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風の少女と呪いの絆6  作者: たき
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(9)

 学院長室で長椅子に座って話を聞きながら、フォルマはまだ現実を受け入れられないでいた。

 フォルマの矢筒に入っていたのは、闇の賢者スキアー・アペイロンの子孫だけが使用することのできる特別な矢だった。フォルマたちはもちろん、信者でさえさわれば無事ではすまないとされている。

「非常に恐ろしいことだが、弓専攻生の中に紛れ込んでいると考えざるを得なかった」

 普通ならあれほどの呪物は絶対に学院を通過できないはずだったが、おそらく偽の大地の法担当教官が赴任した際、学院の守りを一時的に解除して運び込んだのだろうと学院長は語った。ルテウスを悩ませた呪いの札もその一つだったと。

「リリーが狙われていることも聞いている。だから一回生が怪しいと予想を立てていたんだが、先ほどケルン・ポーリョが我々に助けを求めてきてね」

 もともとフォルマのけがが黒色に変色したこともあり、暗黒神が関わっているのではと不安に思っていたところ、自分に怒りをぶつけたブレイの目が黒くなったのを見て、慌てて学院長室に駆け込んだのだ。

 そのケルンは今、ペリパトス教官が集めた弓専攻一回生の輪に加わり、今後について話を聞いているという。

「ファイ・キュグニー教官にも御使いで報告を入れておいた。君の腕を治すため、休日に七人で冒険に出るそうだね。それまでは、このまま彼の家で君を預かるとのことだ」

 君の矢はすべて清めておいたので、復帰したら安心して使いなさいと言う学院長にフォルマが頭を下げたとき、シータが訪ねてきた。授業に出るのは一限目だけのはずだったのになかなか戻ってこないので、心配したらしい。

 事のあらましを聞いたシータは、後を学院長に任され、フォルマを馬に乗せて自宅への道をたどった。

 シータの前で馬に揺られながら、フォルマはブレイと出かけた日のことを思い出した。

 あのときはただ楽しくて、ドキドキしていた。まさかこんな結末が待っているなど、予想できなかった。

 いつもは友達のようにおしゃべりがはずむシータも、寄りかかってすすり泣く自分をそっとしておいてくれ、その気づかいにフォルマはまた涙をこぼした。

 キュグニー家で午後をぼんやり過ごしていると、放課後にリリーと一緒にレオンとセピア、ルテウスが来た。

 ブレイが闇の信者だった噂はすでに学院中に広まっているという。弓専攻一回生たちもフォルマの腕が黒ずんでいることはいまだ口にせず、ただブレイのせいで大けがを負ったとだけ話していると聞き、フォルマは胸がうずくと同時に違和感を覚えた。それがなぜなのか気づいたのは、ずっと身につけていた護身用の指輪をシータに返したときだった。

「フォルマ、一人で大丈夫?」

 夕食をともにしたレオンが、寝台に腰を下ろして考え込んでいたフォルマに声をかける。

「後でリリーもシータさんも様子を見にくると言ってたけど」

 心細いなら僕も今日は泊めてもらうよと、レオンはフォルマの隣に座った。

 フォルマとブレイの関係を知っているのは、仲間内ではレオンだけだ。他の五人は、ただ代表と副代表として二人が親しかったのだと思っている。もしかしたら友達の多いセピアは何か耳にしているかもしれないが、フォルマの傷心を一番気にしているのは間違いなくレオンだった。

