第123話
思い返せば、ずいぶんと濃い一日だった。
永瀬コーチに呼ばれ、監督室で冬の選手権に関する話をしていたら、白石(鷹昌)くんの父親が怒鳴り込んできた。さらに美月のお祖父さんが現れ、あっという間に騒動を収めてしまった。ついでに、なぜか食事に招待された。
時は過ぎ、同日の夜。
僕は部活後、お馴染みの三鷹総合スポーツセンターでバドミントンを楽しんでいた。アクティブレストを兼ねた息抜きメニューである。
相手の美月は、防寒性とファッション性を兼ね備えたスポーツウェアを着用しており、まさに冬仕様といった装いだ。近くに敷いたレジャーシートの上でソシャゲに熱中している涼香さんも、ちょっとダサいけど暖かそうなジャージを着ている。
「白石くんの親御さんかぁ……兎和くんの話を聞く限り、ずいぶんと似た親子なのね」
「もうなんかね、いろいろソックリだったよ」
ナイター照明が灯る芝生グラウンドで、光るシャトルと言葉を交わす。話題は、本日の騒動や選手権について。
白石くん親子は、いろんな意味で瓜二つだった……外見のみならず人柄まで非常に似通っていたと僕が伝えると、美月は苦笑いしつつ呆れていた。
「あ、そうそう。うちの祖父が言った食事の件は、とりあえず気にしなくていいから」
僕は「助かるよ」という返事に合わせ、美月にシャトルを打ち返す。
正直、お誘いにはあまり乗り気ではなかった。どちらかといえば社交的じゃないタイプの僕にとって、友人宅での夕食会は難易度が高すぎる。
涼香さんと旭陽くんだけなら話は別だが、きっと秀光さんやご両親も同席するのだろう……まともに会話できる自信がない。せっかくの料理の味もわからなくなりそうだ。
「ところで、スポンサーがどうのって耳にしたんだけど。うちの部に何か影響あるの?」
「ああ、それね。今までは祖父個人が寄付という形で援助していたけれど、これからは会社を通じて正式にスポンサー契約を結ぶそうよ」
美月曰く、これまで秀光さんは趣味の範囲で栄成サッカー部を援助していたらしい。同じくサッカー好きの栄成理事長とは親交が深く、その縁で後援者として名乗りを上げたそうだ。
僕が知る限りでも、かなりの資材や資金を投じているはず。各部員の保護者からの寄付を合わせても到底及ぶまい。それが、趣味の範囲って……ちょっと金銭感覚のスケールが違いすぎるな。
それはさておき、今年の栄成サッカー部は冬の選手権への出場を見事勝ち取った。この結果を受け、正式に会社として手厚く援助する形態に切り替えたという。
大会規模で比較すれば、かつて一度だけ達成した『夏のインターハイ出場』を凌ぐ快挙。創部史上最高の実績だけに、箔付けとご褒美的な意味合いがあるのだとか。
「それに、選手権出場に向けていろいろと準備するものがあるみたい。ユニフォームの新調や、開会式の入場行進で履く揃いのスニーカーとかも必要なんだって」
冬の選手権には大手放送局をはじめ多数の企業が協賛し、テレビ中継もされるなど世間からの関心度はけっこう高い。無論、注目が集まればメディアへの露出も相応に増える。
とりわけ、チームの集合写真はあらゆる媒体で使い回される。にもかかわらず、ヨレヨレの使い古したユニフォーム姿が掲載されようものなら……サッカー部の評判だけでなく、栄成高校というブランドにまで傷がつく恐れがある。
だから、ユニフォームの新調が決定された。しかもウィンターシーズン用ともなれば、インナーやベンチコートなどを含め、かなり高額になる。
加えて、開会式で行われる選手の入場行進では、お揃いのスニーカーを履いてチームの一体感を強調するという習慣がある。
「せっかくだからチーム全員の分を揃えるそうよ。要するに、今後の援助はポケットマネー以上の規模になるってことね。でも、そうなると世間の目が気になる。そこで、何かと融通のきく『KREアスレティカ』を引っ張り出してきたってわけ」
美月がラリーを続けながら口にした『KREアスレティカ(株)』とは、彼女のご実家が運営するグループ企業のひとつで、主にスポーツ関連の会社を統括しているらしい。僕がお世話になっているカーム社もここの傘下だそうだ。
さらに、サッカー用品をメインで取り扱うオンラインショップまであるみたい。
ショップの名は、『ディサフィオ』。これまではネットのみでの展開だったが、現在は吉祥寺に実店舗を構える計画があるのだとか。
