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風の少女と呪いの絆6  作者: たき
3/10

(3)

 翌日、朝食をしっかり腹におさめてからフォルマたちの班は出発した。同じ時間帯にソールもいたので、最初はソールの料理にありつこうと見苦しい争奪戦が起きたが、今朝は料理係たちも事前にソールの指導を受けながら作ったので、昨日のようにまずいものはなかった。結果、どの料理もきれいになくなり、作る側も食べる側も満足するという最高の形で二日目の研修が始まった。

「くそっ、どれが本体だ!?」

「耳の裏が黄色い奴――あれだ!」

「いや、こっちにもいるぞっ」

「二匹か? つがいか」

 ブレイとフォルマを中心に据えた陣形で剣専攻と槍専攻の四人が、飛びかかってくるファンタスマの群れを次々に払っていく。間で弓専攻の二人が射て援護するのだが、あまりの数の多さに矢がつきそうだ。

 ファンタスマは猿に似た獣で、巣に近づく相手に幻影を見せて惑わせる。厄介なのは、幻でありながらその攻撃が実際に敵を傷つけるという点だ。

 幻影は一撃で消えるものの、本体を倒すまで途切れることなく生み出される。動きも速く、すでにカルパたちはあちこちに傷を負っていた。 

「ブレイ、フォルマ!」

 カルパの叫びに、「大丈夫、目で追ってる」とブレイが答える。フォルマも発見したもう一匹を見失わないよう、途中で攻撃の手をとめてずっと視線をそらさずにいた。

「目印をつけるか?」

 ホルツの問いに、「必要ない」と二人が声をそろえる。「頼もしいな」と仲間内で笑いが漏れた。

 構えた弓に矢をつがえる。狙われたと察したのか、幻がさらに増えた。

 それで本体を隠したつもりか。フォルマは暗青色の瞳を細め、一度舌で唇を湿らせた。ブレイはおそらく確実に仕留めるはずだから、自分が外すわけにはいかない。

 カルパたちが幻影に武器を振るう中、ここという瞬間に自分の獲物に向けて矢を放つ。戦闘が始まって初めて肉を貫く音が二つ同時に響き、しわがれた泣き声とともに辺り一面にあふれていた幻がぱっと消えた。

「やった!」

 カルパたちが歓喜の雄叫びを上げる。自分の役割を無事に果たしたフォルマは、ふうと息をついた。

「さすがフォルマだな」

 ブレイがぽんと肩をたたいてくる。集中を極限まで高めた自分と違ってまだ余裕のありそうなブレイに、フォルマは少し悔しがりつつも感嘆した。

「おい、さわるなよ。ファンタスマの血には幻覚作用があるんだ」

 二人の射たファンタスマの死体に手をのばそうとした班員にカルパが注意する。授業で習ったはずなのに、その生徒は覚えていなかったらしい。

「よし、もう心配ないな。さっさと卵をいただこうぜ」

 ホルツが巣のあるほうへ歩きだす。卵は彼に任せ、フォルマは自分の矢の回収をしてまわった。

 ファンタスマを射抜いた矢は丁寧に拭いて矢筒に戻す。ようやく少し休憩できると思った刹那、いきなり重い羽音が急接近してきた。

「フォルマ!」

 カルパの警告にフォルマは頭上をふり仰いだ。背中に羽をはやした上半身が人間、下半身が鳥という生き物が間近に迫っている。よけようとしてよろめいたフォルマを両手でつかんだ人鳥が一気に空へ羽ばたこうとしたとき、フォルマの頭すれすれをかすめた矢が人鳥に命中した。

 ギャッとうめいてフォルマを放した人鳥を二本目が貫く。今度は急所に当たり、人鳥は墜落した。

 早い段階で解放されたおかげで落下の衝撃もなく着地したフォルマは、上から降ってきた人鳥につぶされる前に急いで逃げた。ドウッと地面に倒れ伏した人鳥はすでに絶命している。若い男の顔だった。

