第132話
試合はゴールキックでリスタート。キッカーはこちらのGK、原裕貴先輩。
ここで、お互いの陣容がようやく明らかとなる。予想通り、青森田山は『4-2-3-1』を敷いてきた。こちらも同じ布陣で、構図としてはミラーゲーム。
ベンチサイドが得た情報がピッチメンバーへ伝わり、合わせて『仕切り直してここから反撃だ!』と激が飛ぶ。豊原監督もテクニカルエリアから身振り手振りを交えて指示を送る……ところが、栄成はなかなかペースを掴むことができない。
立ち上がりの奇襲が尾を引いているのも確かだが、最大の障壁はやはり相手のフィジカル。
こちらが最終ラインから丁寧にビルドアップを始めた矢先、青森田山は前線から猛烈なハイプレスを仕掛けてきた。
これが、非常に強度が高く……さすが絶対王者。現代サッカーにおいてプレッシングはもはや常識と化しているが、青森田山のそれは圧と連動性が超高校レベル。
相手もディフェンス時、OMFが一列上がって『4-4-2』にシフトする。そのため、栄成のバックラインはほぼマンツーマンでの対応を強いられる。
さらにボールホルダーに対しては、サポートが背中でパスコースを消しながら間合いを詰め、わずかな隙も見逃さず一気に囲い込んでくる。
しかも球際はファールギリギリ。相当ハードな衝突を伴うものだから、いちいち当たり負けして簡単にプレーさせてもらえない。
「青森田山は、相変わらず激しく当たりにくるな……強度も高校生離れしている」
いくつか横にズレたベンチに座る永瀬コーチの呟きが耳に入り、思わず『確かに』と頷く。
青森田山との試合では、フィジカルコンタクトがあまりに強烈で、次第にボールを持ったり競ったりするのが怖くなるらしい……そうなれば完全に青森田山ペース。やがてハイプレスの餌食となり、敗戦濃厚となる。
もちろん対策は頭に入っている。
フィジカルで劣るならば、賢くプレーすることが重要だ。
素早くパスをつないで接触を回避する、パスを受ける前に相手の逆を突く、スピードに乗らせないなど、いかにして狙いを外すかが鍵となる。
ディフェンス時は一発でボールを奪いにいくのではなく、プレーを遅らせつつ数的優位を作って対処する。
とはいえ、サッカーは理想通りになんていかない……ピッチで先輩たちが体現してくれているが、それでもなお押し込まれているのだから。
実際、前半の中頃に再び大ピンチが訪れる。
栄成右SBの加藤倫太朗(かとう・りんたろう/2年)先輩がフィジカルコンタクトを嫌がり、たまらずパスミスを犯す。青森田山はそこを見逃さずショートカウンターを発動し、テンポよくシュートまで持ち込む。
幸い、荻原先輩の体を張ったディフェンスで難を逃れた――が、安堵するにはまだ早い。クリアしたボールは自陣深くのタッチラインを割り、相手にスローインを与えてしまった。
すると僕の隣に座る先輩がまた立ち上がり、警戒を促すよう叫ぶ。
「くるぞ……ロングスローだ!」
ここで、磨き抜かれた伝家の宝刀が振るわれる。
青森田山は代々、『ロングスロー』を武器に選手権で得点を量産してきた。
これがまた非常に厄介で……彼らのロングスローは精度が高く、ピンポイントでターゲットへと向かう。加えて、キックによるクロスボールと比べてスピードが遅く、ジャンプのタイミングがズレるせいで守備側は対応に苦労するのだ。
おまけに山なりの軌道を描く特性があるため、足を止めた状態での高さ勝負となる。無論、フィジカルで上回るチームがアドバンテージを握る。
何より厄介なのは、クリアボールの飛距離が伸び悩む点。弾き返されたボールはペナルティボックス付近に落ちやすく、ゴール前での二次攻撃チャンスが大幅に増える。
青森田山は数年前の選手権で、1試合のうちにロングスローから3得点をマークしたそうだ。これは、ちょっと驚異的……それゆえ、伝家の宝刀なのである。
「集中しろ! できるだけサイドに弾き返せ!」
