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第128話

 恥辱感(自爆)に包まれたまま、僕はどうにか開会式を乗り越えた。すると選手たちは、左右のゲートから退場していく。それから各校はまとまって場内通路でいったん待機し、解散の順番を待つ。混雑対策だ。


 その間、僕はめちゃくちゃ注目を浴びていた……というより、憐憫の目を向けられていた。


 無理もない。選手権の入場行進でコケたやつなんて初めて見ただろうから。周囲はチームの垣根なく健闘を称えあっているが、完全に遠巻きにされている。


 そのうえ、一緒に行進した里中くんと玲音がガチトーンで慰めてくれて……正直、かなりいたたまれない状況だ。


「気にするなって。よくある……ないかもだけどよ、みんなすぐ忘れるって」


「まあ、兎和。お前らしいというか、なんというか……ドンマイ」


 どうせなら盛大にイジってくれよ……真剣にフォローされるといたたまれなさが増す。どうせ取り返しもつかないんだし、せめて笑い話にしてくれ。


 それに実際、僕はそこまでダメージを受けていない。なにせ高校へ進学して以来、イベントごとで散々恥をかいてきたからな。サッカーが直接関わってさえいなければ、けっこうな耐性持ちだ。


 体育祭の騎馬戦で上半身ハダカにされ、文化祭でも上半身ハダカにされ……ここまでくると、開会式でハダカにならなかっただけ上等に思えてくる。


 なにより、美月が絶対に慰めてくれる。そう思うと、信じられないくらい心強い。

 だから、変に気を使わないでくれ――と僕は口にしかけて、ハッと息を飲む。


 前触れもなく近くを通りかかったスーツ姿の男性たちが、目の前で不意に立ち止まったのだ。あまつさえ、中心にいた甘いマスクの持ち主が声をかけてくる。


「そこの『28番』。所属と名前は?」


「あ、うえぇっ!? え、栄成高校、1年。白石兎和です……」


 バッチリ視線が合っている。誰に尋ねているか、確認するまでもない。

 周囲が静まり返る中、僕はなんとか返事をする……内心では、『よく反応した』と自分を褒め称えていた。


 恐れ多くも、相手が日本サッカー界の頂点に立つ人物だったからだ。それも『2つのワールドカップ』でキャプテンマークを巻いたレジェンドフットボーラー。


 開会式のスピーチでも拝見したので、もはや問いを挟む余地すらない。それでも、あえて言おう――僕に声をかけてきたのは、日本サッカー協会・第1X代会長、宮下恒幸みやした・つねゆきさんである。


「白石くんね。怪我はなかった?」


「あ、大丈夫です……」


「よかった。名前、覚えておくよ。選手権の入場行進で転んだ子は、多分キミが初めてじゃないかな。ちゃんと記録しておかないとね」


 言って、少し笑みを見せる宮下会長。


 僕は口をパクパクと動かし、白目をむきかけた。まさか超のつくお偉いさんにまで、そんなアホな印象付きで顔を覚えられてしまうなんて……高校へ進学してからというもの、本当にろくな認知のされ方をしていない。


「いずれにせよ、今後はもっと足元に気を配りなさい。つまらない理由で怪我をして、チャンスを失ってはもったいないからね。皆も相手チームへのリスペクトを忘れず、フェアプレーを心がけてほしい。できるなら、ここにいる全員が怪我なく無事大会を終えることを願っている」


 次の瞬間、この場に集う選手全員が『はいッ!』と自然に声を合わせて返事をしていた。


 宮下会長は満足そうにひとつ頷き、「それじゃあ頑張って」と言い残して去っていく。スーツを着た大人たちの姿が見えなくなると、辺りに満ちるかしこまった雰囲気も霧散し、先ほど以上の喧騒が戻ってきた。


 さすが、日本が誇るレジェンドフットボーラー。大人の色気とカリスマオーラがプンプンだったなあ……有名人に会ってはしゃぐ選手たちの感想をどこか遠くで聞きながら、僕はひとり納得していた。


 ほどなくして、栄成にも解散の指示が出る。

 ジャージとベンチコートを着た僕は、移動中に今度こそチームの皆からイジってもらえた。愛のある悪ふざけは大歓迎です。


 次なる目的地は、会場内のバックスタンド。この後すぐの14時半より、ついに開幕戦が行われる予定なのだ。

 以降は他の栄成サッカー部メンバーと合流し、大応援団の一員として先輩たちにエールを送る。


 僕はスタンドに到着次第、まず現状を確認する。どうやら試合前のセレモニーはすでに済んでおり、キックオフの笛まで軽くボールを蹴っているところらしい。


「見ろよ、兎和。さっそくバズってんぞ。やったな!」


 隣でスマホをいじっていた里中くんが、突然画面を向けてきた。

 確認してみれば……見知らぬ誰かのSNSアカウントに、入場行進でコケる僕の動画が投稿されていた。テレビ中継された映像を切り取ったのだろう。


 しかも、けっこう拡散されている……コメ欄には、茶化すようなメッセージが目立つ。ただ他にも、『転んじゃうのかわいい』や『支えてあげたい』など好意的な意見が確認できて、ちょっとホッとした。


