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風の少女と呪いの絆6  作者: たき
10/10

(10)

『炎の神が奮い立つ月』の影響は、カーフの谷にも及んでいた。

 レオニス火山ほどではないにしても、吹きつける風は生ぬるい。

「オーキュスの青い羽根も見つからないかな?」

 せっかくカーフの谷に来たのだから、人語をしゃべる鳥を探してもいいのではないかと提案するフォルマに、レオンがかぶりを振った。

「今日はフォルマの治療に必要なものだけに絞ろうよ」

「そうだね、欲張ると両方手に入らないかもしれないし」

 リリーも追従する。セピアも笑った。

「フォルマの腕が治ったら、しっかり働いてもらうからね」

 任せてくれとうなずいたものの、フォルマはやはり申し訳なさを覚えた。本当なら、今日は『冒険者の集い』で当たった宝を目当てに来ることができたのに。

 鳥といえば、もう数日間クルスの姿を見ていない。リリーも気にしていたが、キルクルスについていったようだとキュグニー教官は言っていた。

『風の遊び場』のだいたいの場所はキュグニー教官に聞いていた。今回、キュグニー夫妻には本当に心身ともに支えてもらった。

 昔、魔王の呪いを受けたシータも苦しんだのだという。髪の毛が抜け、頭痛のひどさに剣もまともに振るえず、奇跡のパンの材料を集めるために分かれて出発していく仲間たちを一人見送った悔しさは、今でも目に焼きついていると。

 無理をしてでもみんなについていきたいという気持ちを、シータは代弁してくれた。

 強くて、明るくて、そばにいると元気をもらえる。

 自分もそうなりたいと思った。やはりシータは憧れの存在で、指針だった。

 風が強くなってくる。やがて大地と大地の切れ目が視界に入ってきた。

「……あれだな」

 切り立った崖から下をのぞき、オルトが指さす。立ったまま見下ろすのが怖い人間は這いつくばって谷間を見た。

 途中に出っ張った箇所があり、横穴でも開いているのか、そこだけはっきりわかるほど風が出入りしている。

「嘘……もしかしてあの道を通るの?」

 崖に沿って『風の遊び場』まで続く道と呼べなくもない小道がのびている。青ざめるセピアの隣で、ルテウスがため息をついた。

「俺には無理だ。下を向いたとたん転落する」

 リリーの『翼の法』で三人まとめて一息に飛び下りることができればよかったのだが、『風の遊び場』周辺は気流があり、近づき方を間違えれば風に流されていつまでたってもたどり着けないという。そのため、確実に向かうためにはどうしても小道を通る必要があった。

「フォルマ、行けそう?」

 心配そうなレオンに、フォルマは「平気」と答えた。

 高いところは特に苦手でもない。踏み外せば谷底へ真っ逆さまという状況だが、この日のためにリリーが用意してくれた法具もある。

「こいつにかかってるのは何だ?」

 リリーがフォルマとソールに渡す指輪を凝視してルテウスが尋ねる。

「『浮雲の法』だよ。本当は神法学院で習うものみたい」

 キュグニー教官が初めて使ったのは、ゲミノールム学院二回生で参加した野外研修のときだったという。

「お父さんは教えてもらったその場で、しかも一発でできたって言ってたけど、さすがに私はちょっと時間がかかっちゃった」

 リリーは謙遜のつもりだったのだろうが、ルテウスは明らかに不機嫌になった。

「お前、また使える法術を増やしたのかよ」

 しかも神法学院で学ぶ高度なやつを、と舌打ちする。それに苦笑して、「ちゃんと機能するかお父さんに確認してもらったから、大丈夫だよ」とリリーは言った。

 フォルマとソールはしばし指輪を眺めてから、それぞれ左手の薬指にはめた。キュッとちょうどいい大きさにしまる指輪にフォルマは感心した。

 それから、あらかじめ借りておいた風の法衣を着る。

「なんか、自分も法術を使えそうな気分になるね」

 杖がないので左手を前へすっと出すフォルマに、「似合う似合う」とセピアやレオンが笑って手をたたいた。

 最後に風媒花を入れた袋を手に、いよいよ三人は出発することになった。

 小道へ下りる道をまず探し、ソールが立つ。間にフォルマを挟み、リリーが最後尾についた。

「ソール、ゆっくりだよ」

「わかってる」

 指示するセピアに答え、ソールが壁に背をこすりつけるようにして進みはじめた。少し尖って当たると痛いところや足場が弱そうなところは先にソールが注意をうながしたので、フォルマとリリーは安心して後に続くことができた。

