第九十七話(その2の16~17の途中まで)
オレは、急いで準備を整えた。
納屋を総ざらいして手持ちの武具、弾薬、漁具、秘伝の海図、とにかくありとあらゆる使えそうなモノをかき集めたんだ。
その目的は、言うまでもなく仇討ち。
あの黄金の鯱をブチ殺すためだ。
これまで何十年もヤツを殺すことに成功した者は誰もいないとか、大船団による漁も何度となく失敗してきたとか、最新の火器と大勢の人員と最高の漁師を動員しても、討伐の試みは全て失敗してきたとか、果ては、物価の目安にさえなってきたヤツの懸賞金も、先日、ついに取り下げられることになったとか…そんなことはどうでもいいんだ。
出来るか出来ないかとか、意味があるかどうかとか関係無い。
オレはただ、義務を果たす。
今度こそ、本当にやるべきことをしっかりやる、というだけの話だ。
だからオレは、出来るだけの準備を整えて、迷わず納屋を飛び出してーー
※
「もう、やめにしませんか?」
そこで私は、回想を遮った。
私は、ラムはもう嫌だった。
何もかもが嫌だった。
「テツモリさんは、この後も、結局『主』を倒せなかったじゃないですか!
大切な人がいなくなって、もう二度と取り戻せなくて…そして…そして、その人のために何かしようとしても、結局失敗してしまう!
そんな悲しい事実を再確認して、それが、一体何になるんですか!?」
それが、ただの八つ当たりに過ぎないことは分かっていた。
それでも、そう言わずにはいられなかったのだ。
どんなヒトも必ず死ぬし、どのようなヒトの試みも、その大半は必ず失敗する。
もう、そのことは身に染みて分かっていたから…私はもうとっくに、こんな誰かの悲しい過去になんて、付き合っていたくなくなっていたのだ。
ただ、問題があった。
相変わらず、ここからの出方が分からないのだ。
そもそも、このテツモリさんの“記憶の泡”に触れたのも、このよく分からない“夢”から出る方法を求めたからだったというのに…肝心の脱出方法については、未だに何の手がかりも得られていないのだ。
まあ、成果というか、分かったこともいくつかある。
まず、意識の戻し方だ。
これは、自分の身体を、何より心臓を意識することで戻ることが出来る。
それに、ここがどういうところなのか、それ自体は未だによくわからないが…確信出来ることもある。
この、周りにあるのは、『記憶』あるいは『思い出』と呼ばれる何かであることだけは、間違いない。
そしてそれらは、いわゆる『精神』とか『魂』に分類されるものだ。
つまり、本来それらには、形も実体も無い。
触れたり、食べたり出来るようなモノではないのだ。
文字通り、つかみどころが無い幻影のような存在ではあるが…それならそれでやりようはある。
それらがふわふわした幻影だというなら、その真逆の存在、確固とした実体で押しのけてしまえば良いのだ。
例えば、この世界に唯一無二の器官である私の『心臓』とかで。
まあ、実をいうと、こうした理屈を思いついたのは、つい今しがたのことに過ぎなかったのだけれど。
私自身は、単にあまりに回想に苦しさを感じて…とっさに胸を抑えただけだ。
そうしたら、突然、やけに強い鼓動を感じて…気付いたら幻影が、回想が動きを止めていた。
どうも、それでもまだ“泡”の外にも元の世界にも戻れてはいないようではあるが…なんにせよ、事態に干渉することが出来たのは事実だ。
私の意志で、自由になる物事が出来たことに安堵する。
まだ、本質的な問題は一切解決してはいないが、これはこれで進歩ではある。
少なくとも、ヒント、取っ掛かりらしきものはつかむことが出来た。
後は、それを押し広げ、もっと『上』へ、より『本質』に近いところへ近づいていくだけだ。
例えば、それはこんなふうに。
私は、自分の身体を強く意識する。
『心臓』の鼓動を感じた後、気付けば身体全体に存在する確かな実感が戻ってきていた。
これは、『回想』を追体験しているときの、他人の身体感覚ではない。
まぎれもない私自身の身体が在る、という実感だ。
私の『心臓』は、まだ料理されていないのだから、『心臓』があれば、残りの身体全体が存在するのは、疑いようのないことだ。
しかも、鼓動があるのなら、身体が生きており、身体が生きているなら、生きた私がここに在るのもまた、自明の理だと言える。
なんだか、妙に理屈っぽくなってしまったが…このよく分からない空間では、こんな当たり前のことすら、実証しなければ感じられないのだから、仕方がない。
要は何か、確固としたものを実感することこそが、ここで物事を『支配』あるいは、『制御』するための(今のところ)唯一の方法だということだ。
そこから推測するに、次に私がやるべきことは…
「テツモリさーん!」
こうして、叫ぶことだ。
…我ながら、馬鹿みたいに幼稚な言動になってしまったが、順序としてはこれで間違いないはず。
『心臓』の鼓動から身体が実感出来たのだから、次はその身体から放てる何か、つまりは声や言葉でもって、身体の外側へ呼びかければいいのだ。
そうすれば、おそらく……
「なんだー?」
"記憶の泡"と会話だって出来るはずなのだ!
良し!
後は……
「お願いです。
ここから出してくださーい!」
こうやって頼めば万事解決…
「ダメだ」
しなかった。
なぜだ!?