「フォルマ、大丈夫か!?」

 カルパが駆け寄る。

「……うん、平気」

 フォルマは続けて近づいてきたブレイをかえりみた。

「ありがとう、ブレイ」

「ブレイ、お前すごいな。俺も槍を投げようとしたけど、フォルマに当たるのが怖くてできなかった」

「僕はフォルマを傷つけたりはしない」

 称賛するカルパに無表情で答え、ブレイはフォルマをその場に座らせると、自分も膝をついて荷物から消毒薬を取り出した。

「腕を出して」

 そこで初めてフォルマは、人鳥の鉤爪が腕に食い込んで傷つけていたことに気づいた。

「沁みるけど我慢してくれ」

 消毒液を布にひたし、ブレイがそっと傷口をぬぐう。痛みにうめき声が漏れそうになり、フォルマは歯を食いしばった。

 卵を取りに行っていたホルツたちも、人鳥の襲来を知って集まってきた。

「雄だな」

「ああ、だからフォルマが狙われたんだ」

 人鳥は人間をさらう。雄なら女性、雌なら男性を捕まえ、獲物の卵巣や精巣を食って自身の体内で卵をつくるのだ。

 人鳥を囲んで話をしているカルパたちのそばで、傷口に新しい布を当てて包帯を巻くブレイが一言も口をきかないことに、フォルマはいぶかった。

「ブレイ、もしかして怒ってる?」

「うん。あの人鳥は許せない」

 ブレイの口調はひどく冷ややかだった。

「手当てが終わったら、あいつの生殖器を切り刻んで踏みつぶしてやる」

「そこまでしなくていいよ。私はブレイのおかげで無事だったんだから」

 ブレイが顔を上げる。こげ茶色の瞳が一瞬黒みをおびた気がして、フォルマははっと息をのんだ。

 再びブレイの視線が手元へ戻る。丁寧に巻かれた包帯はきつくも弱くもなく、ちょうどいい感じだった。

 軽く腕を曲げ伸ばしてから礼を言い、それにしてもとフォルマは人鳥をちらりと見た。

「私が女だってよく判別できたよね」

 もともと髪は短いし、今は研修中なので男子生徒と同じ格好でいるというのに。顔は人間だが、視力はかなりいいのだろうか。それとも匂いか何かでかぎ分けることができるとか。

「僕が人鳥でもすぐわかるよ」

 つい自分の匂いを確かめたフォルマに、消毒薬を袋にしまいながらブレイが答えた。

「僕も真っ先にフォルマを狙う。フォルマは魅力的だから」

 フォルマは唖然とし、それから真っ赤になった。

「ちょ、ちょっと……こんなところでそんなことさらっと口にしないでよ」

 とめるフォルマに、ブレイが小首をかしげた。

「なぜ? 本当のことなのに」

「いや、だから……カルパ、次は何を取りにいくの?」

 どうやら聞こえていたらしくかたまっているカルパたちに、わざと大声で呼びかける。我に返った様子でカルパが採取の順番を書いた紙を引っ張り出し、ホルツたちも紙をのぞき込んだ。みんな二人のほうを見るのが恥ずかしいとばかりに、無意味な会話をこれまた声高にしている。

 班が決まったときはブレイと同じ班で安心したが、今は非常にやりにくい。周りに余計な気をつかわせるのも嫌だった。

 照れもしていないブレイは、普段から言い慣れているのだろうか。それにしては、自分から女生徒に積極的に絡んでいる姿を見たことがない。

 ふと昨夜のモスカの告白を思い出し、フォルマはひやりとした。

 面倒なことになる前に、ブレイとは距離を置くべきだ。揉めそうな相手をわざわざ好きになる必要はない。

 やはり、平和に過ごせそうなエラルドと親しくなったほうが――。

「フォルマ、行くよ」

 悶々としていたフォルマはブレイに差し出された手をつい取ってしまい、しまったと手を引っ込めようとした。しかし目があったとき、ブレイの笑みに心が揺れた。

 ブレイはフォルマを立たせるとすぐに手を放した。そのままつないでいたら絶対にひやかされるだろうからフォルマはほっとしたが、同時に不思議と物足りない気分にもなった。

 まさか、ブレイと手をつないでいたかったのだろうか。じっと自分のてのひらを見つめ、フォルマはかぶりを振った。

 幼児でもあるまいし、あり得ない。

 そしてフォルマはブレイとともにカルパたちの輪に加わり、活動を再開した。



 計画が狂ったとか、そもそも採取の順番を間違えたとか、いくつかの班があせったさまで行ったり来たりする中、フォルマたちは予定通りに集めて野営地へ戻った。オルトとソールの班も順調らしく、すでに天幕と夕食の準備を始めている。特にソールの班には人だかりができていた。皆、ソールの作る料理のおこぼれをもらえないか交渉しているらしく、防御壁と化したグラノやケルンと言い争いになっている。

「カルパ、フォルマ、お前らのつてで何とか手に入らないか?」

「ソールと仲いいんだからさ」

 ホルツたちの頼みに、カルパはかぶりを振った。

「無茶言うなよ。むしろ親友だからこそ、あんなところに押しかけて迷惑かけたくない」

 それに俺は家が近いから、その気になればいつでも夕食時にお邪魔できるしとカルパが自慢する。フォルマも「私も冒険に行けば堪能できるから、今はいいかな」と苦笑すると、ずるいと文句が飛んできた。

