第125話
言われた通り自分の部屋で待機していると、ほどなくして美月がやってくる。
涼香さんはリビングにおいてきたらしく、ラッピングされたギフトボックスを一人で両腕いっぱいに抱えていた。
思わず立ち上がり、僕は運ぶのを手伝おうと歩み寄る……これ、まさか全部バースデープレゼントだったりする?
「わっ、大量だ。重くなかった?」
「ありがとう。驚いた? せっかくの誕生日だから張り切りすぎちゃった」
笑みをこぼす美月から大小様々なギフトボックスを受け取り、順番に床へ置いていく。
予感的中だ。この夜は『人生で一番多くのプレゼントをもらったバースデー』として、いつまでも僕の記憶に残る。間違いない。
「それじゃあ、さっそく開封しましょうか」
「あ、うん! やばい、めっちゃ楽しみ!」
ドキドキのプレゼント開封タイムだ。
床に積み重ねられたギフトボックスの前に二人揃って腰を下ろす。どうやら順番があるみたいなので、美月の指示に従ってひとつずつ丁寧にラッピングを外していく。
最初に出てきたのは……サッカー専用の機能性セパレートソックスだ。有名メーカーの商品で、近年急速に愛好者が増えている。
足裏にグリップ力の高いシリコンラバーが配置されており、スパイクとソックスをしっかり密着。かつてない一体感を得られる。急な切り返しやキック時の軸足のズレも軽減される、と以前ショップで紹介されていた。しかも評判がいい5本指タイプ。
「このセパレートソックス、パフォーマンスが上がるってかなり好評みたいね。でも、トレーニングでは履いちゃだめよ」
「え、せっかくのプレゼントなのに……」
「明確なエビデンスはないけれど、『グリップ力の高い機能性ソックスを履き続けると膝や関節に負担がかかり、怪我のリスクが高まるかもしれない』という情報を書籍で見たの。育成年代はスパイクだけで十分なんじゃないかって。だから、普段使いはこっちのグリップ力控えめのほうね」
言って、美月は同じ箱に収められていた別の機能性ソックスを取り出す。
念のため、普段のトレーニングと重要な試合で使い分けるよう勧められた。慣らしの試着は別として。
他にも、公式戦で履く栄成カラーのカーフソックス(アウェイ含む)や、繋ぎ目のズレを防ぐスリップバンドまで一式が揃っていた。数も多く、当分は不足しなさそうだ。
次のギフトボックスには、アイシンググッズが入っていた。サポーターや防水の布バケツタイプなどがセットになっている。
試合などで酷使した筋肉を冷却し、疲労回復を助けるリカバリー用品だ。怪我の予防にも効果がある。
さらにセルフケアグッズが続き、今度は携帯性に優れたマッサージガンが出てくる。
筋膜リリース(筋肉の柔軟性を高め、パフォーマンス向上や疲労回復、怪我のリスクを低減させる)に効果的で、ウォームアップやクールダウンにも使える。
このマッサージガンも有名メーカーの製品だ。パワフルと評判なだけに、結構なお値段がしたような……ともかく、これなら部活にも持っていけそうだ。現在家で使っているフォームローラーと併用して、大いに活用させていただきます。
「今後は試合数も増えていくでしょうから、しっかりとリカバリーケアをしてね」
怪我だけは絶対にしちゃダメよ、と怖いくらいに念を押してくる美月。
もちろんですとも。プレゼントされたセルフケアグッズは、どれも僕の体のことを考えて選んでくれたものだ――彼女がどれだけ気遣ってくれているか、十分すぎるほど伝わってきた。これでケアを怠るなんてバチが当たる。
「じゃあ、次はこの箱ね。開けてみて」
「うん……ああっ、これ!? 吉祥寺のショップでみたやつだ!」
美月の指示に従って横長の箱のフタを開くと、緩衝用の薄紙に包まれた新品のスパイクが姿を現す。
スタイリッシュなデザインに、ブルーを基調とした超軽量アッパー……間違いない。第3回目の青春スペシャルイベントの際、フィッティングしてすぐにピンときた製品だ。
「あのとき、すごく欲しそうにしていたでしょ? それに、とっても似合ってたから。兎和くんの好みのスパイクが見つかってよかったわ」
僕が欲しがっていたこと、普通にバレていたのか……というか、順序が逆みたい。
美月が言うには、もともとスパイクをプレゼントしようと考えていたらしい。それであの日、わざわざショップに連れて行って色々フィッティングさせたんだとか。カーム社の案件云々は、サプライズ演出のための方便だったそうだ。
