表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の少女と呪いの絆6  作者: たき
7/10

(7)

 射的場に矢を射る音が鳴り響く。順番待ちをしている間に買ったばかりの手袋をはめたフォルマは、何度も手をにぎったりひらいたりしてみた。

「どう?」

 ブレイが隣にやってくる。

「うん、やっぱりすごいよ。新品なのにかたくもないし、手になじんでる」

 ブレイのおかげだと感謝すると、ブレイは瞳を弓なりにした。

「フォルマが喜んでくれて、僕も嬉しいよ」

 そのまま髪に触れようとしたブレイをフォルマはとめた。

「人前ではやめて」

 小声で注意すると、ブレイが眉をひそめた。

「どうして?」

「同じ専攻内でべたべたしていたら、周りがやりにくくなるから」

 代表と副代表ならなおさらだ。

 ひそひそ話のつもりだったが、すでに周囲の視線が集まっている。その中に顔色の悪いモスカもいたので、フォルマは緊張した。

「それに、一度きちんと話しておかないといけない人がいるの」

 たぶんもうばれているだろうが、けじめは大事だ。冷たくあしらわれても、罵倒されても、自分の気持ちを伝えなければ。

「僕はもっとフォルマに触れたいんだけど」

 ブレイの言葉が聞こえたらしい。一番近くにいたケルンが驚いたさまでふり返ったので、フォルマは「だから、だめだって」と真っ赤になって怒った。

 ようやく自分の番になり、ほっとしつつブレイから離れる。ブレイも邪魔になると判断したのか、ついてこなかった。

 人目をはばかってくれさえすれば、露骨に拒絶するまねはしないのに。

 はあ、とため息をついたフォルマは、所定の位置に立って構えた。

 やはり気持ちが乱れているせいか、一本目はあり得ないほど外した。それが悔しくて、気合を入れ直して集中する。

 二本目は狙いどおりに飛んだ。よし、と心の中でつぶやき、三本目、四本目と続ける。結局その後はいつもの調子を取り戻し、フォルマは安堵した。

 場を後ろの生徒に譲って歩きだしたとき、別の列で出番になったブレイと目があう。ようやくこっちを向いてくれたと言わんばかりの嬉々とした笑顔に、フォルマは苦笑した。

 片手をひらりとさせて頑張れの合図を送り、きびすを返す。応援などしなくても、どうせブレイはすべてきれいに命中させるだろう。

 壁際に行って矢筒を下ろし、腰を落とす。ブレイの双眸はもうフォルマではなく、的だけを映していた。

 絶対に当てる自信からか、変に力むことのない姿勢がとても美しい。淡々と弓を引くブレイの姿には、男子生徒ですら見とれていた。

 適当に練習していては今後どんどん差が開いてしまう。ほめられるのではなく、ブレイを焦らせるほどになりたい。

 いい道具を使うなら、それに見合う力をつけなければと思いながら手袋を外したフォルマは、何気なく矢筒を見やって首をかしげた。

 明らかに自分のものではない矢が一本混ざっている。前回の練習で拾った際に間違えたのか。

 でもそんなことあるだろうか。皆、自分の矢の数を確認してから射的場を出るのに。

 ブレイの番が終わったらしく、さすがという声とともに拍手が起きている。フォルマはその称賛を聞きながら、紛れ込んでいた矢をつかんだ。

「いっ……!!」

 指先に激痛が走る。とっさに矢を放り投げたフォルマの悲鳴に、ブレイが血相を変えて駆けてきた。

「フォルマ!」

 同じく寄ってきた同期生たちも騒然となる。

「嘘だろ、おい」

「黒くなってる!?」

 矢に触ったフォルマの指は真っ黒に染まっていた。しかもその黒ずみは指先からてのひら、手の甲、手首へと広がりつつある。

「どきなさい! フォルマ、大丈夫か!?」

 ペリパトス教官が生徒たちをかき分けてくる。

 痛みと衝撃でフォルマは返事ができなかった。とまらない変色に恐怖が募る。

「治療室へ行くぞっ」

 自分の服を脱いでフォルマの右腕に巻いたペリパトス教官が、フォルマを横抱きにする。指示がなくても生徒たちは学院のほうへ走った。レオンが倒れたときのように、もしケローネー教官が治療室にいなければ捜さなければならないと。