 もちろん、自分のスマホにも温かなメッセージがいくつか届いていた。身近な人たちの反応は大体こんな感じ。


 妹からは、『なかなか面白かったよ』と。美月には『怪我はない? 見ているこっちがハラハラしたわ』と心配され、涼香さんは安定の『バズ動画と爆笑スタンプ連打』。旭陽くんからも、『生粋のエンターテイナーだね』とのメッセージが。


 ちなみに、スタンドに到着したときには大木戸先輩たちが手厚く歓迎してくれた。入場行進で最高に目立っていたぞ、と。


 一方、白石(鷹昌)くん派閥の面々からは『恥さらしが』とガチの罵倒をいただいた。舌打ちを添えて。


 栄成サッカー部の看板にドロをぬってゴメンナサイ……なんて僕は軽く謝ってみたものの、彼らの辛辣な態度には慣れっこなので、実はそこまで気にしていなかったりする。


「それに、宮下会長にも名前を覚えてもらえたしな。流石は栄成のエル・コネホ・ブランコだ」


 横から飛んでくる玲音のからかいには、「迂闊な選手としてね……」と弱めのツッコミを返す。


 個人的には、こちらのハプニングの方がよっぽど恥ずかしい。宮下会長との縁はこれっきりだろうけれど、声をかけられた時の微妙そうな笑みが忘れられそうにない。


 しばらくは『ひとり反省会』のテーマになるだろうなあ……とにかく、もう過ぎたことだ。

 僕はやらかした記憶を無理やり頭の隅に押し込め、開幕戦の応援に集中すべく意識を切り替える。


 次いで、大桑くんや池谷くんたちのグループに混ざり、青いメガホン(今大会用)を持ってますます活気づくチャントに参加した。ブラスバンドの演奏も加わり、応援のボリュームがハンパない。