まんまと引っかかった……けれど、感動してちょっと泣きそう。
このスパイク、部屋に飾って観賞用として残しておくわけにはいかないだろうか。
「ちゃんと使いなさい。これは天然芝用だから、大事な試合で履いてね。そっちの箱に入っているのは、人工芝用の普段使い。遠慮なくトレーニングで履き潰しちゃって」
驚いたことに、二足も用意してくれていた。重要な試合ほど、天然芝の会場で行われる傾向にある。そのとき、特別なスパイクに足を通す……いいね。ものすっごいパワーもらえそうだ。
人工芝用の方も、嬉しく思わないはずがない。頼りになりすぎる専属マネージャーとの繋がりを強く感じられ、トレーニングへのモチベ急上昇である。
なにより、このスパイクを履いた自分をイメージしてみると……腹の底で『未知のエネルギー』がもぞもぞと蠢き出す。
興奮してきたな。早くサッカーがしたい。
「とうとう最後ね。さあ、開けてみて」
残るギフトボックスはひとつだけ……僕は贅沢者だ。たくさんのプレゼントをもらったのに、この幸せなひと時が終わるのが寂しくて仕方ない。
それでも、手を動かす。笑顔の美月に見守られながら、細長い箱のラッピングを丁寧に剥がしていく。すると中には、レガース(すね当て)が入っていた。
これも有名な製品だ。衝撃が加わると硬化する新素材が使われているらしい。さらに超軽量なうえスリーブ一体型という特徴を持ち、プレー中もズレにくいとネットで高評価だった。
「あ!? ここの文字って、もしかしてオリジナル?」
「正解。驚かせようと思ったのに、すぐ気づいちゃったわね。それは、私からのメッセージよ」
私はいつだって隣にいる――黒地のスリーブ部分には、そんな言葉が刻み込まれていた。
にわかに熱を帯びる瞳に力を込め、金色で描かれた文字を指先でそっと撫でる。このレガースも、大事な試合で着用することになる……そして未来への道のりで、何度となく勇気づけられるのだろう。
「あ、あ、ああ、ありがとう……でも、臭くなったらどうしよう……」
「臭くなる前に洗いなさい! ニオイが取れなかったら、また新しいのを買ってあげるから。ほら、サイズが合っているか試しに着けてみて」
僕が声を震わせてお礼を言うと、美月が空気を変えるように明るく試着を勧めてくる。
文化祭の一件やらがふと蘇り、つい感極まってしまった……普通にはずかしい。目元を袖で拭い、気を取り直しつつ右足の裾を捲ってレガースを装着してみる。
おお、すげえフィット感。サイズもバッチリだし、かなり軽い。嬉しさの波が再び押し寄せてきて、金色の文字をまたひと撫でしてしまった。
なんだか、唇の端がムニムニしてしょうがない……それはそうと、こんなにいっぱいプレゼントもらって大丈夫なのだろうか?
今さらながら予算という現実に思いが及び、急に怖くなってきた。
「美月、たくさんのプレゼントありがとう。おかげで、人生で最高のバースデーになった……でもさ、ちょっと予算的にどうなの? 貯金あるから、僕もいくらか払わせてよ」
「ふふ、大丈夫。実は、兎和くんのご両親が半分ほど負担してくれたの。そのうえ、うちの兄にもう半分ほど負担させたわ。さらに祖父が趣味で運営している『ディサフィオ』で全部揃えたから、卸値みたいな価格で手に入っちゃった」
どうやら、先日話題にあがったオンライショップで購入したようだ。おかげでリーズナブルに揃えられた、と。
しかも、旭陽くんとお祖父さん……改め、秀光さんにまで協力してもらっていた。うちの両親はともかく、温かいご厚意に恐縮の至りでございます。
ちなみに、涼香さんは写真立て(リビングでプレゼントしてくれた物)以外はノータッチだそうだ。生粋のニートなので貧乏らしい。
「うちの兄と祖父のことは、あまり気にしなくていいわよ。それより、兎和くんはご両親にしっかりお礼を言ってね」
「もちろん言うけど……美月も、とりあえずお祖父さんにお礼を伝えておいてくれる?」
先日お会いした、高貴なる紳士の顔が思い浮かぶ。
気にしない、というのはムリだ。自分の口からも、今度きちんとお礼を伝えよう。旭陽くんには、後でメッセージを送ろう。
ともあれ、これからも皆に恩を返していけるよう再び決意を固めた――その瞬間、僕はハッと気づく。
そういえば、美月の誕生日っていつなんだ?
