第127話
「まーた緊張してんのか。昨日のリハーサルもヒドかったけど、今日は一段とヤバいな。からだ震えちゃってるじゃん」
カナリアイエローのユニフォームを身にまとう黒瀬蓮くんが、あれこれと話しかけてくる。
背中に『24』を背負う彼の所属する東帝高校が、今年の『東京予選Aブロック』を制した王者だ。
それはそうと、少し放っておいてほしい。ハッキリ言って、こっちは余裕ゼロである……極度の緊張で、さっきから体の震えがとまらないのだ。
「もっとリラックスしろって。ただの『開会式』だぞ? 試合の空気感に比べたらどうってことないだろ」
蓮くんの言う通り、これから開会式が行われる。
そう、いよいよこの日がやってきた――本日は12月28日、時刻は昼前。凍晴の空のもと、待ちに待った選手権がスタートする。会場はもちろん夢の『国立競技場』。
現在、僕は栄成サッカー部のメンバーとともに、競技場内の陸上トラックと隣接する入出場ゲート(マラソンゲート)で待機している。当然、ホームユニフォーム(青)を着用済みだ。
ただし、全員が揃っているわけではない。
ここにいるのは、開幕戦でベンチ入りを逃したおよそ10名。他のメンバーは、今ごろ開幕戦に向けてロッカールーム入りしている。
ちなみに、大会登録外のメンバーはすでにスタンドの一角で応援の準備を整えている。加えて、本日もサッカー部の関係者や栄成生が大勢駆けつけ、過去最大となる『1500人』規模の大応援団が結成されているらしい。
この位置からもちょうど見える……が、美月がいるかどうかまでは不明だ。
それとは別に、周囲には他にも日本全国から集った高校生フットボーラーがズラッと勢揃いしている。少々騒がしく浮ついた感じはあるが、誰もが優勝トロフィーを狙うツワモノだ。
すでにJリーグ参入クラブの内定をもらっている注目選手などもいて、威圧感がハンパない……おまけに、入場行進はテレビ中継される。それで僕は、昨日のリハーサル時以上に緊張してガクブルなのであった。
「ホント兎和は緊張しいだよな。ところで今日は、あの超絶美少女はスタンドにきてるのかな? できれば紹介を……」
「蓮くん、マジで今それどころじゃないから……」
さすがアンダー世代の日本代表歴を持つ選手だ。これから始まるビッグイベントを前に、まったく緊張した様子が見られない。
それと、何度頼まれても美月は紹介しないから……とにかく、余計な話を振ってこないでほしい。今は少しでも気持ちを落ち着かせる必要がある。
「ヒィ、ヒィッ――」
「おいおい、それ過呼吸じゃないだろうな?」
僕が喉を引きつらせて呼吸していると、隣で待機する里中くんがぎょっとした顔で尋ねてきた。その奥には、仁王立ちしたまま瞑想する玲音の姿が見える……この二人も、あまり緊張していないようだ。うちの先輩たちを含め、本当に皆の肝の座り方がうらやましい。
「おい、蓮! いい加減、こっち戻ってこい。そろそろ始まんぞ!」
「うぃーす。じゃあ兎和、またなー」
部の先輩らしき人に呼ばれ、蓮くんは前方で待機する東帝の列に戻っていく。すると、それをキッカケに場の空気が急に引き締まる。
もう数分で始まる――そう全員が強く意識したのだ。
僕は深呼吸しながら、この後の流れを脳内で整理する。
まず待機ゲートからトラック(保護シート敷設済み)に入り、メインスタンド前を通過する。その際、高校名がアナウンスされたら観客に手を振って応える。地元の名産品を掲げるパフォーマンスをする高校もあるみたい。
そのまま行進を続け、バックスタンド側を目指す。たどり着いたら、整列したままいったん待機。全校が揃ったら合図で一斉にメインスタンドの方向へ進んで整列し、式典へ移行する。
よし、大丈夫……意外と頭は働いている。
そして脳内で落ち着くよう自分に言い聞かせた、まさにその瞬間。
『只今より、「第1XX回・全国高等学校サッカー選手権大会」の開会式を行います。選手入場』
国立競技場にアナウンスが響き、生ブラスバンドによる演奏が始まる。オープニングを飾るのはやはりこの曲、『振り向くな君は美しい』。
まさか僕が、選手権の象徴とも言える曲をピッチレベルで聴くことになるなんて……胸の奥底を強く揺さぶられ、ほんの一瞬だけ緊張を忘れられた。
観客席からのエールも一気にボリュームを増す。さらに選手たちが発する力強い行進の掛け声と混ざり合い、会場は騒然とした熱気に包まれる。
続けてアナウンスがかかり、今大会の応援マネージャーである同年代の女優兼モデルが先陣を切って歩き出す。
あの子、蓮くんがめっちゃタイプだと絶賛していたな……僕的には、美月に遠く及ばないと思うけど。
次いで、前回の優勝校である『静岡学苑(静岡県)』が出発。最前列を歩く選手たちは、選手権の優勝旗やトロフィーを手に行進している。
以降は、都道府県の北から順にスタートする――それから、しばらく経ち。
チームの先頭で学校旗を持つ3年生の先輩が、僕たちの方を振り返って声を上げた。
「お前ら、準備いいか? 監督の指示通り、人数が少ない分ビシッと行進すんぞ!」
とうとう栄成高校の順番がやってくる……ヤバい。緊張がピークを越え、また体が震えてきた。しかし気を強く持ち、どうにか行進をやり遂げるしかない。もはや引き返せる段階ではないのだから。
というか、ただ歩くだけなのにビビりすぎだ。いくら僕がクソ雑魚メンタルだと言っても、少し冷静になれば失敗なんてまず起きない。
「兎和、顔面蒼白だが……」
「ガチで大丈夫か、お前……」
心配そうに左右から声をかけてくれた玲音と里中くんに、僕は震える親指を立ててサムズアップを返す。その直後、プラカードガールが『栄成』と書かれたボードを掲げて先導開始。
チーム内で最初に歩き出したのは、先ほど声をかけてくれた学校旗を持つ先輩。さらにGKユニフォームを着た先輩が、東京予選の優勝旗を掲げて後に続く。
ブラスバンドの演奏が響き続ける中、やがてチーム全体が進み始める。それに合わせ、ろくに言うことを聞かない自分の体をなんとかコントロールし、『右手と右足』を同時に踏み出した。
緊張はまったくほぐれず、完全にガッチガチ。そのせいで僕は、大恥をかく――メインスタンドに差し掛かったあたりで前列の先輩のかかとに躓き、うっかりバランスを崩して転倒してしまったのだ。
その日、全国高校サッカー選手権の歴史に『白石兎和』の名が初めて刻まれた……入場行進ですっ転んだ大マヌケとして。
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