 幸い、今日は水の法担当のケローネー教官は治療室にいた。しかし運ばれてきたフォルマの腕を見て、ケローネー教官は蒼白した。

「学院長をー、呼んできてー、ください―っ!」

 戸口にたむろしている弓専攻生に叫ぶ。数人が動く気配がした。

「これはー、いったいー……」

 寝台に座らせたフォルマに、何が起きたのかとケローネー教官が尋ねる。

 自分の矢筒に見慣れない矢が入っていて、その矢を手にしたとたんこうなったと、フォルマはあえぎながら説明した。あまりの痛さに気を失いそうだった。

 水の法に天空の法をかけあわせたおかげか、症状の進行がようやくとまる。しかしフォルマの右手は肘の上まですっかり黒くただれてしまっていた。

 そこへ学院長がやってきた。静かにするよう生徒たちに呼びかけて扉を閉めてから、学院長はフォルマに近づき、瞠目した。

「何か呪物にさわったね」

「それもー、暗黒神のー、かなりー、強力なー、呪物ですねー」

 少し前に学院内に落とされた『呪いの札』など比べ物にならないと、ケローネー教官の表情も険しい。

「矢と言ったね。ペリパトス先生、弓専攻生の持ち物と射的場を徹底的に調べてください」

「承知しました」

 ぺりパトス教官はすみやかに治療室を出ていった。弓専攻生たちを引き連れていったのだろう、部屋の外にひしめいていた気配が消え、急に静かになった。

「ファイから提供された情報どおりだとすると、この子がさわったのは『狩人』の矢かもしれない」

 学院長の言葉に、ケローネー教官は怯えの色を浮かべた。

「ではー、この学院にー」

 互いを見合い、学院長は唇をかたく引き結んだ。

「ただの信者ではない。スキアー・アペイロンの子孫が入り込んでいるようだ」


 

 ケローネー教官に痛みどめをもらい、フォルマはそのまま治療室で休ませてもらうことになった。利き手だったので何もできず、ただただ呆然と時を過ごしていると、昼休憩時に扉がたたかれ、リリーたち六人が入ってきた。

 早い段階で同期生が知らせたらしく、先に駆けつけたレオンには事情を説明しておいた。だからレオンが他の五人に報告したのだろう。

 真っ黒になったフォルマの右腕を見て、五人が息をのむ。リリーとセピアは涙目になっていた。

「お前がさわった矢は見つかったのか?」

 ルテウスの問いかけに、フォルマはかぶりを振った。あれからペリパトス教官が射的場から更衣室まで探し回ったが、それらしき矢はどこにもなかったという。

「お父さんに御使いで伝えたら、放課後に家に来てほしいって言ってたよ。もしかしたらしばらく泊まってもらうことになるかもしれないから、着替えとかはレオンに頼んでくれって」

「キュグニー先生が?」

 リリーの話に、フォルマは胸が熱くなった。

 幼い頃のルテウスも、レオンも、オルトが倒れたときもキュグニー教官は力を貸してくれた。自分までとなると心苦しいが、これほど頼りになる存在はいない。 

「先生が診てくれるなら安心だ。絶対に大丈夫だよ、フォルマ」

 レオンの励ましに、フォルマはこくりとうなずいた。

 結局下校時間までフォルマは治療室で過ごし、フォルマの荷物を持って迎えに来たレオンやキルクルス、リリーたちと一緒に部屋を出た。

 患部は他の生徒の目に触れないよう、ケローネー教官が包帯を巻いてくれた。弓専攻生たちもペリパトス教官の言いつけを守って口を閉じているらしく、今のところフォルマの身に起きたことは広まっていないらしい。

「俺が拾った『呪いの札』より危険なものだったんだろうな」

 ルテウスが自分の手をじっと見る。あのとき、ルテウスは母親が現れた札を自分の手で破り、血がとまらなくなったが、フォルマのような状態にはならなかった。

「キルはフォルマの腕を治せないの?」

 ルテウスの傷はきれいになくなったじゃないと言うセピアに、キルクルスは申し訳なさそうな顔をした。

「ごめん、さすがにこれは僕だけの力では無理だよ。でもリリーのお父さんが治療法は考えてくれるはずだから、僕にできることは手伝うよ」

「僕たち、本当にキュグニー先生のお世話になってばかりだね」

 いつか何かの形でお礼をしないと、とレオンがつぶやく。賛同したフォルマは生徒用玄関を抜けたところで、ふと導かれるように図書館のあるほうを見やり、かたまった。

 木陰で向き合っているのはブレイとモスカだ。遠いので何を話しているかはわからないが、二人とも怒り顔だ――と、モスカがブレイに抱き着き、口づけた。

 ドクンと大きなうずきに襲われ、フォルマは目をそらした。鼓動が嫌な速さで駆け巡る。

 接吻されてもブレイは動かなかった。払いのけることもせず、受けとめていた。

「フォルマ、大丈夫?」

 仲間たちは二人に気づいていない。素直にフォルマの体調を案じるリリーに、「うん。迷惑かけてごめん」とフォルマは弱々しくもどうにか答えた。

 なんだ、そうだったのか。

 ブレイの気持ちは自分だけにあると思い込んでいた。告白され、すっかり舞い上がっていたのだ。

 ずっと前から、二人は付き合っていたに違いない。だからモスカは自分を牽制したのだ。合同野外研修の日、いつも無口なモスカが珍しく会話に参加したのは、ブレイは自分のものだと主張したかったからだろう。 