 そうしていううちに、騒ぎを聞きつけた剣専攻のトルノス・カルタ教官が怒鳴って追い散らし、渋々引き下がる他の班の連中にグラノたちが舌を出していた。

 結局フォルマたちの班はフォルマを中心に食事作りに取りかかり、間で天幕担当のホルツたちに味見してもらいながら完成させた。ソールほどの絶品は無理でもそれなりのものができ、皆からの高評価にフォルマはほっとした。

 昔は四名だったので一つの天幕で寝ていたが、今は六名なので、どの班も二つの天幕を設営している。フォルマはブレイとカルパとで同じ天幕を使うことになった。

「じゃあ、フォルマが休むときは俺とブレイが火の番をするな」 

「火の番は一つの天幕につき一人だろう。だからカルパが番をするなら、僕はフォルマと一緒に寝る」

 カルパの提案に対するブレイの異議に、食後の茶をすすっていた全員がぶっと吹き、むせた。

「お前、そこは遠慮すべきじゃないか?」

「どうして? フォルマも武闘学科生だから、あまり特別扱いを望んでいないと思うけど」

 たしなめるカルパにブレイも譲らない。ホルツたちの視線が集まり、フォルマは居心地の悪さを覚えた。

「確かにブレイの言うとおり、そこまで気をつかってもらわなくてもいいよ」

 フォルマがとりなすと、カルパはあごをなでながら渋った。

「でも、ブレイだぞ。大丈夫か?」

「僕の何が問題なんだ?」

 ブレイがむっと口をとがらせる。

「いや、どう見てもフォルマにとって一番危ないのはお前だろう」

「……まあ、さすがに、こんなところでナニをするようなまねは……なあ?」

 ホルツがほんのり頬を赤らめながら空咳し、ブレイを見る。他の生徒たちも気まずそうに目を伏せ、手持ちのコップを無意味にいじっていた。

「カルパが心配するようなことは何も起きないよ」

 いかにも名誉を傷つけられたかのような不機嫌な顔でブレイは断言した。

「僕はただ、隣でフォルマの寝顔を見たいだけだから」

 一つ前のブレイの言葉にそうだよねとうなずきかけたフォルマは、あやうくコップを落としそうになった。

「決まり。悪いけどカルパ、ブレイと火の番を頼むわ」

「了解」

 えっ、とブレイがフォルマをかえりみる。しかしフォルマはカルパと結託し、一人で眠ることを選択した。

 フォルマに拒まれてしょんぼりしているブレイの脇腹をホルツが肘でつつき、「がっつきすぎだ。もっと慎重にやれ」と注意だか励ましだかわからないことを言う。未練がましいブレイのまなざしを徹底的に無視することで、フォルマは恥ずかしさをごまかした。 

「ブレイって、なんか印象と違うな」

 もっと冷静で淡白な奴かと思っていたと、皆が半分あきれたさまでつぶやく。フォルマも同感だった。

 ここ最近、ブレイの執着が増してきている気がする。何より困るのは、人目をはばからず赤面するようなことを堂々と口にすることだ。

 演習や戦闘では自分が失敗するはずがないという自信にあふれ、そのとおりきちんと結果を出すとても頼もしい存在なのに、急に子供っぽくなるのが謎だ。だから放っておけないのだが……。 

 洗い物をするために皆の食器を重ねはじめたフォルマに、ブレイが一番に腰を浮かして手伝う。カルパたちも邪魔をせず、フォルマはブレイと二人で川へ向かった。

 話を蒸し返すこともなく、ブレイはただ雑談し、フォルマも先ほどの件は忘れるほど会話に興じた。

 もしかすると、自分の反応を楽しむためにわざと困惑するような言動をしているのだろうか。からかっているだけだとしたら――。

 ふと視線があう。間近で見るこげ茶色の瞳は大人びた静かな喜色にきらめていて、引き込まれそうになった。

 どのブレイが本当のブレイなのだろう。それとも、どれも素なのか。

 生まれたときからそばにいるレオンにも、幼馴染のルテウスにも、冒険仲間のオルトやソールにも感じたことがない感情を、フォルマは必死に押さえ込んだ。

 しかし、今こうして隣に立っていても違和感がないほどブレイの存在が近くなりつつあることだけは、自覚せざるを得なかった。

 その後も研修は滞りなく進み、フォルマたちの班は課題を無事にこなして終了を迎えた。

 火の番をしているときにカルパが忠告したのか、本人が気づいたのかはわからないが、人前での爆弾発言を控えるようになったブレイは、突発的な事態にも適切な指示を出して班をまとめるという代表らしさを発揮し、やはりブレイはすごいと称賛された。

 カルパやホルツの補佐も絶妙で、来年もこの班構成でやりたいと全員が言うほど、いい経験、そして思い出になった。

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