 慎重に行動するときは、ソールが先頭だと心強い。歩みは非常に遅かったが、はやる気持ちを抑え、三人は着実に目的地を目指した。

 頭上では、残る四人が一緒に移動しているのがわかる。へたに声をかけて驚かせてはいけないという配慮か、四人は静かだったが、その存在を感じるだけで勇気がわいてきた。

 時間にしてどれくらいだろう。個人的にはとても長くかかったように思えるが、ついに『風の遊び場』に無事に到着した。

 小道から少しだけ広い場所に着き、フォルマはようやく肩の力を抜いた。やはりソールも緊張していたのか、肩と首を回している。

 上を見ると、四人も安堵の表情を浮かべていた。大声で会話するのは控え、互いに手を振る。

 風が脇を通っていく。三人は横穴を見つめた。

「行こうか」

 今度はリリーが前に出た。やはりフォルマは真ん中で、ソールが後ろにつく。

 横穴は意外と大きく、大人でも立って歩くには十分な高さがあった。しかし風の出入りは激しく、三人は頻繁に風にぶつかった。

「ごめんなさい、私たちは瑞風に会いにきたの」

 時々リリーが風に向かって答える。武闘学科生の自分とソールにはわからないが、神法学科生のリリーは風と会話ができるらしい。

「教えてくれてありがとう」

 ひとかたまりの風にぺこりと頭を下げてから、リリーが二人をふり返った。

「この奥で瑞風が休んでるんだって。でももうじきここを出る予定みたいだから、急いだほうがいいって」

 へえーとフォルマは目を丸くした。もしリリーがいなければ、そんな情報は入手できなかっただろう。

 まもなく、もっと広い場所に出た。ざっと見回すと、あちこちで風がうなっている。

 ぶわっと一陣の風に吹き飛ばされそうになり、フォルマは壁に背中を打ちつけた。

「フォルマの右腕に反応してる。みんな気になってるみたい」

 今朝、包帯を巻いたキュグニー教官が保護と封印の法術を追加でかけてくれた。それでも風王の眷属はごまかせない。風の法衣をまとっている上にフォルマ自身が風属性であり、キュグニー教官もしっかり封じてくれているので、大騒ぎにまではなっていないが、ここにいる風が決して好意的でないのはフォルマでも感じ取れた。

「いろんな意味で早くしたほうがよさそうだな」

 ソールの言葉に首肯したリリーが、隅でたむろしている瑞風に視線を投げた。

 三人でかたまってそろそろと近づいていく。青白い光を放つ瑞風は、他の風のように露骨な警戒姿勢ではないが、歓迎もしていない。

 リリーがぱっと袋の口をひらく。中にはヒンメルという名の風媒花を入れていた。青と白の花弁が交互に並ぶヒンメルは、見た目も香りもさわやかだ。

 さわ、と瑞風が揺れた。しかしその場から動かない。自分がいるせいだとフォルマは察した。

 やはり留守番しておくべきだった。仲間が瑞風を集めてくるのを、おとなしく待っていたほうがよかったのかもしれない。

 そのとき、小さなつむじ風に体当たりされ、フォルマは転んだ。思わず右手をついてしまい、激痛に息を飲み込む。

「やめて。乱暴しないでっ」

 リリーがフォルマをかばって立ちふさがる。

「私たちは害をなしに来たんじゃない。ただフォルマを助けたいの。だから――」

 もっと大きな風がゴオッと突っ込んできた。よろめいたリリーをソールが支える。しかしそれを皮切りに、周辺の風たちが乱舞を始めた。

 自分たちを追い出そうとしている。闇の穢れを持ち込んだ自分に怒っているのだ。

 リリーを抱きかかえたままフォルマの壁にもなっているソールは、顔や法衣に無数の切り傷が刻まれている。

 フォルマはこぶしをにぎり、静止したままの瑞風に訴えた。

「お願い、助けて。私はこの腕を治したい。闇を祓いたいの」

 地面にこすりつけるほどに頭を下げ、フォルマは叫んだ。

「みんなと冒険を続けるために、どうか力を貸して!」

 ふっ、と動く気配がした。ためらっていた瑞風の一つがゆらめきながら寄ってくる。フォルマがリリーから受け取った袋の口を広げると、匂いをかぐようにふわふわ揺れ、すうっと袋の中に入った。