「ほーん。じゃあこれから栄成サッカー部は、そのディサフィオさんから物資提供を受けたりするの?」
「そうなるかな。あと、兎和くんとの個人スポンサー契約も検討しているわ」
「ほへ……!?」
美月の発言があまりに衝撃的で、僕は思わず動きを止めてしまった。光るシャトルが横を通過し、ポテッと芝生に落ちる。
個人スポンサー契約……相馬先輩のように全国で活躍しているなら理解できるが、僕は無名の高校生プレーヤーだ。宣伝効果など見込めず、どう考えても時期尚早である。
しかし、あくまで検討段階だと続く話で判明した。今後の活躍を踏まえて判断するそうだ。
この動きに関連し、カーム社の方も正式にスポンサー契約を結ぶ方針でいるらしい。
「まあ、契約関連は来年度を目処に本格化する予定だけどね。高校2年生は、兎和くんにとって飛躍の年になるはずよ! 今から楽しみだわ!」
なるかなあ……美月がニコニコと迷いなく断言するものだから、弱音を口にする寸前で飲み込んだ。けれども、本音ではまだそこまで自信を持てない。
もちろん夢のJリーガーを目指す歩みは止めないし、その過程で全国制覇を成し遂げるつもりでいる。自分の価値を証明しようと、文化祭では相馬先輩にさえ挑んだ。
それでもなお、未来を思い描くたびに『僕なんかが』というネガティブな声が心の中で木霊する。それを、美月を信じることでどうにか抑え込んでいる状態なのだ。
なにより、トラウマを完全に払拭できていない……もっとも、個人的には今年ですらかなり飛躍したと感じているので、来年もこの良い流れが継続してくれればいいな、とは思う。
「選手権の話で思い出したけれど、トーナメントはなんとも言えない組み合わせになったわね」
「ああ。荻原先輩、くじ運がいいのか悪いのか謎だよな」
シャトルを拾い、再び美月とラリーを行いながら関連した記憶を想起する。
実は、栄成サッカー部が選手権出場を決めた翌々日、本大会の組み合わせ抽選会が開催されていた。出場する『全国48代表校(東京2枠)の監督・主将』が、協賛するテレビ局の本社ホールに集結したのだ。
会場の様子は、ネットやCSなどで生中継された。そして栄成の主将として参加した荻原先輩は、1回戦の相手に愛媛代表の『竹山北高校』を引き当てた。
正直、この組み合わせは恵まれた部類に入る。なぜなら、竹山北は県内屈指の公立進学校で、3年生部員は夏の大会でほぼ引退するからだ。
従って、チームの主体は2年生となる。当然、予選を勝ち抜いてきたのだから弱いはずがない……しかし愛媛予選には約50校が参加したのに対し、東京は300校ほどが参加した激戦区。こうなれば、戦力的には栄成有利と考えるのが妥当である。
ただし、その次が問題だ。
続く2回戦では、順当にいけば『青森田山』とぶつかる……数年前に『高校サッカー3冠』を達成し、世間を驚かせた全国屈指の名門だ。
ハッキリ言って、栄成の勝ち目は限りなく薄い。
「でも、せっかくなら青森田山戦でプレーする兎和くんが見たいなぁ。栄成の『コネホ・ブランコ』が、高校最強の一角を翻弄するの! 最高の全国デビューになるわ!」
「美月までそのあだ名を使うのかよ……つーか、さすがにキビしいでしょ。青森田山、フィジカルゴッリゴリだし」
青森田山といえば、超高校レベルのフィジカルで有名だ。負荷が大きい『雪中サッカー』で足腰を鍛え、雪かきすらも利用して筋トレに励んでいるらしい。
こちらも鍛えているとはいえ、筋力強化にかける時間が段違いだと聞く。まして相手は3年生が主体。僕みたいな下級生が出場しても、きっと軽く接触しただけで吹き飛ばされてしまう。そもそもベンチ入り自体に期待できないわけで。
ともあれ、『応援マネージャー』や『大会テーマソング』なども決まり、冬の選手権はますます盛り上がりを見せている。ひとりの高校サッカーファンとしては、ぜひとも熱戦を期待したいところだ。
そう思うと、青春のすべてを懸けた激闘の幕開けが待ち切れない。
僕はウキウキしながら、引き続きバドミントンと会話を楽しむ。こうして放課後とは打って変わり、夜は穏やかに過ぎていく。
それからまた時は流れ、いよいよ選手権の開幕が近づいてくる――その前に、節目となるイベントがひとつ待っていた。
来たる12月12日、僕は16歳の誕生日を迎える。
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