第136話
次代のエースここにあり、そう全身で訴える。
自分への信頼が揺らぎ、パスがこない……ならば、チームメイトにまた『任せていいかも』と少しでも思わせなくちゃいけない。
だから、闘志むき出しで相手にぶつかった。あえてビッグマウスを叩き、注目を集めた――態度とプレーの両面で、『ビビってなんかないし、ぜんぜん戦えるぞ』と示してみせたのだ。
まるで僕じゃない方の白石(鷹昌)くんにでもなった気分だ。特にビッグマウスな感じがそっくりすぎて、つい苦笑いをこぼしそうになった。
とはいえ、これで十分な信頼を得られたわけじゃない。期待感も込みで、おそらくプラマイゼロってところ。あとは、誰か一人でもいい。この火種に風を送ってくれる味方が現れさえすれば、きっと流れが変わる……叶うなら、チームを動かせるあの人のひと押しがほしい。
「――よく言った、兎和!」
やっぱすげえなあ……僕もいつか絶対に、アナタみたいになってみせます。誰かの期待に迷いなく応えられる、そんな立派な選手に。
「お前ら、次期エース様がやる気満々だぞ! パスを繋げッ!」
相馬先輩がサムズアップしながら、真っ先にレスポンスをくれた。不意に熱を持つ瞳に力を込め、尊敬すべき現エースの姿をしっかり記憶に焼き付ける。
「しゃあッ、ここ一本止めて繋ぐぞ!」
「残り10分! 全員出し尽くして逆転だ!」
続けて、自陣からも雄叫びが響く。呼応してくれたのは、荻原先輩と本田先輩。しかも情熱の火はチーム全体へと瞬く間に伝播していき、他の先輩たちからも次々と気炎が立ち昇った。
さらに、この現象は予想外の広がりを見せる。先ほど僕とやり合った相手ディフェンダーが、獰猛な笑みを浮かべて叫ぶ。
「うちだって負けてねーぞ! ラスト、倒れるまで足止めんなッ!」
「リード守り切るぞッ! 次に進むのは俺たち、青森田山だ!」
ほとばしる情熱と青春が、青森田山の選手たちの闘志にまで火をつけたのだ。ピッチの空気はますます白熱し、やがてスタンドの観客をも巻き込み、会場全体がまるで一塊の炎のごとくうねり始める。
ボルテージは最高潮を通り越し、もはや天元突破。この盛り上がり、きっと決勝戦にだって引けを取らない。
両チームの勝利を願う大歓声が響き渡る中、試合はリスタートする。
それ以降、プレーするのが楽しくて仕方なかった。たまらなく嬉しくて、トラウマの枷すら緩むほどだった。
相馬先輩たちなら反応してくれると信じて、僕は行動を起こした……玲音や里中くんたちもそうだけど、こんなにもチームメイトを信じられる日がくるなんて、ちょっと驚きだ。
なあ、そうだろ? 高校に入ったばかりの僕――ずっとサッカーをやめたかったよな。いつも熱烈にサポートしてくれる両親への負い目から、決して口にすることはなかったけれど。
青春ド真ん中の高校3年間、またダラダラ部活を続けるのだろうと思っていた。初日なんて、あまりに嫌すぎてガチでサボろうとしていた。
結局はイヤイヤピッチに向かい……そこで彼女と偶然出会い、初めて言葉を交わすんだ。
そして、あの美しい青い瞳に真っすぐ射抜かれた瞬間、僕のサッカー人生は再び動き出した。
『わっ、すごい! 白石くんはとっても足が速いのね』
ダメダメだったフィジカル測定で、彼女に褒められてつい舞い上がってしまったこともハッキリ覚えている。すぐに一人反省会を開くハメになったが。
とはいえ、しばらくは惰性でサッカーをする日々が続き……どうしたら青春を満喫できるのか真剣に悩んでいた。だけどある日、ひとりで当てもなく吉祥寺へ向かい、予期せず彼女と再会した。背後から『こんにちは、白石くん』なんて声をかけられてさ。
それからはもう、ハラハラワクワクのジェットコースターな毎日。良くも悪くもイベント続きで、息つく暇もないほどだった。おまけに、『じゃない方の白石くん』以外にもアホなあだ名が幾つか増えた。
だから、心配しなくていいぞ。
迷いながらでいいから前に進め、あの日の僕。
すぐに彼女が、ウジウジしてばかりのお前を見つけてくれる。あの青い瞳を輝かせながら、驚くほど熱心にサポートしてくれる。
友達もどんどん増えてさ、試合に出るかどうかも決まってないのに、みんな揃って応援に駆けつけてくれるようになる。
夢の青春スクールライフと似ても似つかぬ汗だくサッカーライフ――理想と現実、そのどちらも心から愛おしく思えるようになる。
なあ、ちょっと信じられない変化だろ?
ああ、本当にサッカーをやめないでよかったなあ――
「だっしゃあ、繋げッ!」
荻原先輩が、自陣深くまで攻め込んできた青森田山のショートパスをカットする。続けざまに体ごとぶつかってきた相手を逆に吹き飛ばし、吠えながら縦パスを入れる。
このボールを受けたのは、中盤の底にポジショニングする本田先輩。すると彼も軽やかなステップでコンパクトに右足を振り、「繋げ!」と叫んでパスを出す。
そこから先は、栄成お得意の細かいパスワークで相手を翻弄するたび、ベンチ含めて『繋げ!』の大合唱が巻き起こった。
やがて、ボールは右サイドの相馬先輩の足元へ。すると彼は、すかさずIHの森島先輩たちとのパス交換からセンターへとカットイン。続けて、感情のこもった眼差しで逆サイドの僕を射抜きながら、敵陣中盤のオープンスペースにボールを送り出す。
「――決めてこい、エース!」
相馬先輩の声が、ハッキリと聞こえてきた。
その瞬間を起点に、すべての光景がまるでスローモーションのごとく緩慢に推移していく。これはきっと、極限集中状態の『ゾーン』というやつに違いない。
そしてこの一連の展開を、僕は漠然と視界に捉えていた――なぜなら、視線のピントが真に合っていたのは、さらに向こうのスタンド最前列だったから。
影を裂くように差し込む陽光に触れ、長い黒髪が蒼く燃ゆる。激情的な輝きを青い瞳に宿す美月が、そこで凛と微笑んでいた。
「あ……」
僕は小さな呟きをこぼす。
美月が、青いタオルを頭上に掲げた――いや、彼女だけじゃない。
妹に涼香さん、旭陽くん、慎、三浦さん、加賀さん、翔史くん、木幡さん、A組女子軍団。
栄成応援スタンド前方に陣取っていた一角が、揃って頭上に青いタオルを掲げていた。
「兎和くんッ――」
しかして、大声援で聞き分けられるはずもない。
けれども僕のこの耳には、確かに美月の叫びが届いたのだ。
これから何が起きるのか、だいたい想像がつく。初めて体験したのは、Dチームで挑んだ『ユニティリーグ東京U16・第一節』の終盤だった。
あの時は、自分の反応に予想がつかずビビりまくっていたっけ。
だけど、今はもう怖くはない
さあ、吹けよ追い風!
『ゴォォオオオオオオオオオ――ッ!』
鼓動二つ分の空白を挟んで、美月の声を中心にみんなの叫びが重なり合う。同時に、青いタオルが大波のごとく翻る――青い風が会場の至るところで吹き乱れる、そんな幻想が視界いっぱいに広がった。
次の瞬間、僕は緑映えるピッチを蹴ってスプリントを開始していた。
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