「――ありがとう」

 フォルマはお礼とともに、袋の口を紐で縛った。

「よし、戻るぞ」

 袋を大事にかかえるフォルマとリリーをうながし、ソールが出口へと走る。『風の遊び場』から遠ざかるにつれ、風の攻撃もやんだ。そして横穴を抜けだした三人が一息つきかけた刹那、ひときわ荒い風が追いかけてきて三人を突き飛ばした。

 あっと思ったときには崖から落ちていた。驚いたはずみで袋から手を放したフォルマは慌ててつかもうとしたが、発動した法術により体が浮き上がり、袋だけが風にあおられながら落下していった。

「瑞風が……!」

 せっかくつかまえた瑞風が、と絶望にうちひしがれるフォルマの脇を、リリーが勢いよく過ぎていった。青い法衣をひらめかせて急降下したリリーが再び上昇してきたとき、その手には袋があった。

「中身も無事だよ」

 にこりと笑い、リリーは涙ぐむフォルマの左手を取った。そして同じように浮いているソールのもとへ行くと袋を預け、ソールの手もつかんだ。

「このまま一気に行くからね」

『浮雲の法』は浮いているだけなので、自分で好きなように移動できない。だから『翼の法』に切り替えたリリーが崖の上まで二人を引いていった。

「みんな、大丈夫!?」

 地に足をつけるなり、セピアたちがわっと寄ってきた。

「やっと出てきたと思ったらいきなり墜落するから、びっくりしたよ」

 冷や汗をかいたというレオンに、『風の遊び場』で起きたことから最後は風に突き落とされたことまでフォルマは語った。すべては自分のせいだったと。

 迷惑をかけてしまったリリーとソールにもあやまる。特にソールは傷だらけだったので、すぐにセピアの治療を受けた。

「でも、瑞風を手に入れたのはフォルマだよ。フォルマの言葉が瑞風を動かしたんだから」

 屈託のないリリーの笑顔にフォルマは涙ぐんだ。彼女の行動力と明るさはきっと母親譲りなのだなと感じ入る。 

 そのとき甲高い鳴き声が響いた。青白く輝きながら飛来してきたのは風の神の使いだ。

「お父さんだ」

 肩にとまった御使いから伝言を読み取ったリリーが皆を見回す。

「キルが瑞光を持って帰ってきたそうだよ。可能なら今日中に戻ってこいって言ってる」

 反対意見はなかった。リリーがこれから帰宅するむねを御使いに託し、七人は引き返すべく荷馬車へと急いだ。

 極度に緊張していたからか、フォルマは馬車の中でレオンにもたれてうたた寝をした。ブレイの夢を見ていたので、目覚めたときは泣いた跡があった。

 見るとリリーとソールも眠っている。ごそりと体を起こしたフォルマに、「もうじき着くよ」とレオンが言った。

 すっかり日も暮れた時分、荷馬車はキュグニー家の前でとまった。セピアが馬を敷地内に入れている間に、フォルマたちは先に家に入った。

「お帰り」

 客間で手を振って出迎えたのはキルクルスだった。接待をしていたのがキュグニー教官だったので、ルテウスのこめかみがひくつく。

「疲れたでしょう? 先にご飯にする?」

 手を拭きながら現れたシータに、はいと全員が手を挙げる。いつもより一人多い食卓はとても賑やかで、疲れを忘れるほどだった。

 危険な目にあった自分たちとは違い、キルクルスはさほど苦もなく瑞光を取ってきたらしい。ちょっとずるいなとも思ったが、フォルマの試練なんだから当然だよとキルクルスに微笑まれ、納得した。

