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第九十九話(その2の18~19の途中まで)

まあ、そう来るとは思っていた。

職場や友人関係の都合上、コイツの方がオレよりずっと耳が早い。

だが……


「知ってる。

…話はそれで終わりか?

オレは、急いでるんだ。

やり残したことがあるんでな」


もちろん、そんなことは織り込み済みだ。


そして、こう言われてもナギサのやつがガンとしてオレを止めようとすることもな。


とはいえ、オレももうガキじゃねえ。

体格も力も、あの頃より格段に上がっているし、場数も踏んでいる。


そして逆にナギサは、なんだか最近体調が悪いようだし、やたらと着込んでいる。


大方、室内仕事のせいで、ちょっとばかりぜい肉がついてきているのを誤魔化しているんだろう。

…オレは、別に今の身体でも良いとは思うんだけどなぁ。


まあ、それはさておき。

この条件なら、十中八、九負けはない。


流石に武器を持ち出されたら、手足の二、三本は折られるかもしれねえが…なぁに構いやしない。


短過ぎた結婚生活の精算としては、むしろ安過ぎる代償だ。

『北海』一の嫁を捨てていくのだから、それくらいのケガは必要経費だろう。


いざとなったら、コイツを引きずってでも仇討ちに向かおう。

だから、


「どうしても行くの?」

「ああ、どうしてもだ。」


この問答を最後に、オレは家から出ていくつもりだった。

何を言われても、決意は変えまい。


そう思っていた。

ナギサの次の言葉を聞くまでは……


「妊娠したの。

アンタの子よ」


うかつなことに、それは全く予想外な発言だった。

それまで、どれだけオレが腑抜ふぬけていたのか、それがこの一事だけでもよく分かる。


オレの子を?

そこで初めて気付いた。

ナギサの力がすごく弱くなっていることに。


おかしい。


いつもだったら、腕をつかんだだけで済むはずがない。

もう、とっくのとうに、足払いやマウント、唐辛子爆弾や頭突きといった連撃に移っているタイミングだ。


普段のナギサなら、ちょっとサディストお嬢と商売の話をしただけで浮気を疑って、話を聞かずに殴り続けている。


コイツが多少体調が悪い程度で、こんなにしおらしくなるわけがねえんだ。


そして同時に…この異常は、間違いなくチャンスでもあった。


今なら、ナギサといえど、あっさりと振り払うことが出来るだろう。


古来からの『北海』の伝統にのっとれば、そしてヒトとしての道徳に従うなら…この状況でやるべきことは一つだけだろう。


「そうか、しっかり育てろよ」


そう語り、即座に出ていく。

それこそが、今のオレに求められている振る舞いだった。


まあ確かに、子供のことは大事にするべきだろう。

てめえのガキをはらんだ女房を置いてあだ討ちなんざ、外道の振る舞いだ。


それが他人事なら、オレだってそう言うし、それが『北方』以外の出来事なら、間違いなくそれが道理というものだろう。


だが、ここは『北方』

ろくに作物が育たず、特産である鉱物はだいたい力のある貴族に独占されている不毛の地だ。


まがりなりにも生命に満ちる海である【北海】は、そうでもないが…そこにしても、男たちが遠方まで、そして長い時間をかけて漁に出なければ、女房子供を食わせていけない極寒の海。


だから、ここでは自分の子供との別れなんかは、当然のこと。


むしろ、男たちは率先して家を離れる勇気とたくましさ、そして名誉を守る覚悟をアピールすることが求められる。


だって、しっかり稼いだり、名誉ある男と認められていれば、たとえ当人が突然あの世へ行ったとしても、村のみんなが残された家族を養ってくれるからだ。


権力や法があまりヒトを守ってくれない田舎では、働き手の男としての名声や名誉だけが、ソイツとその家族の地位と生活を保証する。


あらゆる物事を、人間の労働力だけでまかなわなきゃいけない海村では、信頼出来る一族は大切にされるんだよ。


だから、だれもがその名誉を認められるように振る舞う。

そしてもちろん、仇討ちもそんな名誉ある行為の一つだ。


それに、今じゃナギサはオレより稼ぐ。


なにしろコイツは、新しくなった『商会』の下部組織、『女性商会連合』の代表だからな。


かつてはオレにも貯め込んだ小銭くらいはあったんだが…それもまあ、色々やっているうちに使い果たしちまった。


それでもさすがに、実家の世話になるほどじゃないが、今じゃナギサより大幅に貧乏になっちまったのは、間違いない。


だからこの場合、良くも悪くもオレに稼ぎ手としての義務は無いわけだ。

そして、仇討ちの義務を果たすことは、ダチへの借りを返すことは、何より優先される。


胸が痛み呼吸が苦しくなろうと、どれだけ後ろ髪を引かれ、後で後悔することになろうと….もう二度と間違えるわけにはいかねえんだ。


だから、オレは前に進むべきだ。

なんだが……

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