第131話
スタメンの背中を見送り、ベンチ入りする監督たちの後を追って競技場内へ足を踏み入れた。
その瞬間、音をはらむ風が吹きすさび、前髪を散々にかき乱す――僕は圧倒され、立ち止まってくるりと360度見渡してしまった。
南スタンド上方にある電光掲示板には、『栄成VS青森田山』の文字が。他にもスタメンの氏名やプレータイムなど、さまざまな情報があわせて表示されている。
メインスタンドの左右には両チームの応援団が陣取り、ピッチで整列する選手たちへ大歓声と拍手を送っている。これより激闘を繰り広げる勇者たちへの祝福だ。
やがてどちらの陣営ともなくチャントが響きはじめ、快晴の冬空を焦がすような熱気が立ち昇る。
すごい盛り上がりだ……本日の栄成大応援団は、サッカー部員やブラスバンド含め2000人規模にまで膨れ上がっているらしい。生徒に加え、保護者やOBが大勢詰めかけているという。
だが、青森田山も負けていない。そもそもの部員数がうちの倍はいて、スタンドの反対側はチームカラーの緑を身にまとう関係者でぎっしりだ。遠方の高校にもかかわらず、驚くべき人数が集まっている。
そのうえ、一般の来場者もかなり多いようだ。おそらく、絶対王者の活躍を観戦しに訪れたのだろう。
ブルリ、と無意識に体が震えた。
圧巻の光景だ。開会式や初戦もすごかったけれど、会場を包む熱量がまるで違う。
先輩たちは、こんな中で試合をするのか。そりゃピリピリして当然だ……僕なんて、ぜんぜん注目されてもないのにトラウマが発動しかけているほどである。
一方で、どこか縁起の良さを感じていた。ここ駒沢オリンピック競技場は、栄成が東京予選Bブロックの優勝を飾った場所なのだ。
「キミ、どうしたの? 早くベンチに向かいなさい」
「あ、はい……」
中途半端な位置で立ち止まっていたせいか、大会スタッフの男性に移動するよう注意されてしまった。
僕は再び歩き出す。けれども、体の向きはメインスタンドに固定されたまま。だって、まだ大切な人の顔を拝めていない――あ、見つけた!
栄成サッカー部陣営のすぐ横に目を走らせると、ずっと探していた美月の姿を確認できた。それも最前列の席だ。両隣には妹と涼香さんが座っている。
嬉しくなって僕がつい手を振ると、3人とも笑顔で息ぴったりに手を振り返してくれた。その近くには、ちゃんと旭陽くんもいて……うわ、秀光さん(美月の祖父)まで一緒だ!?
さらに周囲には、友だちや知り合いが勢揃い。
慎と三浦(千紗)さんカップル、加賀さん、翔史くん、クラスメイトの山本健太郎くん、岩田大輔くん、沼田さん、などなど。同級生のA組女子グループの中心には木幡咲希さんの姿もある。
みんなもすぐに気づいて反応してくれたので、僕は飛び跳ねながら両手をブンブン振って応えた。
「おい兎和、もう始まるぞ! アホやってないでさっさとこっち来い!」
引き返してきた永瀬コーチに首根っこを掴まれ、ベンチ前へ連行される……うっかりはしゃぎすぎた。
そのまま僕は、他のリザーブメンバーたちに混ざってタッチライン沿いからピッチの様子をうかがう。するとちょうど撮影タイムだったらしく、ユニフォーム姿の選手たちへ多数のカメラが向けられていた。
ちなみにこの撮影、替え玉出場などの不正行為を防ぐ目的で始められたらしい。ただの記念撮影じゃないと、美月がこの前教えてくれた。
それから主将同士の握手やコイントスを経て、両チームともに円陣を組む。選手たちは気合い入りまくりで、降り注ぐ歓声に負けないほど熱い雄叫びが響き渡った。
ほどなく選手たちはピッチへ散っていき、主審がセンターマークにボールをセットする。サークル内に残るのは、先攻を取った青森田山の『9番』のみ。
ここで、僕たちリザーブメンバーはベンチへ引っ込む。あとは試合開始を待つばかり。
ぐっと緊張感が高まり、両校を後押しするチャントのボリュームも一段と大きくなる。そしてわずかな間を置き、尾を引くようなホイッスルの音色が澄んだ冬空へと吸い込まれていく。
大晦日、14時ちょうど。
第1XX回・全国高校サッカー選手権大会、2回戦――両チームの勝利を願う歌が響き渡る中、栄成(東京B)VS青森田山(青森)の一戦がついにキックオフ。
最初にボールを蹴ったのは、左にエンドをとる青森田山。9番を背負う長身の選手がバックラインまでパスを送り、受け取った選手はためらうことなく前線へフィードを放つ。
現代サッカーのセオリーをなぞる立ち上がりだ。
この長いボールのターゲットは、勢いよく攻め上がる相手左サイドの選手。対応するのは、もちろん栄成の右SB。
見た感じ、対処に困るようなボールではない――だが、さすが青森田山。一筋縄じゃいかない。ガツンと体をぶつけ、お得意の強靭なフィジカルで空中戦をものにした。
ヘディングで弾かれたボールはセンター方向へコースを変え、やはり駆け上がってきた相手選手の足元に収まる。
さらに逆サイドの深い位置へすかさずスルーパスが通り、後手を踏んだディフェンスラインの裏を突かれる。
開幕早々のワンプレーから、栄成はいきなり窮地へ陥った。
「マズいだろ、それっ!?」
総立ちとなる僕たちリザーブメンバー。その中のひとりが叫ぶのとほぼ同時に、相手右サイドの選手が折り返しのクロスを蹴る。
ボールの落下地点である栄成のペナルティボックス内を注視すると、なんと緑のユニフォームを着た選手が4人も入り込んでいた。おまけにファーサイドはドフリー……あれは、最初にヘディングで繋いだ選手か!
守る栄成は、ディフェンダー3人とGKでの対応を強いられる。青森田山からすれば、完全に狙い通りのプレーだろう――数瞬の間を挟み、ゴールエリア内のスペースめがけてボールが落下する。
案の定、狙いはファー。フリーなのだから使わないワケがない。
僕は思わず歯を食いしばる……けれど、プレー精度の低さに栄成は救われる。ボールが少し大きくなったようで、難しい態勢から放たれたヘディングシュートは枠の上に大きく外れる。
『うわあぁぁあああああ――!』
ビッグチャンスを逃した青森田山陣営の悔しがる叫びが会場を満たす。対象的に、ひとまず窮地を脱した栄成陣営は総じてホッと胸を撫で下ろしていた。