第九十六話(その2の16の途中まで)
眼帯ジジイとの関係についても、ロクな話が無いが、たいがいはただの出まかせだ。
ヤツが可愛がっているひ孫を手ひどい拷問にかけたとか、指を切って送りつけたとかいう話がまことしやかに広まっちゃあいるが…もちろん、そんなことやるわけがない。
ただまあ、ひ孫くんには、ちょっとばかり火薬臭いタルの上で遊んでいてもらったことはあるな。
タルの中の火薬はしけっていたゴミだったし、なぜか公式の台帳からは消えていた代物だったから、これはむしろ有効活用だと言って欲しい。
なにしろ、どこかの誰かさんたちが小舟相手に遊んでいた残りだからな。
ちゃんと使い切らなきゃ、もったいないだろう。
まあ、そのせいで親族中から説教されるわ、ナギサには一か月も口をきいてもらえないわ、結構大変だったんだがな…それはオレの自業自得か。
そもそも、アイツの葬式以来、『長老衆』もさすがに手荒い真似は避けるようになってきたしな。
今じゃ、わりと無害な存在だ。
アイツの人脈が世界規模だったせいで、利害関係者の数が増えまくったのが、ジジイどもには手に負えなかったんだろう。
しょせんは、四方の海で一番貧しい…貧しかった田舎の、それも時代に置いていかれた統治機構に過ぎないんだ。
関わるヤツらが強力だったり、状況が複雑になりすぎてお手上げになるのも無理はない。
結局、普段はああして孫たちを可愛がっている、どこにでもいるジジイの集まりに過ぎないんだし。
…オレが最初からそれを分かっていれば、最新の調理器具や美食の力で押し切ろうとするんじゃなくて、ちゃんと相手を理解して打ち解けようとしていれば…何か違ったのかなぁ…?
いや、今更そんなことを思いついたところで、完全に後の祭りだな。
ともかく、『北』の争いは、そんな感じで大体片付いていた。
ああ、断言しよう。
【北海】は平和になった。
そうだ。
それは、アイツの遺産のおかげだった。
何もかも、オレの命の恩人になったあのハシバミの、そのおかげだったのだ……
けれど、なんともたまらないのは、アイツの形見らしい形見は、何一つとして残らなかったことだ。
ハシバミは、ことあるごとに私財を投じて地域の産業を活性化させていたから、形見と呼べるような貴重品なんかは、全く手元に置かなかったんだろう。
妙に欲が無いヤツでもあったしな……
だから、アイツに遺産があるとしたら、それはこの『北』の平和ということになるのだろう。
葬式からしばらくの間、オレは、柄にもなくそんなことを考えて感傷にひたっていた。
そう思っていたんだ。
あの噂を聞くまでは……
※
オレが、再びハシバミのことを強く意識せざるを得なくなったのは、ある噂を聞いたことがきっかけだ。
その風説に曰く、【北辺海】には黄金のウロコを持った主がいて…しかもソイツの身体には、一本の小刀が刺さっている、と。
その話には、覚えがあった。
あの日を境に、オレが持っていた真新しい小刀がどこかへなくなっていたのだ。
そう、それはちょうど、【主】に襲われたオレが、ハシバミに突き飛ばされた、あの時からだった……
オレは、飛び上がって喜んだ。
あの事件以来、一番に喜べたと言っても過言じゃない。
なんせ、どこにも見つからなかったはずの形見が、思わぬところから見つかったんだ。
そして、それと同時にオレの中にふくれ上がったのは、これまでのうっぷんを焚き木にしたかのような、怒りの炎だった。
オレはこれまで何をやっていた?
それは、自責の念であり、やり場のない怒りの噴出だった。
だって、これまでオレは、のほほんと日々を過ごしていただけだったからだ。
そりゃあ、小競り合いやちょっとした『北』の危機や、それらを大戦に繋げないための交渉や、あと漁とかは確かに多かったが…だからといってそれがオレの中で優先順位一番かというと、それは断じて違う話だ。
オレは、あれだけ明白にダチを目の前で殺されていて、それでこんなに長い間、復讐も何もせずに過ごしてきた。
そのことが何より情けなくて…悔しいんだ。
アイツが目の前で死んだことで茫然としていたとか、『世界大戦』の危機だったとか、そんなことは言い訳にならない。
義務は義務、やるべきことをやらないなんて、あり得ない話だ。
仇討ちと恩返しは、【北海】の漁師にとって、いや男にとって何より大事な不文律だというのに…オレはその両方の義務を知りながら、どちらも全く果たそうとしなかった。
そんなことが、あっていいはずがない!




