ういが降りてきた。寝ぼけた挨拶とともにご登場である。モコモコのパジャマ姿で、ちょっと暑そうに見える。


 こっちまで眠くなりそうな様子の妹は、定位置である僕の対面の席につく。スマホをイジりながら朝食待ちのスタイルだ。


「そう言えば、お兄ちゃん。春休みの予定どうなの?」


「あー、特にイベントはないかなあ。ほぼ部活で埋まってる。遠征とかもあるし、なんだかんだ忙しい感じだよ」


 妹の問いを受け、頭の中で予定表を開く。

 昨年末の冬の選手権以降、僕はAチームに配属されている。そのため、かなり忙しい。


 来週には二泊三日の鹿島遠征があり、4月に入ってすぐ『T1リーグ』も開幕する。関東大会の東京予選もある。そのうえ別でトレーニングマッチなども予定されており、Cチームの頃の倍くらいハードスケジュールなのだ。


 もちろん美月とのトラウマ克服トレーニングも継続している。加えて、社会人サッカーリーグで戦う『東京ネクサスFC』のゲームトレーニングにも参加させてもらっている。週に数回だが、相馬先輩たちとプレーできる貴重な機会なので絶対に外せない。


 あれ、よく考えるとマジでサッカー以外の予定がないな……不満はないけれど、やや青春成分に欠ける気がする。


「はあ~。お兄ちゃんって、やっぱりおバカさんだよね。今年がどれだけ大事かわかってないんだから。ダチョウの方がまだ賢いかも」


 おいおい、ダチョウ以下は辛辣すぎるだろ……あの鳥、脳ミソが目玉より軽いらしい。だから家族が入れ替わっても気づかないし、1羽が走り出すと理由もなく全員で走り出して、しょっちゅう遭難するのだとか。


 つーか、朝っぱらから妹のトークがキレキレだ。流石にこの兄もタジタジである。


「そこまでバカじゃないから……」


「いーや、ダチョウといい勝負だね。だって、この春からお兄ちゃんは高校2年生……つまり、セブンティーンなわけじゃん? 人生で一番『エモい』時期だよ! 青春に恋に咲き乱れるお年頃で、まさに満開なんだから!」


 妹はスマホから目を離し、こちらへビシッと指を突きつけ吠える。

 横から朝食の皿をテーブルに置く母が、呆れた風に「また兎和に変なこと吹き込んで」と注意していた。


 まあ、口を挟みたくなるのも無理はない。去年までの僕なら、妹の指摘を受けて大騒ぎしていただろうから。だが、心配はいらない。高校に入ってからの1年で大きく成長している。


 そもそも青春イベントなら、超敏腕で超絶美少女な専属マネージャーが企画してくれる。それもエモエモのエモなやつを。ましてや、そんな美月へ対する恋心を自覚した現状、具体的な告白プランも定まってジタバタする必要がないのだ。