 きっともう二人は関係をもっている。そうでなければ、人目につきにくい木陰とはいえ学院内で堂々と接吻するはずがない。

 お前はブレイの気まぐれでちょっかいをかけられただけだと、モスカはずっと言いたかったのかもしれない。

 痛いのは腕なのか心なのか、わからない。正直、何も考えたくない。

 今はただ、泣きそうになるのをこらえるだけで精一杯だった。



 リリーの家に着くと、すぐにシータが出迎えた。

 包帯を外したフォルマの腕を見ても、シータは怖がりもしなければ嫌悪に顔をゆがめることもしなかった。患部には絶対に素手でさわらないよう、リリーを通してキュグニー教官から注意が届いていたが、いつもと変わらないシータの態度にフォルマはほっとし、また元気づけられた。

 夕食の準備が整い、先に食べようかとなったところで、キュグニー教官が帰宅した。

「待たせてすまない」

 かばんを置いてすぐフォルマの腕を診たキュグニー教官は、ケローネー教官の手当から変色が進んでいないことを聞くと、一つ質問した。

「今、痛みはあるかい?」

「痛みどめの効き目が切れたみたいで、だんだんジクジクした感じが強くなってきてます」

 フォルマの返答にキュグニー教官はうなずいた。

「ケローネー先生の対応が早かったおかげでこれ以上悪化することはないと思うが、痛みがあるなら今夜はここで様子を見よう。レオンは食事を終えたら今日は家に戻って、フォルマの宿泊の準備をしておいてほしい。明日からもフォルマを預かることになれば、明日の放課後に荷物を持ってきてくれ」

 承知したレオンが、「先生、フォルマは治りますよね?」と尋ねる。

「日にちはかかるだろうが、必ず治す方法を見つける」

 断言するキュグニー教官に、レオンも安堵の容相になった。そして一緒に食事をとってから、レオンは「フォルマをよろしくお願いします」と頭を下げて帰っていった。

 フォルマはキュグニー教官の研修部屋で、いくつかの治療を試された。うまくいけば射術大会の選考にも間に合うかもしれないとほんの少し期待したが、結果は芳しくなかった。

 夕方にやってきたクルスは、室内の止まり木で治療の様子を黙って見ている。食べ物があるときは非常に騒がしいのに、こういうときは行儀よくしているんだなとフォルマは感心した。

「先生、本当のところどうなんですか?」

 治療が失敗するたびに難しい顔つきで何やら紙に書いているキュグニー教官に、思い切ってフォルマは聞いた。レオンにはああ言ったが、もしかしたらキュグニー教官でも完治させることはできないのかもしれない。

 今日はここでやめようと、キュグニー教官が手袋をはめた手でフォルマの腕にたっぷりと薬をつけ、包帯を巻く。塗布した薬は痛痒さにかきむしらないよう患部を保護するだけのものなので、しばらくは痛みどめを飲む必要があるという。

「君の矢筒に入っていたのはおそらく、暗黒神の信者……それも賢者の血筋の者にしか使用できない矢だったんだろう。そうでなければ、ここまでひどい状態にはならない」

 キュグニー教官は睡眠効果のある痛みどめをフォルマに渡した。

「もしこれが君に課せられた試練なのだとしたら、選択を間違えなければ決して悪い結果にはならない。だから、みんなの力を借りて自分が正しいと思うほうへ進めばいい」

 そこへ、フォルマの寝室の準備ができたとシータが迎えにきたので、フォルマは礼を言って部屋を出た。

 二つの話し声と足音が遠ざかってから、クルスが鳴いた。

「そうだね。向こうもずいぶん危険な賭けに出たものだ」

 これまでヘリオトロープ学院長や教官たちの目をかいくぐってきた敵が、急に雑な行動を取った理由は何なのか。

 学院内の捜査にまでは関与できない。後は学院長たちに任せるしかないと、ファイはクルスをかえりみた。

「君に頼みがある。フォルマの腕を治すのに、天空神の瑞光(ずいこう)を使いたい」

 以前、君を助けたときは、君の体内に宿る力を使って闇を祓ったが、フォルマにはそれができないからとファイは説明した。

「君が瑞光を持ってきてくれるなら、瑞風(ずいふう)はリリーたちに取りに行かせる」

 クルスが一鳴きする。承諾に感謝して、ファイは椅子の背もたれに寄りかかった。

「それにしても、あの子にまとわりついている気配は奇妙だね。あんなに害意を感じない闇は見たことがない」

 だからこそ、レオンやリリーたちも察知しなかったのだろう。

 フォルマの身にいったい何が起きているのか。彼女に関わっている暗黒神の下僕は何を求めているのか。

 クルスもその件については言及しなかったので、ファイもいったん脳裏から予想を外した。

 まもなく扉がたたかれ、シータが再び顔をのぞかせた。

「ねえ、ファイ。さっきそこに弓専攻生がいたんだけど」

 薬を飲んで寝ついたフォルマに掛布をかけてから何気なく窓辺に寄ったとき、家の外に弓を背負った男の子が立っているのをシータは見たという。

「フォルマの同期生かと思ったんだけど、見舞いにしては時間も遅いし……でも殺気のようなものは感じなかったわ」

 確かめようと玄関を出てみたらいなくなっていたと聞き、ファイはクルスと視線を交えた。そして念のため明日も注意を払っておくようシータに告げ、治療に使用したものを片付けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