 そして食後、フォルマはキュグニー教官の研究部屋に招かれた。あらかじめ描いておいたという法陣は複雑で、のぞいたルテウスでさえ理解が追いつかず、首をひねっていた。

 キュグニー教官がまず瑞風の入った袋を取り、法陣の上に散らしていく。

「ずいぶん協力的な風だね。これなら風媒花がなくても連れてこられたかもしれない」

 自ら進んで袋に入ってくれた瑞風と言葉を交わす力は自分にはない。でも目の前でくるくると舞う瑞風に、フォルマは改めてお礼を言った。 

「さて、次は」

 キュグニー教官が頬をひきつらせながら視線を向けた先には、袋の内側で暴れ回っているらしい瑞光がいた。

「瑞光ってこんなに元気なものなの?」

 家族という特権を利用して狭い研究部屋に入れてもらったレオンが、唖然としたさまでつぶやく。

「性格はさまざまだからね。これはちょっと気性が激しすぎるが」

 キュグニー教官が苦笑して袋を持ち上げると、ますます袋がボコボコと変形した。

「本当に荒っぽいなあ。キルはよく捕まえることができたね」

 しかもほとんど苦労せずにとレオンが不思議がる。

「僕の手にかかれば余裕だよ」

 戸口で様子をうかがう五人と一緒にいたキルクルスが得意げに笑う。

 キュグニー教官が慎重に袋の口を下に向けて開けはじめると、最後まで待たずに瑞光が飛び出してきた。

 法陣自体が結界になっているので部屋に被害が及ぶことはなかったが、まばゆい光をこれでもかと発しながら法陣内を駆け回る瑞光に、リリーたちも瞠目する。しかし途中で瑞風と交わると、瑞光は徐々におとなしくなっていった。

「どうやら瑞風がなだめてくれたみたいだね」

 本当にいい子だとキュグニー教官が瞳を細める。

「……なんか、飼ってみたくなっちゃった」

 セピアの感想に皆がうなずく。彼らの動きは見ているだけでも面白い。

「だいぶ落ち着いたね。そろそろいいだろう」

 手袋をはめたキュグニー教官が、フォルマの右腕から包帯を取り除く。むき出しになった腕はまだ黒くただれたままで、リリーたちが痛ましそうな顔をした。

「瑞光の威勢がいいから、治療も少し乱暴になるかもしれない。食後の痛みどめはまだだったね。念のため飲むかい?」

「大丈夫です。このままお願いします」

 早く治したい一心でフォルマが答えると、キュグニー教官はゆっくりと腕を差し込むようフォルマに指示した。

 言われたとおりそろりと法陣の上に腕を置こうとして、ビリッと走った激痛にフォルマはうめいた。思わず引っ込めようとした腕をキュグニー教官が捕まえ、完全に法陣の中に固定される。

 傷口をざらついた布でゴシゴシ強くこすられるような感覚に、フォルマは歯を食いしばった。

 呼吸が乱れる。あまりの痛さに息がとまりそうだ。

「フォルマ、頑張れ!」

 レオンの励ましが遠く聞こえる。額からいくつもの汗が滑り落ちた。

 痛い。苦しい。やはり痛みどめをもらえばよかったとフォルマが後悔したとき、キュグニー教官が言葉をつむいだ。

「安らぎを司りし水の女神エルライ。その柔らかな吐息は優しき波動となりて高ぶる心を鎮め、その麗しき歌声は(うつつ)より解き放たれし(まよ)い子を静かなる深層に導かん」

 最後にキュグニー教官が指で円を描く。どうやら水の法を使ったらしい。

 銀色の光が降ってくると同時に、意識が揺れて薄れはじめた。

 いっそ一息に腕をもいでくれたほうが楽だと思えた激痛がやわらいでいく。

 そしてフォルマは眠りに落ちた。



 鳥の鳴き声を聞いた気がして、フォルマはまぶたを上げた。天井をぼんやり眺める。

(朝……?)

 自分は腕の治療を受けていたはず――はっとして上体を起こしたフォルマはおそるおそる右腕を見やり、目をみはった。

 指を動かす。ひじを曲げる。肩を回す。醜い黒ずみもただれもすっかり消え、元通りになっていた。

「治ってる!」

 声が大きすぎたらしい。まもなく扉がたたかれ、レオンが入ってきた。

「起きた? おはよう、フォルマ」

「レオン、見て!」

「はいはい、見えてるよ。完治おめでとう」

 腕をぶんぶん振るフォルマにレオンは笑い、昨夜のことを話した。フォルマの痛がりようがひどかったので、途中でキュグニー教官が『誘眠の法』をかけたのだという。

「またキュグニー先生のお手をわずらわせちゃった。やっぱり痛みどめを飲めばよかった」

 反省のため息をこぼすフォルマに、「まあ、あんなやんちゃな瑞光を連れ帰ったキルにも責任があるんだけど」とレオンが言う。どちらもおとなしい性格なら、もっと穏やかに回復するはずだったらしい。