 特に恋愛絡みではよく人をからかうレオンだが、弱っている相手をいたぶるまねはしない。誰よりも信頼できる双子の弟に、フォルマは疑問を口にした。

「シータさんに借りた指輪、ちゃんと『砦の法』がかかってたよね?」

 武闘学科生の自分には、発動前の法術は感知できない。確認するフォルマにレオンはうなずいた。

「うん、強力な術がしっかりかかってたよ」

 感度も高そうだったから、少しでもフォルマの身に危険があればすぐに放たれたはずだと答えたレオンを、フォルマは見た。

「発動しなかったの」

「え?」

「最後にブレイと話したとき、指輪は反応しなかったの」

 黙り込むレオンにフォルマは続けた。

「僕じゃないってブレイは言ってた。私の矢筒に矢を入れたのは自分じゃないって」

「……それを信じるの?」

 正体を隠してフォルマに近づいた相手なのにと、レオンは眉をひそめた。

「ブレイが闇の信者なのは本当なんだと思う。ブレイの目の色が黒く変わるのを私も何度か見てるから」

 でも、もし矢を入れたのがブレイなら、なぜ今日自分を襲わなかったのだろう。

 それとも、自分はまだブレイを信じたいだけなのか。

 ブレイと交わしたたくさんの会話の中に、何か大事な情報が埋もれている気がする。指でこめかみを押しつつ記憶をさぐっていたフォルマは、はっとした。

「レオン、明日の朝、ついてきてほしいの」

 話したい人がいるのだと言うフォルマに、レオンは青い瞳をすがめた。

「ブレイじゃないよね?」

「違うよ。でももしかしたらレオンに規則を破らせることになるかも」

「それはちょっと困るな。今僕が代表を降りたらルテウスの猛攻を食いとめる人がいなくなって、学院祭の前に炎の法専攻生の屍が積み上がることになりそうだ」

 全然困ってなさそうな顔でレオンが笑う。

「そこはホーラー先生に何とかしてもらって」

「確かにあの先生なら、抜け道をいくらでも考えてくれそうだね。それで?」

 レオンがフォルマに耳を傾ける。リリーが部屋をのぞきに来るまでの間、フォルマは小声でレオンに説明をした。


 

 翌日、フォルマは早めに迎えに来たレオンと一緒に、一足先にキュグニー家を出た。

 このところ体調が悪そうだから、登校時間ギリギリに来るかもしれない。それでもできるだけ人が少ないうちに会いたかったので、フォルマは緊張しながら学院の正門をくぐった。

 一限目の授業がある教室へ行くと、すでにかばんが置いてあった。しかし本人の姿がない。そう遠くには行っていない気がして探したフォルマは、手洗い場で嘔吐している相手を見つけた。

「気分が悪いの?」

 一人で呼びかけたフォルマに、モスカが顔を上げる。あまり食べていないのか、食べてもすぐ吐いてしまうのか、少しやつれていた。

「何の用?」

 棘のある口調とまなざしを、フォルマはひるまず受けとめた。

「ブレイが言ってたの。自分は特別で、誰彼構わずということは回避できていたって」

 褐色の瞳がぎらりと光る。フォルマに対する不審と怒りにあふれた表情だった。

「モスカなら相手になれたってことなの?」

 いつから知り合いだったのかはわからない。ただ少なくとも、ブレイの特殊な環境にモスカは関わっていたということだ。

「モスカだけがブレイと――」

「そうよ」

 口元を腕でぬぐい、モスカは背筋をのばした。

「ずっと前から、ブレイと交わる権利をもつのは私だった」

 続く言葉にフォルマは目をみはった。

「子供ができたの。ブレイの子よ」

 ふらりとモスカが踏み出す。

 やはりそうかと、フォルマは一度目を伏せた。モスカはつわりが起きていたのだ。

「……私たち、まだ十三歳なのに」

「だから何? 私はブレイの子が欲しかったの。大導師様もきっとお喜びになるわ」

 私たちの尊い血筋は受け継がれる、とモスカが胸を張る。モスカが笑うのを、フォルマは初めて見た。

「尊い血筋?」

「そう、私たちが守るべき純なる血統。本当なら、下賤なお前なんかがブレイと親しくなれるはずがなかったのよ。一時の気の迷いだったの。でもそのせいで、ブレイはここを離れなければならなくなった。すべてお前の責任よ」

