部活申請と朝霧先生の方針
翌週のこと。
書き終えた紙を朝霧先生に持っていくことに。
うちの学校は少し変わっていて、教員全てが給食を食べるわけではない。
クラス内で一緒に食べる必要はあるので、食事中は教室にいるのだが、朝霧先生は基本
パンをかじっているだけだ。
何でも給食の仕組みというのは絶対に教員が食べないといけない仕組みというわけでは
なく、検食は一人絶対必要だが、一人だけで十分らしい。
教員は他の食事を取っても構わないという近年まれにみる配慮らしい。
朝霧先生は小食で、しかも生徒の食事方法をしっかり指導してくれていた。
箸の持ち方やお匙の使い方など、中学校のうちに直した方がよいことを、生徒の見本に
なるように初めてクラスで食事を取ったときに教えてくれた。
数名が指導を受けたし、皆出来てない人を笑うようなことはしなかった。
決して出来ない生徒をバカにしたりしない雰囲気作りが凄いと思い、俺も見習うべきだ
と感じた。
互いが褒め合うことは良くても、けなしたり、見下したりさせないという強い意志を感
じるし、そういった雰囲気にクラスがならないのは、その会話内容が実に高等なレベルで
組まれているからに違いない。
それに生徒へのケアも怠らず……頭が下がる。
一体どれだけ勉強してきたらああなれるんだろう。
いや、それだけじゃない。私生活で人と接すれば負の感情は生まれやすい。
この人は……自分に厳しくするあまり孤独なのではと感じてしまうこともある。
「……一通り読ませてもらった……後は交渉次第かな」
「難しそうなんですか?」
「佐々木が使いたいという三Dモデリング用のパソコンだが、一台で恐らく四十万か五十
万程掛かるだろう。
現在学校にあるパソコンでそのソフトを動かすのは厳しいから新たに購入する必要がある」
「五十……」
「部活は発足すればそれなりに予算が組まれる。そしてこの部活は我が中学校における生徒
の教育を新たに促す可能性が高いと思われる。交渉してみる余地は十分にあるよ」
「あの、台数ってやっぱり一台が限界……ですか?」
「同程度のパソコンは用意出来ても二台までだろう。五台は難しいと思う」
「そうするとそちらに記した案でないと通せないですね」
「ああ。しかし既に五人集めてくるとは予想していなかった。全員承諾済みでいいんだな?」
「はい。間違いなく」
「長谷川君の名前も入っているね。彼は運動部に入ると思っていたのだが」
「何でも武道の最先端に行くには必要なことなんだとか」
「ふむ……人流データ関連か。そちらのソフトや装置も通せたら面白いのだが、今年は難しいね」
「人流データって?」
「人間の動きをパソコンにそのまま取り込んだデータのことだよ」
「それは聞いたことがあります。近年ですと有名なアメリカのソフトウェア会社が自動生
成されるAIによる骨組み無しの動きを……」
「おっと。私にそこまで細かな話は分からないが、佐々木君はかなり勉強しているようだね」
「はい。将来はこっちの道に進みたいと考えてますから」
「成績も悪くないし進学校に行く道もあるだろう?」
「うーん。親父はそう言うでしょうけど、母親は進学校より絶対そっちの方が稼げるからそっちで!
って」
「はっはっは。佐々木のお母さんは面白そうな人だね。両親の形としては父と母の意見が逆かもしれな
いが、理想的な夫婦のようだ」
「というと?」
「双方から否定されたり、双方から肯定される仕組みは望ましくない。Aという意見もあればBと
いう意見も必要ということだ。分かるかな?」
「ええっと確か……選択可能な要件における脳の心理的発達……でしたっけ」
「その通り。人は常に考える必要がある。君たち中学生において最も大切で、他者より優れる能力を発
揮するために必要なこと。それは否定と肯定の両立。本人が考える力なんだ」
「朝霧先生の題目が難しすぎて、俺たちいつも考えさせられてばっかりですからね」
[AI技術の発達により回答が導きだされやすくなった。これは良い側面もあるが悪い側面もある。こ
の部活顧問は私が引き受けよう」
「朝霧先生が!?」
「不満かな?」
「いえ、そういうわけじゃ。朝霧先生ってモデリングとかそんなに詳しくないですよね?
