第143話
「もう冬休みも終わりか……マジで一瞬だったな」
正月気分もすっかり抜けきった、年明け2週目の平日の夜。
僕は自室のベッドに寝転がり、スマホのカレンダーを眺めつつ呟いた。
濃密な冬休みはあっという間に過ぎ去り、明日から三学期が始まる。スクールライフの1年間を締めくくると同時に、別れの気配が漂う切ない時期の訪れだ。
一方、全国高校サッカー選手権大会も佳境を迎えていた。様々なドラマを経て、残すは準決勝と決勝のみ。例年通り来週アタマの月曜、『成人の日』にとうとう優勝校が確定する。
僕たち栄成と激闘を繰り広げた青森田山は、あの一戦をキッカケに調子を上げ、順調にトーナメントを勝ち進んでいる。チームとしての完成度も申し分なく、今大会の優勝候補との呼び声も高い。
そのおかげで……いや、『そのせいで』と表現した方が個人的にはしっくりくる。
青森田山への注目度が高まるにつれて、あの激闘で生まれた僕の得点シーンを目にする機会が増えた。高校サッカーを特集するメディアやSNSで、近ごろも度々取り上げられている。
この騒ぎも選手権が終わるまでの辛抱だとは思うけれど、控えめに言ってめちゃストレス。
ただでさえ目立つのが得意じゃないのに、ろくに交友もなかった中学校のクラスメイトなどから連絡がきたりして、驚きながらも対応にとても苦労した。
特にビビったのは、中学時代にLIMEのIDを交換した唯一の女子、『佐藤舞さん』から届いたメッセ。2年ほど既読無視していたくせに、『ごめん寝てた。そういえばサッカーの試合見たよー!』なんて、何事もなかったように連絡してきた。
佐藤舞さん、ずいぶん長くお眠りになっていたみたいですね……もう怖すぎるでしょ。
ジュニアユースのチームメイトからも連絡はきたが、今のところほぼ無視。
対照的に、うちの家族や美月をはじめ、知人たちのポジティブな反応は素直に喜ばしい。両親なんて、僕の写真が載っているネット記事をプリントアウトしてスクラップしている。慎や三浦(千紗)さんたちからもたくさん褒めてもらえた。
ともあれ、どこか現実感のない日々が続いている。
そして、翌日の朝――三学期に入って最初の登校日、さらなる変化が僕を待ち受けていた。
学校に到着して、まずは駐輪場で見知らぬ男子生徒グループに声をかけられた。
「あ、モブ王! おはよー! 大会の試合アツかったな! 俺たちも会場で応援してたんだぜ。気づいた?」
「あ、おはよ……あの、ちょっとわからなかったかな……」
「マジかよー、めちゃ声出したっての。まあいいや、スマホで写真撮ろうぜ! SNSにアップするやつな!」
お前は真ん中ね、と僕はたちまち5人ほどに取り囲まれてしまう。
気づくも何も、僕たち初対面ですよね……とはいえ、わざわざ応援に駆けつけてくれたらしいので、あまり無下にもできない。SNSにのせる写真など当然お断りしたいところだが、しぶしぶ応じる。
「オーケー! そういやモブ王、フォローするからアカウント教えてよ」
「あ、僕はSNSやってないので……」
半分くらい嘘である。流行りのSNSには一通り登録を済ませている。ただしフォロワーは家族と美月のみなので、ほぼ休眠状態。加えて、今後も更新する予定はない。それゆえ、半分なのである。
いずれにせよ、知らない人たちとの写真撮影なんてただの苦行だ。どんな顔をすればいいかもわからないし、緊張で表情筋がピクピクしている。おまけに、周囲の注目まで集めてしまっている。
撮影が終わった瞬間に僕は堪らず挨拶を告げ、小走りで昇降口へ向かった。
「おっすー、兎和。すっかり有名人じゃん!」
「あ、大木戸先輩。おはようございます……つーか、それマジやめてくださいっ!」
校内に入ってすぐ同じサッカー部の大木戸先輩たちと鉢合わせるも、サクッとあしらって階段を駆け登る。冬休みの間に散々からかわれたし、早く教室に入って落ち着きたい……しかし2階の踊り場に差し掛かったところで、今度は見知らぬ女子の先輩たちに捕まる。
「あー、モブ王くん! 開会式でコケたのめっちゃウケたんだけど!」
「私たち、会場で応援してたんだよ! 感動して、ファンになっちゃった! そうだ、一緒に写真とろ。SNSにのせてもいいよね?」