あれ、一番重要なはずなのにまったく知らない。本人に聞いた覚えもない……自分の無神経さが恐ろしくなり、自然と体が震えてきた。
「ご、ごごご、ごめんっ――僕は、美月の誕生日を知らない! もう過ぎちゃった?」
「まだ過ぎてないけど。急にどうしたの?」
「よかったあぁあああ! プレゼント山盛り用意するから、いつか教えて!」
「う~ん……教えるのは構わないけれど、プレゼントは用意しなくて大丈夫かな」
ひっ、と喉が痙攣を起こす。
プレゼントは不要……もしや、あまりのやらかし具合に愛想が尽きてしまったのでは?
僕は固唾をのんで続く言葉を待つ。気分は完全に審判を待つ罪人だ。
「実はね、『12月25日』なの。私の誕生日」
すなわち、クリスマスである……メシアかな?
聞いて、妙に納得してしまった。なんとも美月らしい。けれど、プレゼントを拒む理由が謎だ。こちらとしては、お返しを含めて盛大にお祝いしたいところなのだが。
「そう言われると……ううん、やっぱりダメ。悠長にお祝いしていられる時期じゃないでしょ。忘れたの? 冬の選手権が始まるのは28日からよ。トレーニングとコンディション調整が最優先」
ああ、そうか……忘れていたわけじゃないが、確かに選手権の直前だ。
とはいえ、僕はベンチ入りすら難しい立場だから少し粘ってみる。このプレゼントの数々を前にしていると、どうしても引き下がる気にはなれない。
だが、結果は芳しくない。
初めて選手権に臨む今年は何かと不慣れでバタつく、そう美月は予想しているらしい。
「それなのに兎和くんはプレゼント選びに悩んで、たくさん時間を使うに決まっているわ……でも、そうね。いいこと思いついちゃった」
座ったままこちらに体を向け、『名案を閃いた』とばかりに青い瞳を輝かせる美月。
同じように向き直り、『急に無茶振りとかされませんように』と背筋を正して身構える僕。
「ひとつお願いがあるの。もし選手権で試合に出場したら、誰にも遠慮せず真っすぐゴールを目指して」
「……僕が、ゴールを?」
「うん。それで、奪った得点を私に捧げて――兎和くんのゴールが、私にとって最高のバースデープレゼントになるから」
これはまた、けっこうな無茶振りだ。僕たち1年生が特別編成チームに選ばれた理由は、将来を見越して経験を積むため。試合に出るなんてハナから想定外。
当然、美月だって理解しているはず。にもかかわらず、このお願い……きっと彼女は、僕にもチャンスが巡ってくると信じているのだ。
だったら、答えはひとつ。
白石兎和の才能を信じる神園美月を信じる、それ以外に選択肢はない。
「わかった。もし試合に出られたら、必ずゴールを奪ってみせる」
「あら、今日はやけに素直ね。もっとオロオロするかと思ったのに」
「僕だって少しは成長するんだよ……ダメだった?」
「ううん、とっても嬉しい――よくできました。100点ハナマルね!」
綺麗な青い瞳をひときわ強く輝かせて、柔らかく微笑む美月。
人生最高を更新した16歳の誕生日に、僕は身に余るとても大きな約束をした。そして心には、小さな期待の火が灯る――かすかに強まる鼓動が、熱い冬の訪れを告げていた。
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