アニメとかも見たりしなそうだし」
「そんなことはない。私は学校の教員だ。生徒たちがどのようなことに興味を持ち、どう成長していき
たいのか。それを見守るのが教員の役目だと考えている」
どんだけ真面目なんだこの人。
なんなら部活のために全アニメ制覇してきたとか言いそうだぞ。
「でも、変な事件起こす教員多いですよね……」
「当たり外れもあるのは事実だが、私としては外れ教員などと後ろ指を指されるような真似
だけはしたくないな」
それだけは無い。
絶対に無い。
むしろ少々ご自愛下さいとすら思う。
「朝霧先生のことをよく知るきっかけにもなるかな……」
「何か言ったか? 交渉は得意な方だ。パソコンのことは任せて欲しい。それと絵を描くための
ものも必要だろう? こちらは阿川から希望があったか?」
「そうでした。マイパッドプロとマイパッドペンじゃないと描きづらいって」
「そちらも価格が二十万を超えるが……提案してみよう」
「お願いします!」
高い物だけど一度買えば長く使えるし、会社の備品だもんね。
特色ある学校として他の中学校より一歩リード! 何て噂になれば学校の評判もあがるだ
ろうから、高いけど高くは無いのかな? と考えている。
――そして放課後。
教室に残っていた阿川、琴宮、嵐に申請を出した話をするため集まってもらった。
「佐々木君、どうだった?」
「眉間にしわが寄ったままですげー渋い顔してたけど、大丈夫そう」
「やっぱりお金の問題だよね」
「どうかな。朝霧先生そういった交渉事は得意だと思うけど。この学校で一番規律とか法
律とか詳しいし。この学校支配してんの朝霧先生なんじゃないか?」
「何言ってんのよ。ただの教員より教頭とかの方が偉いに決まってるでしょ」
「あはは……ねぇ佐々木君。顧問は誰になりそうだったか分かる……?」
「それがさ。多分朝霧先生なんだ」
「それは嬉しいな。一番信頼出来る先生だもの」
「うん。私もそう思う」
「そーいや流駆は?」
「今日は練習あるから直ぐ帰ったわ。ねえそれよりも。佐々木に伊吹、それに琴宮さん。
私の絵、また見てくんない? 長谷川に言われてむかついて。もっかい描いたんだけど」
「どれ……」
絵を見せてもらうと、目がキラキラした変な筋肉アピール男子が描かれていた……。
それを見て、あの琴宮さんが噴き出してしまう。
これ、笑かすためにわざと描いた奴だろ!
「お前な……男の筋肉何で出来てると思ってるんだ?」
「あはははは。これ、ちょっとだけ長谷川君に似てるね」
「確かに流駆を表現するのはこういう目であってるかもだけど。本人聞いたらキレる
ぞ……」
「真面目に描いたのよ!? 何処がいけないのか具体的に教えてくんない?」
「多分……ほんの少し、筋肉を見せるだけでも男性っぽくなると、思います……」
「え? そうなの?」
「しょうがないな。具体的には……」
すっと指を差しだして場所を示していく。
幾ら何でもこれは気づけよ。女絵ばかり描いてたからか、目も結構女よりだぞ。
しかし俺の示している部分を見るその目は真剣そのものだ。
やっぱりこいつも本気で目指してるんだな。
俺も負けてられない。
今この瞬間も三Dモデリングのことで頭がいっぱいなんだけど。
阿川が書いた絵を俺がモデリングにする。
そのモデリングの動きを流駆が表現する。
その雰囲気をさらに濃くするため嵐と背景を作り込む。
そしてそのキャラに琴宮の声が乗る。
考えただけで楽しそうだ。
部活が発足すれば俺たちは更に忙しくなる。
後悔は一切していない。
それどころか胸の鼓動が高鳴るのを、強く感じていたんだ。