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第124話

 冬の香りが濃くなってきた、12月の初め。


 肌寒さを感じる平日の朝、僕は気の早いクリスマスソングを聞いた。テレビのCMで流れてきたのだ。おかげで少しほっこりした気分になり、自転車で駆けるいつもの通学路がちょっと特別に見えた。


 だが、教室に着くとすぐに渋い現実と直面し、思わず顔をしかめる。

 クラスメイトたちは、自分の席で教科書とにらめっこしていた……本日より二学期の期末テストが開始されるので、ギリギリまで勉強しているのだ。


 今回も僕は、美月大先生が作成した予想問題集を履修済み。スケジュールもガッツリ管理されていたから、準備に抜かりはない。しかし試験当日ともなれば、自然と気が重くなるというもの。学生の性である。


 とはいえ、始まってしまえばあっという間だ。テストの実施期間を乗り越えたとき、僕は上々の手応えと晴れやかな気持ちを抱いていた。


 それから迎えた、週末の土曜。

 部活オフとなった午後、青山のヘアサロンに向かった。


 カットを担当してくれたのは、ゴールデンウィーク以来お世話になっているカリスマ美容師の片瀬さん。ちゃっかり付いてきた妹の分まで料金を支払わされたが……まあ、いつものことなので気にしない。


 次の日曜には、トップチームが参戦する『T1リーグ・最終節』が開催された。この試合でも栄成は快勝を収め、高順位でシーズンをフィニッシュ。


 これで、各カテゴリが参加するコンペティションはすべて閉幕。ようやく冬の選手権に集中できる体制が整い、部内の熱気も俄然高まっていく。


 この頃には、僕もずいぶん新たな環境に適応してきていた――実は特別編成チームが発足して以降、そちらに合流してトレーニングを行っていた。もちろん玲音と里中くんも一緒だ。


 メニューは、当然ながらトップチーム基準。

 フィジカルは言わずもがな、『プレースピード・シンキングスピード・パススピード』なども数段上の強度を要求された。


 とりわけ、必要となるシンキングスピードは別次元。馴染みのある内容でもビブスの色が多かったりして、まるで難易度が違う。最初は理解が追いつかず、新たに選抜されたメンバーとピッチの端で見学していたほどだ。


 それに伴い、納得もできた。栄成が志向する『流動性の高いポゼッションサッカー』はこうして洗練されていくのだ、と。


 さらに選手権を睨み、豊原監督肝いりの『ポケット攻略(ニアゾーンとも呼ばれるペナルティボックス内サイドのスペース)』がメインとなるフィニッシュワークまで導入され、慣れるまでの時間は増した。


 しかし、今ではすっかりチームに溶け込めている。ミスが少ない、と監督に褒められもした。消極的な判断が目立つ、と注意もされたが。


 加えて、居心地も悪くなかった。要求は厳しいものの、Cチーム昇格時のように理不尽な罵倒を浴びることもなく、相馬先輩たちからアドバイスまでもらえている。


 誰もが自分に矢印を向けており、全体的に『東京ネクサスFCさん』のゲームトレーニング時と似た雰囲気を感じる。だから、思いのほかのびのびとプレーできていた。


 そんなこんなで訪れた、12月12日――僕は16歳の誕生日を迎える。

 当日はちょうど日曜だった……にもかかわらず2部練が組まれており、朝から夕方まで部活のトレーニングでみっちり埋まっていた。


 そのため、別段出かけたりはしなかったけれど、家族が豪華な夕食を作ってバースデーパーティーを開いてくれることになっていた。


「おかえりなさい」


「うん、ただいま……いや、何してんの?」


 部活後、冬茜に染まる帰路を自転車で駆け抜けた僕は、自宅の玄関の扉を開けてハイテンションで家族に帰宅を告げる。

 すると白ウサギのキャラクターエプロンを身に着けた美月が、返事と共にキッチンから顔を出すのだった。


 これぞ勝手知ったる他人の家、といった感じだ。バースデープレゼントを渡しに来てくれるとは聞いていたが、まさか家の中で出迎えられるとは……あれ、つい先日にも似たようなシチュエーションを体験しなかったか?


