第134話
再びホイッスルが鳴り響き、試合は栄成ボールでリスタート。
「……ちょっとファウルが増えてきたな」
後半開始から少し経つと、ベンチでともに戦況をかがっていた永瀬コーチの呟きが耳に届く。
確かにこの時間帯は青森田山の荒っぽいプレーが続き、試合は途切れがちだ……ボールを蹴る音の合間に、選手同士が衝突する鈍い音が何度も割り込んでくる。
原因は、両チームの戦術にある。
栄成はオフェンス時、両SHを高い位置まで押し上げ、前線に厚みを持つ『4-2-4』の布陣へシフトしている。豊原監督がハーフタイムに修正した部分だ。
一方、青森田山は依然としてハイプレスを選択。しかし4枚のアタッカーを抑える最終ラインは露骨に警戒を強め、駆け引きに釣られてズルズルと自陣まで後退していく。前半の失点が強く頭に残っているのだろう。
結果、相手のフォーメーションは間延びし、中盤にスペースが生まれた。
そこへ、今度は栄成の前線4枚のうち誰かが下りて『楔』の役目などを果たす。すると味方は前を向いてボールを受けやすくなり、ビルドアップにかなり余裕を持てるようになった。
現状、戦術面はこちらが一枚上手。
おそらく、スカウティングの差だろう。なにしろ青森田山は有名すぎて資料に事欠かず、手の内をある程度把握した状態で試合へ臨むことができていた。
とはいえ、この荒れ具合は想定外。ハイプレスの網を掻い潜られ始めると、相手は次第に強引なリカバリーを仕掛けるようになり、その勢いでファウル数が一気に増加した。
言い換えれば、栄成のフィールドプレーヤーはかなりのダメージを追っている状態だ。おまけにフィジカルの差を埋めるため、前半から通じていつも以上の運動量を要求されている。
そうなるとこの試合、ベンチワークが命運を分けるかもしれない。もちろん僕たちリザーブメンバーは出番に備え、後半頭から交代でウォーミングアップを行っていた。
それから迎えた、後半10分。
案の定、栄成ベンチが先に動く。
豊原監督の交代策は、より守りを意識した高身長メンバーの2枚替え。相手がパワープレーに出てくることを見越しての采配だろう。
代わりにピッチを去るのは、右SBの加藤倫太郎先輩と左CBの梅田洋治先輩。ともに2年生である。ベンチメンバー全員がハイタッチで迎え入れた。
一方、青森田山もほぼ同じタイミングで交代カードを切った。こちらはなんと3枚替えだ。やはり高身長の選手を投入している。
両チームの監督は、試合終盤の展開をイメージして動いているに違いない。
試合は、ここからさらに白熱していく。激しくぶつかりあい、互いにビッグチャンスを作り出し、ゴールまであと一歩というところまで迫っていた。しかし得点だけが生まれず、依然スコアは同点のまま。
続く後半20分、またしても栄成ベンチが動く。
今度はCFの矢崎先輩と右SHの川村哲也先輩をベンチに下げる。相手のマークに抑えられ、イマイチ試合に関与できていなかった印象だ。
反対に交代選手たちは、追加点を期待する皆に背中を叩かれてからピッチへ送り出された。
これで、交代枠を4つ消費。選手権のレギュレーションでは、5人まで交代が認められている。ただ残る1枠は、怪我など不測の事態への備えとして温存するのが定石。
つまり、僕が試合に出場する可能性は、限りなく『ゼロ』に近づいたわけだ……悔しさはあるが、チームのためなら致し方ない。そもそも今回の選手権は3年生たちの集大成である。
フィジカルコーチの指示でアップを切り上げた僕は、スタンド最前列に座る美月の顔を一度見つめてから再びベンチへ戻った。
そして、直後。
采配がズバリ的中する……よりによって、青森田山の。
ビルドアップのパスミスからショートカウンターを浴びた栄成は、守備陣の体を張ったプレーでどうにかタッチラインへ逃れる。
ところがこのスローイン、すなわちロングスローからまたも得点を奪われてしまう――相手はまずゴールエリア中央で密集を作り、ポジション取りをしながらバッチバチにやりあっていた。この試合で幾度も目にしてきた戦場の光景だ。
その後、スローワーが狙いすましたボールを放り込む。すると相手は、自分のマーク押しつぶす勢いで猛然とニアへ動き出す。さらに、無理やり作られたこのスペースへ後方で待機していた選手(途中投入)が飛び込み、ヘディングで合わせてゴールネットを揺らしたのである。
ただしこちらは、セットプレーの過程で相馬先輩とDMFの堀謙心(ほり・けんしん/2年)先輩が巻き込まれ、ピッチへ倒れ込んでいた。
青森田山の選手たちは歓喜に包まれていたが、どう見てもファウルだ。すぐに主審がホイッスルを吹き、訂正される――僕たちはそう信じていた。しかし実際は、すんなりゴールが認められてしまったのだ。電光掲示板の表示も、得点アナウンスとともに切り替わっている。
『栄成1―2青森田山』
栄成サイドは当然納得できず、キャプテンの荻原先輩が主審に食い下がった。豊原監督も激しく抗議した。それでも、判定は覆らなかった。
結局、自分でバランスを崩したと判断されたらしい……僕の贔屓目かもしれないが、これは誤審だと思う。荒れた試合になってきているので仕方ないとはいえ、ジャッジが落ち着かない印象だ。
そのうえ、悪い予感まで漂う。
堀先輩は仲間の手を借りてすぐに起き上がっていたものの、相馬先輩が足首を気にして座り込んだままだ……まさか、怪我!?
栄成ベンチ含め、スタンドまでもがたちまち騒然となる。
けれど、幸いにも相馬先輩はサムズアップしながら立ち上がってくれたので、僕はホッと息を吐いて安堵していた――それもほんのつかの間。
入れ替わるようにして、今度は堀先輩がピッチへ座り込んでしまう。すぐに主審が許可をだし、栄成のフィジカルコーチ(メディカル兼任)がすっ飛んでいく。
他の選手たちは自軍ベンチ前に集まり、水分補給をしつつ監督や各コーチから指示を受けていた……が、堀先輩はダメそうだ。両腕を使ってバッテンマークを作り、交代を訴えている。
ここで栄成は、予期せぬタイミングで最後の交代カードを切ることに。
そして、険しい表情を浮かべたまま一足先にベンチへ戻ってきた豊原監督が、張り詰めた空気の中でおもむろに口を開く。
「どうしても1点が欲しい……ファイヤーフォーメーションでいく。準備はできているな――白石兎和!」
名前を呼ばれた瞬間、恐怖にも似た高揚感が猛烈な勢いで湧き上がり、ゾクリと肌が粟立つ。
まさかこの土壇場で、諦めかけていた出場機会が巡ってくるなんて……思わず僕は、スタンドへ目をやった。
いくらか日が傾き、客席には長い影がかかっている――その最前列で、美月の青い瞳がギラギラと燃えるような輝きを放っていた。
おもしろい、続きが気になる、と少しでも思っていただけた方は『★評価・ブックマーク・レビュー・感想』などを是非お願いします。作者が泣いて喜びます。