「今みんな朝食中なんだけど、下で一緒に食べる?」

「食べる」

 フォルマはいそいそと寝台を離れ、階下へ向かった。

「おはよう、フォルマ」

 朝日が差し込む明るい室内で、キュグニー夫妻と仲間たちがフォルマを迎え入れる。フォルマも挨拶をして、ほぼ定位置となったシータの隣に腰を下ろした。

「腕の具合はどうだい? 違和感はない?」

「ありません。先生、本当にありがとうございました。それから、みんなありがとう」

 キュグニー教官、そしてその場にいる全員に頭を下げる。

 感謝の声が震える。自分を包む温かい雰囲気に、涙があふれた。

 しゃくり上げるフォルマにシータが布を差し出す。フォルマが泣きやむのを待ち、セピアが咳ばらいをした。

「それでは、フォルマの快復を祝って」

 皆が自分の杯をかかげる。

「乾杯!」

 雲一つない青空のもと、なごやかな笑いがキュグニー家の食卓を彩った。



 休み明け、射的場で弓専攻一回生の選考会がおこなわれた。弓を持てない日が続いたが、危惧していたほど腕は落ちていなかったので、フォルマはほっとした。

 出場権を獲得したのはフォルマとケルンだった。今日のケルンは絶好調だったらしく、フォルマの上をいく成績を残したが、三学年による選考会は明日の午後だと言われ、早くもうろたえていた。

 またブレイが抜けたことで、一回生代表にはフォルマが上がった。副代表は立候補多数で少し揉め、結局実力を考慮してケルンがその座を勝ち取った。

 放課後、フォルマはペリパトス教官の許可をもらって個人練習をさせてもらった。おかげですっかり感覚が戻り、気分よく下校していたとき、ふと視線を感じて立ちどまった。

 会いたかったのか、会いたくなかったのか、自分でもわからない。ただ、自然と足が向くのをとめられなかった。

 曲がり角にひっそりと立つ相手にそっと近づく。帽子を目深にかぶった彼は逃げなかった。

「もう町にはいないと思ってた」

 モスカは一緒じゃないのと尋ねると、ブレイはかぶりを振った。

「どうしても君と話したくて……腕、治ったんだね」

「うん。明日の選考会も勝ち抜いて学院代表になるわ」

 本当はブレイと参加したかった、という言葉は飲み込んだ。言ったところで何か変わるわけではないから。

「フォルマ、僕と来てくれないか。僕は君といたいんだ。本当に君だけが……」

 切実な響きに胸が締め付けられる。目頭が熱くなり、フォルマはうつむいた。

 ともに歩めたらどんなによかっただろう。

 でもそれは絶対に無理な願いだった。

「……リリーは私の友達なの。大事な仲間なの。今回も、私の腕を治すために力を貸してくれた」

 顔を上げ、フォルマはまっすぐにブレイを見た。

「だから、リリーを犠牲にしようとするブレイたちのもとへは行けない。ついていくことはできない。ごめん」

 こげ茶色の双眸が揺れる。悲しみに沈んでいる。

 きっと自分も同じ目をしている。

 それでも、ブレイの手を取ることはできなかった。

 不意にブレイの視線がフォルマの後方へ流れた。レオンがこちらへ走ってきている。

 ブレイがきびすを返す。

 引きとめようとのばした指を、フォルマはこぶしに変えた。

「……もし、僕がアペイロンの子孫でなければ、君は僕を好きになってくれた?」

「フォルマ!」

 レオンが杖を構える。フォルマの返事を待たず、ブレイは駆けだした。

「フォルマ、今の……」

 たどり着いたレオンは全身で息をしている。フォルマはブレイの消えた先を見つめ、唇をかんだ。

 にぎったこぶしに違和感があり、そろりと手をひらく。

 優しく輝く暗青色の玉をもう一度にぎりしめ、フォルマは静かに涙をこぼした。


閲覧ありがとうございます。これで6巻は完結です。7巻の大筋はできていますが、執筆時間の確保が難しく、たぶん投稿を始められるのは2か月くらい先になるだろうなと思います。もしそのときまだタイトルを覚えている方がいらっしゃれば、のぞいてみてくださると嬉しいです。

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