 もっとも、美月がいるのは知っていた。うちのカーポートに、見覚えのある高級車が寄せて止まっていたし。驚くまでが様式美ってやつだ。


「今日もお料理の手伝いをさせてもらっていたの。それと、優卯奈さんが先にシャワー浴びてきちゃいなさいって。お夕飯までまだ時間があるから」


「あ、うん。わかった」


 どうやら、ついでに母の料理を手伝ってくれていたらしい。もちろん妹も一緒だそうだ。

 いつもの展開すぎて、もはやツッコミすら野暮に感じてくる。なので、僕は手早く荷物を片付けてさっとシャワーを浴びた。


 汗を流してさっぱりしたら、前に美月が原宿で選んでくれた服に着替える。それだけだと寒いので、上にパーカーを羽織った。せっかくの誕生日だし、いつものヨレヨレ部屋着ではなく、もうちょっとマシな格好をしたくなったのだ。


「おかえり、兎和」


「おや、兎和くん。ずいぶんとめかしこんでいるね。帰ってきたばかりだっていうのに、もうどこかへお出かけかい?」


「ただいま、父さん。涼香さんも来てくれたんですね」


 ひとまずリビングへ向かうと、テーブルで缶ビールを飲む父と涼香さんが出迎えてくれた。

 ミックスナッツをつまみに、談笑しながら一杯やっている……いやいや、それダメじゃない? 帰りの運転はどうするの?


「あはは、大丈夫。これ、ノンアルコールビールだから」


 涼香さんは上機嫌な笑みを浮かべ、手に持っていた缶のラベルを得意げに見せびらかす。つられて確認してみれば、確かに『ノンアルコール』とデカデカ記載されていた。


 心配したけれど、これなら大丈夫そうだ。同級生女子が何度も我が家に宿泊するなんて流石に問題がある。


 ほっとしつつ自分の椅子に座り、料理が完成するまで雑談に混ぜてもらう。

 しばらくして、湯気を立てる料理の皿が次々とテーブルに並べられていく。どれも僕の好物で、手の込んだものばかりだ。


 やがて全員が席につき、待ちに待ったバースデーパーティーが始まる。


「お兄ちゃん、16歳のお誕生日おめでとう! せーの!」


 妹の兎唯ういの合図で、パンとクラッカーが鳴り響く。散らからないタイプのやつだ。同時に、皆が『おめでとう』と祝福してくれた。


 僕は「ありがとう」と応えながら、込み上げてきた温かな気持ちを噛みしめる。家族以外がバースデーパーティーに参加してくれるなんて、人生初だ。おかげで、今年は例年以上に笑顔の絶えない宴となった。


 そして楽しくも賑やかなひと時はあっという間に過ぎ、食後のバースデーケーキが目の前に運ばれてくる。


「今年のシフォンケーキは、美月ちゃんが作ってくれたのよ!」


「ママ、兎唯も手伝ったじゃん!」


「アンタは卵わっただけでしょうが」


 母は毎年シフォンケーキを準備してくれる。僕でも食べられるように、材料と味を調整したものだ。しかし今年は、なんと美月が作ってくれたらしい。手柄を主張する妹はさておく。


「食べる前に写真とらせて!」


 嬉しすぎて、記念に残すべくスマホで全角度から連写しまくった。

 続いて父がケーキのロウソクに火を灯し、母が部屋の明かりを落とす。それを合図に、皆が手拍子付きでバースデーソングを贈ってくれた。


 歌が終わったら、ふうっと。

 僕は一息で、ロウソクの火を吹き消す。


「おめでとう、兎和くん。素敵な年にしましょうね」


 暗闇の中、柔らかな囁きが鼓膜にそっと触れる。

 部屋が再び明るくなった瞬間、僕は一瞬だけ息を止めた。隣に腰掛ける美月が、あまりにも眩い笑顔を浮かべていたから。


 ケーキを食べ終わると、両親がバースデープレゼントをくれた。僕は欲しい物がパッと出てこないタイプなので、ここ数年は現金1万円をもらっている。今年も貯金かな。


 妹からは、手作りの『マッサージ券』を贈られた……これ、もう毎年恒例だよね。

 実際に使用すると秒で『疲れた』と文句をいわれ、逆にこちらがマッサージしなきゃいけなくなる券でもある。しかも自分の誕生日にはあれこれせがんでくるのだから、困ったものだ。


 涼香さんは、オシャレな写真立てをプレゼントしてくれた。フレームには、フェネックの顔はめパネルから顔をのぞかせる僕と美月の写真が収められている。少し前に『井の頭自然文化園』で撮ったメモリアルショットだ。


 間抜けで、つい笑ってしまった。けれど、めっちゃいい写真……自室のデスクの一番目立つ場所に飾らせてもらおう。


 ここで、ついに大トリの出番がやってきた。

 僕は待ちきれない思いで隣に視線を向ける。すると美月は、キラキラとした笑顔を浮かべたまま言う。


「いろいろと準備したの。車に置いてあるから、取ってくるね。兎和くんはお部屋で待っていてちょうだい」

おもしろい、続きが気になる、と少しでも思っていただけた方は『★評価・ブックマーク・レビュー・感想』などを是非お願いします。作者が泣いて喜びます。


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― 新着の感想 ―
いつのまにか日常が青春イベントに…!w チームについても、トップチームへの帯同で、はじめてプレイに集中できるまともな環境にいられているんですね 縁と努力で手に入れた日々を大切に、さらなる飛躍をたのしみ…
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