 そこまで考えて、僕はふと気づく。

 たしか妹には、告白プランについて教えていなかったっけ。いろいろとお節介を焼いてくれているのに、内緒のままってのはなんとなく後ろめたい。


 ソファでテレビを眺める母には聞こえないよう身を乗り出し、声を潜めつつ胸の内を明かす。


「兎唯ちゃん、ここだけの話なんだけど……次の選手権で優勝して、美月に告白するって決めたんだ。だから結果はどうあれ、一生忘れられないセブンティーンになるはず」


「え、優勝できなかったらどうするの?」 


「え、特に考えてないけど……」


「予備プランナシとか正気? どれだけ強いチームでもあっさり負けちゃうのがサッカーじゃん」


 おっしゃる通り、サッカーに絶対はない。事実、『ジャイアントキリング』と呼ばれるような展開をよく目にする。

 完成度の高いスポーツほど、逆に番狂わせが起きにくいらしい。偶然が入り込む余地が少ないからだ。


 どちらが好みかは人それぞれ……思考が逸れた。本題は『選手権で優勝できなかった場合に告白をどうするか』である。


 うーん…………全然ダメだ。いくら頭を捻ってみても、マトモな案が浮かばない。

 このままいくと最悪、普通に告白するパターンになりそう。完全に行き当たりばったりである。


「兎唯ちゃん……いや、兎唯様。良い予備プランはありませぬか? この愚兄めに、どうかアドバイスをいただけないでしょうか?」


「ほむ、仕方ない。天才美少女恋愛アドバイザーたる兎唯様が教えてしんぜよう。しかも、お兄ちゃんでもわかりやすいようサッカーに例えてね。いい? よく聞いて」


 妹は自信満々に応じ、たっぷり呼吸3つ分の間を空けてから結論を述べる。


「サッカーの試合だと、闇雲にボールを蹴っても点なんて取れないでしょ? フェイントやパスで相手を揺さぶってチャンスを広げて、やっとシュートが決まる――告白もそれと同じ。心理的な『駆け引き』を繰り返して、受け入れてもらえる態勢を作るのが大事なのよ!」


 告白を成功させるには、まずターゲットの関心を引きつけ、自分への興味を高めておく必要がある。そこで駆け引きを駆使して好奇心を刺激し、『もっと知りたい、近づきたい』という気持ちを芽生えさせるのだ――と妹は力説する。


 その結果、お互いの気持ちが向かい合う。

 ここまで来て、初めて告白のお膳立てが整うのだとか。


 確かにサッカーと通じるものがある。ディフェンダーを躱すために駆け引きを重ね、最終的にゴールを目指す感覚に近い。


「なるほど……いや、ちょっと待て。解答が若干ズレてない?」」


「本当に察しが悪いね、お兄ちゃん。普段から駆け引きしておけば、普通に告白しても成功率はぐっと上がるの。予備プランなんだから、選手権敗退を想定して準備するべきでしょ」


 すごい、と僕は思わず唸る。

 どのような理由から、選手権で優勝して告白すると決めたのか――正直なところ、『なんとなく成功率が高そう』という打算的な考えが根底にあった。あとは、好きにならない約束を破ってしまったケジメ的な意味合いが強い。


 だが、日頃から駆け引きをして意中の人の心を掴んでいれば、普通に告白するパターンでも実を結ぶ確率は大きく上がる。むしろこちらが正攻法まである。


 なにより、次の選手権までけっこうな期間が空いてしまう。ならば、しっかり相手の興味を惹いておくのが得策だろう。


「それと、距離感に注意ね。近づきすぎると友だちになっちゃうし、離れすぎても他人になっちゃうから。ここでも駆け引きは有効よ」


 我が妹ながら恐るべき智謀……どこでその知識を得たのかと尋ねれば、例のごとく「ティーンズファッション誌よ!」とドヤ顔で教えてくれた。そろそろ僕も読者になるべきか。


 ともあれ、方針に目処はつけられた。

 あの美月を相手に、この僕が心理的な『駆け引き』を仕掛ける。心のなかで復唱してみるも不安しかない……それでも、どうにかやり遂げてみせる!


 では、さっそく本日から興味をひきまくってやる。しかも本心を悟られず、付かず離れずの距離感をキープしながら。


 ぺろりと朝食を平らげた僕は自室へ戻り、部活へ向かう前に意気揚々と駆け引きを――否、『恋の駆け引き』を開始した。

 フォームローラーを使ってストレッチしつつ、スマホでメッセージを送る。


『美月、おはよう。あのさ……』


『おはよう、兎和くん。どうしたの?』


『いや、やっぱいいや。もうちょっとしたら部活いってくる』


 すぐに『朝っぱらから何なのよ! いってらっしゃい(怒りスタンプ)』とキレ気味の返信があった。思いついたまま実行してみたが、これでいいのかちょっと疑問だ……けれど、ひとまずはこのスタイルで頑張っていこうと心に決めた。


 ***


 春休み初日の部活に臨むべく、僕は栄成高校のサッカー部専用ピッチへ足を運んだ。すると、見知らぬ部員たちが『おはようございます!』と元気に出迎えてくれたので、ちょっとビビりながらも挨拶を返す。


 程なくして部室に到着する。中ではすでに多くのメンバーが支度を整えていて、冗談や笑い声が飛び交い、ワイワイとした活気に満ちていた。そんな中、先に到着していた玲音が楽しげな表情で近づいてくる。