豊原監督の指示に従い、青のユニフォームを着た栄成イレブンがゴール前をガッチリ固める。そこへ緑のユニフォームを着た選手たちも入り乱れ、ポジション取りでバッチバチにやり合う。あそこはもう戦場だ。
一方、相手スローワーはタッチライン際で助走を取っていた。そして観衆が沸き立つ中、合図を出すとともに力強く踏み込み、ボールを頭上から勢いよく投げ放つ。
青森田山のロングスロー炸裂。ボールは山なりの放物線を描き、ゴールエリア中央付近で密集する選手たち目掛けて落ちていく。
栄成のGKは飛び出すべきか、ゴールラインに残るべきか、一瞬迷ったような反応を見せた。それでも、最後はフィールドプレーヤーに任せる――仲間たちも期待に応え、どうにかヘディングで攻撃を弾き返す。
だが、監督の指示も虚しくクリアボールはセンター寄りの位置でバウンドする。それもペナルティボックス内。さらにマズいことに、真っ先に相手の『6番』が反応する。
直後、緑のソックスに包まれた右足が振り抜かれ、ダイレクトでグラウンダーのシュートが放たれる。
立て続けに、スルリと。
混戦を抜け出したボールは、栄成GKの指先をかすめてゴールネットを揺らす。
間髪入れず、青森田山陣営から地響きのような歓喜の声が轟いた。対照的に、栄成陣営はため息混じりの落胆に包まれる。
『栄成0ー1青森田山』
電光掲示板のスコアが点灯し、得点者のアナウンスが会場に響く。
前半23分。先制したのは、試合前から優勢と見られていた青森田山だった。
相手はド派手なゴールパフォーマンスをブチかました後、ベンチ含めチーム全員で喜びを分かち合っている。
その間、栄成イレブンは自陣中央で輪を作り、守備を立て直すため短く言葉を交わしていた。僕たちリザーブメンバーも大声で、『切り替えて巻き返すぞ!』と激を飛ばす。
ここまで防戦一方だが、意気消沈するには早すぎる。選手権の2回戦は『40分ハーフ・延長なし』で行われる。だから現在は、前半の折り返しを過ぎたばかり。
まだまだ時間はたっぷり残されている……が、どうにも苦しい展開が続く。
ハイプレスに苦戦してほとんど敵陣へ攻め込めず、せっかくボールを持ってもディフェンスラインでパスを回すのが精一杯。たまにロングボールを蹴るものの、工夫がなく簡単に跳ね返されてしまう。
しかもそのうち、パスが回ってこなくてじれたCFの矢崎先輩までもが、ビルドアップを助けようと下がってくる始末。ついでにマークまで引き連れてきたので、試合はほぼハーフコートで展開されている。
絶対王者は強大で、やはり栄成は打つ手なしか……なんて考えが、今ごろ青森田山の選手たちの脳裏に過っているはず。
ずっと押し込まれているからといって、無策のままやられると思ったか?
狙い通りに盤面が整った――栄成が仕掛けようとしているのは、いわゆる『疑似カウンター』と呼ばれる戦術である。
すごく簡単に言うと、ボールを保持しながらカウンターと同じ状況を作り出す攻撃だ。自陣の低い位置でボールを回して相手を意図的に引き込み、その背後に広がったスペースを一気に突く。
ゴールに近い位置でのパス回しとなるため、当然ハイリスク。だが実行が難しい分、成功すれば大きなチャンスを生む。特にハイプレスを仕掛けてくる相手への効果は抜群だ!
青森田山戦へ向け、ミッチリ特訓してきたオフェンスパターンである。
そして盤面をひっくり返すのはもちろんこの男、栄成の大エースにして『7番』を背負う相馬先輩!
「――ナイスッ!」
叫んだ豊原監督が続けて指笛を吹く。するとほぼ同時に相馬先輩がプルアウェイで一旦マークを外し、広大なスペースめがけてスプリントを開始。
次の瞬間、顔を上げたボールホルダーの荻原先輩が右足を振り抜いた――反撃の狼煙代わりのロングフィードが、冬の青空に弧を描く。
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