 僕はもう一度、気を引き締め直す――ここからはガチだ。

 ピッチへ目を向ければ、選手たちが組んだ色の違う2つの円陣が映し出される。


 バックスタンドの左右に布陣する両校の応援団は、チャントのボリュームを一層上げた。チームの勝利を願う歌が、国立競技場に高らかと響き渡る。


 それから、選手たちがスタートポジションに散ってゆく。さらに数拍の間を置いて主審がホイッスルを咥えると、長く尾を引く甲高い音色が澄んだ冬空へ吸い込まれていった。


 第1XX回・全国高校サッカー選手権大会、開幕戦――栄成高校(東京B)VS竹山北高校(愛媛)、ついにキックオフ。


 大歓声が降り注ぐ中で最初にボールを蹴ったのは、青のユニフォームを着る我らが栄成だった。

 立ち上がりはセオリー通り。センターサークルから自陣の最終ラインにバックパスを送り、すぐさま敵陣めがけてロングフィードが放たれる。


 対する緑のユニフォームに身を包む竹山北は、この攻撃をヘディングで跳ね返す。そこからは、しばらくボールの落ち着かない展開が続いた。


「珍しくバタバタしてるな……」


「そうだね……」


 隣で応援する玲音の呟きに、僕は思わず同意する。

 見る限り、両チームともボールを上手くコントロールできていない印象がある。おそらく開幕戦の、それも序盤特有の緊張感がプレーの邪魔をしているのだ。


 栄成は初の選手権の舞台なので、致し方ない部分もある。

 竹山北も……多分、チームとしての経験不足だ。県立の進学校ゆえに2年生中心の編成となっているようだから。


 実際、互いにチャンスを作れないまま前半の中頃まで試合は進んでいった。だが、ここでようやく流れが変わる。違いを生んだのは、我らが栄成の大エース。


「いつまで縮こまってんだッ! 点とってやるから、俺にボールもってこい!」


 自陣左サイドに君臨する『背番号7』が、チームを奮い立たせようと吠える。

 スタンドの喧騒を裂き、その叫びは僕の鼓膜を震わせた。ならば当然、ピッチでプレーするメンバーの耳に届かないはずがない。


 するとやはりこの男、キャプテンにしてCBの荻原先輩が応えた。

 彼は中盤からのバックパスを足元に収めると一瞬顔を上げ、間髪入れず相手右SBの背後のスペースを狙ってロングフィードを送る。


 次の瞬間、青い風が栄成の左サイドを吹き抜ける――否、相馬先輩がライン際を疾走する。

 タイミングは完璧。マッチアップする相手との駆け引きに勝って見事裏へ抜け出し、落下するボールを巧みにトラップした。


 そのままドリブルへ移行し、敵陣深くまで侵入する相馬先輩。チームもサポートのため一気にラインを押し上げる。


 この試合初めて訪れたチャンスに、スタンドがどよめく。

 直後、攻撃のスイッチを入れたエースは、ニアへ走り込む森島遥人もりしま・はると先輩……を通り越して、ファーサイドへのクロスを選択。


 ターゲットは、ペナルティボックスで開いて待つCFの矢崎俊輔やざき・しゅんすけ先輩。


『いけぇぇえええッ!』


 続けざまに、栄成応援団サイドから期待を込めた声援が轟く。

 しかし、ガンッと。矢崎先輩が繰り出した打点の高いヘディングシュートは、惜しくもゴール上のクロスバーを叩いた。


『――うわぁぁああ!?』


 今度は、悔しがる声がこだまする。

 絶好の得点機を逃し、僕たちは思わず頭を抱えた。が、まだ攻撃は終わらない。敵陣バイタルへ顔を出した本田直哉先輩が、跳ね返ったボールを拾ったのである。


 矢継ぎ早に、鋭いパスがピッチを切り裂く――これを受け取ったのは、ペナルティボックス内の左ポケット(デルピエロゾーン)にポジションを取り直した相馬先輩だった。


 ビッグチャンス、再び到来。

 そして僕が衝動的にメガホンを振り上げた、その刹那。


 相馬先輩はボールをいったん体の外側に置き、素早く踏み込みつつ右足を振り抜く――およそ『左斜め45度』の位置から、ファーサイドへ巻くようなシュートが放たれた。


 ポジショニング的に、竹山北のGKにとってはノーチャンス。

 スタンド全体が固唾をのむのと同時に、ゴール右隅へボールが吸い込まれていく。さらに一拍置き、歓喜の叫びが足元を揺らす。


 前半23分。待望の先制点、並びに本大会のファーストゴールが生まれた。

 得点者は、相馬淳。


 全国区のサイドアタッカーという評価に違わぬ実力を披露した彼は、自分の名が会場にアナウンスされる中、応援団の前へ駆け寄ってゴールパフォーマンスをブチかます。


 おかげで、スタンドはさらなる熱狂に包まれた。無論、追いついたピッチメンバーに手荒な祝福を受けている。


 改めて両チームがスタートポジションにつくと、竹山北ボールで試合はリスタート。

 その後は、互いに躍動感あふれるプレーが目立ち始める。先制点で火がついたらしく、ぎこちなさはすっかり消えていた。


 つまり、試合は正しく仕切り直されたのだ。戦いが本格化する予兆を感じ取った僕たちは、声を枯らす勢いで声援を送った――しかし結果から言ってしまうと、栄成高校は最終スコア『4-1』で見事勝利した。


 追加点を挙げたのは、前半34分。得意の細かいパスワークから、最後はCFの矢崎先輩が冷静にゴールネットを揺らす。


   後半に入っても栄成の勢いは衰えず、早い時間帯にコーナーキックからヘディングで競り勝って3点目をゲット。ここで、チームを牽引してきた相馬先輩はお役御免。大きな拍手と歓声を浴びながらベンチへ退く。


 さらに交代でピッチへ送り出された左SHの2年生が、渾身のシュートをゴールに突き刺して嬉しい4点目を奪う。


 結局パスミスから失点を喫したものの、チームは悲願だった選手権での初勝利の瞬間を迎え、スタンドの応援団を巻き込み盛大に湧き上がった……のだが、ひとつバッドニュースが舞い込んできた。 


 試合後、得点を決めた左SHの2年生がふくらはぎの痛みを訴えたのだ。以前怪我をした箇所だけに再発が疑われ、フィジカルコーチに付き添われて病院へ直行となってしまった。

 宮下会長の願いむなしく、早速の怪我人発生である。


 ともあれ、チームは開幕戦で文句なしの勝利を収め、2回戦へと無事コマを進めた――栄成サッカー部はこの日、自分たちの歴史に新たな一歩を刻んだのである。


 同時に、ひそかな安堵感が胸に込み上げてくる。

 先輩たちの頑張りのおかげで、与えられた小さなチャンスの芽は守られた。


 そして順当にいけば、次の相手は青森田山……高校最強と謳われるチームとの大一番へ向け、僕は叶えたい約束を道しるべにして進む。

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― 新着の感想 ―
真ん中位で竹山北が都立になっていましたが愛媛なら県立では?
この開会式の映像が未来の日本代表特集でたびたび流れるようになるとは、ほとんどの人が思ってもいなかったw なんとなくそうなりそうですね。
確かに転んだのは兎和らしいけど、サッカー選手なんだから足元には気を払っとけってのは納得。 まぁ緊張の前では無力ではあるんだけど。場数踏んでいかないとなぁ。
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