もうSNSは勘弁してください。それに、やはり断りづらい感じだ……なんなら謎振り付けのダンス動画を撮ろうと誘われたが、首を全力で横に振ってなんとか断った。
女子って、あのショート動画の投稿アプリやたら好きだよな。僕にはちっとも良さが理解できない。
「もっと顔近づけて! じゃあ撮るよー!」
「あ、はい……」
結局、女子の先輩のスマホで自撮りをすることになった。
ヤッバ……距離が近くて、つい口元がムニムニしちゃう。好きな異性でもないのにドキドキするのは、思春期男子の悲しき性である。
だが、次の瞬間。
僕はよくわからない表情のまま凍りつく。
「あら、兎和くん。朝からずいぶんと楽しそうね?」
女子の先輩が構えたスマホ越しに、階段を登ってくる美月の姿が見えた。
ああ、死ぬほどバッドタイミングでゲロ吐きそう……通り過ぎていく彼女の美しい青い瞳は、真冬の月よりも冷たく冴え渡っていた。
「み、美月、これは違うんだ。ちょっと断りきれなくて……」
「何がどう違うのかしら? 私は気にしてないから、皆さんと仲良くね」
名も知らぬ女子の先輩に慌ただしく挨拶を済ませる。続いて僕は、美月を追って階段を駆け上がる。そのまま隣に並んで必死に釈明を試みたが、A組の教室前で別れる瞬間までツンと澄ました態度が崩れることはなかった。
調子にのってると思われ、きっと呆れてしまったのだろう……それでも、始業式そっちのけで弁解メッセージを連投してみれば、『もうわかったから! ちゃんと先生の話を聞きなさい!』と返信がきた。
下校時刻となって交換日記を渡しに向かうと、美月の機嫌はすっかり元通りだった。
もちろん、僕もいつも通り。気持ちを自覚したものの、現状の関係でもすでにけっこう満足している。焦って、今すぐ何かを変えるつもりはない。
他にも色々あったが、とにかく新年のスクールライフはドタバタの幕開けとなった――さらに部活後、嬉しいイベントがひとつ待っていた。
「兎和くん、お疲れさま!」
「ごめん、加賀さん! お待たせしました!」
冬茜が影を落とす学校の駐輪場で、僕は加賀志保さんと待ち合わせをしていた。
昨年、彼女の誕生日に『たこ焼き器』を贈った。今やすっかり良き友人だ。それで本日、お返しのバースデープレゼントを受け取る約束をしていたのである。
「はい、これ! 遅くなったけど、お誕生日おめでとう!」
「ありがとうっ、加賀さん! なんか大きいね? 中身がめちゃ気になる……」
「ボードゲームだよ! 兎唯ちゃんと一緒に、ご家族と楽しんでくれたら嬉しいな」
受け取ったプレゼントが予想以上に大きかったので、思わずラッピングの中身を尋ねてしまった。すると加賀さんは、『人生を疑似体験しながら億万長者を目指すゲーム』だと教えてくれた。
これ、めちゃくちゃ楽しいやつだ。家族とプレーするのもいいけれど、できれば友だちともやってみたい。
「うわあ、ホントに嬉しいよ! 加賀さんも今度一緒にやろう!」
「うん、みんなでワイワイしよう! それと、またカラオケとかもいきたいな」
「いいね! 選手権も終わったし、時間に少し余裕ができたから僕もいきたいと思ってたんだ。慎たちに声かけとくね」
僕の返事を受け、加賀さんは一瞬迷うような素振りを見せた。が、すぐに明るく微笑んで「すごく楽しみ!」と答えてくれる。
それからまた少し雑談を続け、切りの良いところで別れの挨拶を交わす。この後、トラウマ克服トレーニングの予定が入っているのだ。
「それじゃあ加賀さん、また明日ね!」
「兎和くん自主トレだよね? 頑張って!」
笑顔で手を振り、加賀さんと別れる。次いでリュックにプレゼントのボードゲームを差し込み、僕は自転車に乗ってペダルを漕ぎ出す。
直後、昇降口付近に佇む白石(鷹昌)くんの姿が視界の端に映り込む。何やら、スゴイ目つきでこちらの様子をうかがっていた。
相変わらず没交渉なので、視線を切ってそのままやり過ごした。けれど、ザラリとした嫌な予感が胸をかすめる……トラブルなど起きないといいのだが。
考えすぎであることを祈りながら、僕は自転車のスピードをあげた。
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