 ゆっくりとモスカが近づいてくる。

「私の矢筒に呪物を混入させたのはあなたね」

「ブレイを守るためよ。これ以上、汚らわしいお前に振り回されるわけにはいかない。ブレイと結婚するのは私。ブレイの子供を産むのは私だけなの」

「モスカ、あなたは何者なの?」

 手をのばせば届く距離にまで迫ってきたモスカに、フォルマは問いかけた。

「私は生まれながらの主神の下僕。ブレイと同じ、スキアー・アペイロンの子孫」

 腰に差していた短剣を抜き、モスカが飛びかかってくる。右腕は使えなくても、本調子でないモスカには負けなかった。

 蹴りを放って短剣を叩き落とす。衝撃でモスカがよろめき、壁にぶつかった。

 腹をかばってうめくモスカに、つい攻撃の手を緩めてしまったフォルマは、もう一本隠し持っていた短剣を振りかざしたモスカの動きに反応が遅れた。

 切りつけられる寸前、フォルマの後方から飛んできた炎がモスカの頭上をかすめる。悲鳴を上げ、モスカは急いで髪をはたいて火を消した。

「フォルマを刺すつもりなら、僕も容赦しないよ」

 曲がり角から現れたレオンに、モスカは悔しげに顔をゆがめた。

「身をひそめていたの? 卑怯なまねを」

「どの口が言うかな」

 レオンがあきれる。そのとき複数の足音が響いた。声からしておそらく教官だ。

 モスカは舌打ちしてフォルマをにらみつけた。

「リリーの仲間でなければ、お前なんかにブレイが目をとめることはなかったのに」

 先に落とした短剣も拾い、モスカは走り去っていった。

「すごい負け惜しみだね。あんなおっかない子に執着されたら、フォルマに乗り換えたくなるのも無理ないな」

 ブレイに同情するよとレオンが肩をすくめる。そこへホーラー教官とロードン教官が駆けてきた。

「なんだ、お前らか……って、おい、何があったんだ?」

 レオンがわざとすれすれで外した炎が床に落下して細々と燃えているのを見て、ホーラー教官が眉をひそめる。

「ちょっとした小火(ぼや)騒ぎがありまして。すみません、取り逃がしました」

 わざとらしい笑顔で髪をかくレオンに、ホーラー教官はますます凶悪犯のような顔つきになった。

「残党がいたのか」

「モスカ・エレダールです」

 フォルマの返答を受け、ホーラー教官がロードン教官に視線を投げる。ロードン教官はうなずいて学院長室へきびすを返した。

「けがはないか?」

「私は大丈夫なので、床の()()をお願いします」

「教官に規律違反の証拠隠滅をさせるとは、さすがレオンの姉貴だな」

「最小限にとどめたので、もっとほめてください」と言うレオンの頭をぺちっとたたき、ホーラー教官は一番近い掃除道具入れをあさって雑巾とバケツを持ってきた。

 雑巾の一枚をレオンに放り渡し、手洗い場で水をくむ。フォルマも手伝おうとしたが、片手では難しいこともあり、「お前は見張り役だ」とホーラー教官に命じられた。

 レオンは確かに被害を抑えていた。踏み消した炎の跡はけっこうこげているように見えたが、こするとすぐに落ちたので、ロードン教官が戻ってくる頃にはすっかりきれいになっていた。

 学院長が呼んでいると言われ、一限目は演習だったレオンがホーラー教官をかえりみる。担当教官はにやりとした。

「遅れてもみんなにはちゃんと説明しておいてやるぞ。お前は急に腹が痛くなって便所できばってるってな」

「先生はヒドリ―先生からいったい何を学んだんですか」

 まだ記憶に新しい、よりによって下痢を遅刻理由にされそうなレオンが渋面する。ホーラー教官はもったいぶった調子でこほんと空咳をした。

「栄えあるゲミノールム学院の生徒として、君たちが大切にしなければならないものがある。一つは品性、一つは伝統、一つは勤勉、そして髪の毛だ」

 指を折りながらヒドリ―教官の口まねをするホーラー教官が最後につけた余分な教訓に、フォルマはたまらず吹き出した。

 まったくもうとふくれるレオンとともに、ロードン教官に連れられて学院長室へ向かう。そこでフォルマは先ほどの件について報告した。なぜモスカの素性まで気づいたかは少しぼかしたが、学院長も言いにくいことだと察してくれたようで、追及してこなかった。

 これでひとまず学院の危機は去ったと思いたい。ホーラー教官が気になってレオンは先に退室したが、フォルマはそのまま学院長と話を続け、最後にねぎらわれて解放されたときはちょうど二限目に入るところだったので、射的場に向かった。

 今日は選考会のはずだったのになぜか皆から緊張感が伝わってこず、フォルマはいぶかりつつペリパトス教官のもとへ行った。そこで、選考会が休み明けに延期になったことを告げられた。

 有力候補だったブレイとモスカが姿を消したため、フォルマの快復を待っておこなおうと一回生全員で決めたらしい。期限ぎりぎりではあるが、ペリパトス教官も承諾したという。

「もし週が明けても治っていなければ、君は選考から外す。だからこの休みできちんと治療するように」

 ペリパトス教官の言葉に、同期生たちもうなずいて励ます。数日前は悔しくてためた涙を感謝と希望に変え、フォルマも絶対によくなってくると約束した。

 

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