「おっす、兎和。新1年たち元気いっぱいだったな」


「おはよう、玲音。ついに僕たちも『先輩』だね」


 自然と雑談が始まり、僕は自分のロッカーの前で着替えながら返事をした。

 話題は、先ほど挨拶を交わした『見知らぬ部員たち』について……そう。たったいま玲音が口にしたように、彼らの正体は新入部員なのであった。


 今年は、セレクション合格者のみが入部を許可された。そのため、春休みの段階から部活への参加が解禁されたのだ。よっぽどの事情がない限り一般入部ナシとなっている。ただし女子マネージャーを除く。


 ちなみに、この部室も2年生用のものだ。先日お引越しを済ませていた。


 続けて玲音が教えてくれたのだが、後輩くんたちは早めに集合して簡単なガイダンスを受けていたそうだ。この後は、ピッチで軽い全体ミーティングからの自己紹介タイムが予定されている。


 なんだか懐かしい……ふと昨年度の部活初日の記憶が想起される。

 美月の顔をちゃんと見たのは、あのときが初めてだったように思う。


 そんなこんなで、トレーニングウェアに着替えたらピッチへ移動し、玲音を含む仲良しメンバーたちとボールを蹴って定刻を待つ。新入生を意識してか、皆いつもよりハイテンションだった。


 やがて豊原監督や永瀬コーチが姿を現し、新3年生のトレーニングリーダー数人が『集合!』と合図を出す。


 すかさず小走りで、栄成サッカー部の全メンバーが部活棟の前で半円形に整列する。中心に立つのは、もちろん豊原監督をはじめとする指導陣。


 今年もまた、プレーヤーは総勢130人を超えているらしい。女子マネージャーさんの加入は新学期開始以降なので、現状は7人体制だ。


 全員の集合を確認したところで、豊原監督によるありがたい訓示が始まる。内容は昨年に似た感じだが、選手権出場に軽くふれている点は新しい。それと春休みのせいか、美月がサプライズ登場することもなかった。


 そういや、部活初日の僕は腐りながら話を聞いていたっけ……なんて感慨を抱いていると、流れるように自己紹介タイムへ突入していた。


 新入部員が一列に並び、テンポよく名前やポジションなどを述べていく。クラブチーム出身者が多いのは変わらないが、Jリーグアカデミーの出身者も少し混じっている。ユース昇格を逃した選手とはいえ、実力には期待できそうだ。


 そして、去年と似たような騒動が発生した。

 自己紹介の順番が列の中腹へと差し掛かったところで、整った顔立ちの新入部員が一歩前へ進み出て声を張り上げたのだ。


久保寿輝くぼ・ひさきです! 出身は駒場瑞邦中学で、ポジションはMF希望――白石先輩に憧れて、栄成高校への進学を決めました!」


 すかさずこちらの同級生の誰かが、囃し立てるみたいに白石(鷹昌)くんの名を呼ぶ。


 本人も少し照れくさそうに、「俺かよ! まあ頑張れや」と応じた。

 ところが、その直後――


「え、誰っすか? 俺は『白石兎和先輩』とプレーしたくてここに来たんです。この前の選手権でのドリブル見て、マジで震えました!」


 久保寿輝くんは、場の空気を一瞬で凍らせる。 

 白石くんも、微妙な笑顔のまま固まっている。


 前にも似たようなことがあったような……それにしても、なかなかインパクトの強い子が入ってきたなあ。


 憧れているといわれたものの、僕は素直に喜べなかった。当然、皆と同様にフリーズしたままである。

おもしろい、続きが気になる、と少しでも思っていただけた方は『★評価・ブックマーク・レビュー・感想』などを是非お願いします。作者が泣いて喜びます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
完璧にじゃない方に落ちたな
久保という名字に寿輝とかいう名前。 主人公感しかないw
そりゃ全国トップレベルの青森田山のDFラインを一人で崩壊させた1年だ憧れて入ってくるのが1人や2人で収まらないくらいいるだろう 一緒にサッカーがしたい新入生がこの学校に集まっているだろうし、逆に兎和を…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