第九十五話(その2の15~16の途中まで)
「敵の船がひとりでに壊れただと!?
支払いをケチって、不良品をつかまされたか!?」
「いえ、違います!
あれは!」
そう、それは決して不良品ゆえの自壊なんかじゃなかった。
宙に舞う木片、大きな波飛沫の中に確かにきらめいたのは…黄金の光!
異世界ならまだしも、この世界の船が、役立たずの黄金なんかを積んでいるワケがない。
ならば、あの輝きの正体は一つしか無いだろう。
それは北方の、あらゆる船乗りたちの悪夢の具現。
イタズラする悪ガキへの説教に、邪神ルウテトと同じくらい出てくる恐怖の怪物。
それは、つまり……
「来や…がった…!北辺…海の…主が…!」
「そんな!
ここは来ないルートのはずじゃなかったんですか!?」
その疑問は、確かにもっともだ。
だが…
「限度があったんだよ!
あそこまでドカドカ大砲を撃ちゃあ、ここらをナワバリにする『主』が怒るのも無理ねえだろ!
もう安全地帯なんかねえんだ!
逃げるしかねえ!」
とはいえ、あの猛烈な速さから逃げ切れる船など、あるわけがない。
黄金の背びれが、どんな高速船より速く海を切り裂き、こちらへ迫り来る。
オレも全力で漕いじゃあいるが、とうてい間に合わない。
あまりにも速度が違いすぎる。
次の瞬間、オレが目撃したのは、目の前に迫った黄金の壁だった。
そしてそれは、すぐにオレの小刀より遥かにデカい牙の列に変わる。
今度こそ、オレの命運は尽きようとしていた。
…その次に起きた出来事については、実を言うと正確には覚えちゃいない。
幻燈や後で見た活動写真のように…『ストップモーション』って言うのか?
それはまるで、写真を連続で撮って、だが間の何枚かを無くしちまったようだ。
始まりと結末だけが残り、その過程がどこかへすっ飛んじまった。
今はただ、切れ切れの瞬間だけが、印象的に脳みそに焼き付いていやがる。
あの時からずっと…そう、それはずっと変わらない。
覚えているのは、巨大な牙、全てを覆い隠す水しぶき。
そして、そして…強く突き飛ばされた記憶、それだけだ。
そう、あの時オレは助かった。
助かった…?
まあ、確かに命はとりとめた。
だが、それと引き換えにオレは…大切なものを失っちまったんだ。
世界にただ一人しかいない…いなかった親友を。
我に返ったオレは、なんとかびっくり返った小舟の上にはい上がったが、そこで見たものは…一面、赤く染まった海だけだった。
その後、駆けつけた『商会』の船が大規模な捜索を行なったし、オレ自身、何度も探したが……それ以上、何も見つかることは無かった。
ハシバミは、もうこの世のどこにも…いなかったんだ。
そして結局、『世界大戦』は起こらなかった。
それはきっと、アイツのおかげに違いない。
なにしろ、ハシバミにはあちこちにコネや貸しがあったからな。
その商売は、あまりのお人よしでかえって損していたところもあったが…こうして後から振り返ると、それはそれで役に立ってもいたんだろう。
気づけば、各地の有力者はみんなアイツの知り合いになっていた。
それこそ、葬式の客だけで国際会議が開けたほどにな。
まあ、そうしたメンツを相手に、言いくるめて無理矢理話し合いをさせたり、色々ぶちまけたり、あちこちに明白に協力を求めたりしたのは、オレではあるんだが。
結果として、分かりやすい成果こそは出なかった。
だがまあ、互いに相手の気性や腹のうちがある程度分かったおかげで、すぐさま大戦争、というような結果だけは避けられたわけだ。
上等な酒樽や在庫の珍味や調味料が残らず空になったり、通夜振る舞いでなぜか参加者がみんな酔い潰れたり、懐がさみしくなるヤツらが続出したりもしたが…まあ、少なくとも戦争じゃあない。
『商会』も変わった。
略称こそ以前と同じだが、小さな組織に無数に分裂して、それぞれ『北方盟王』様の認可を受けて活動する形になっている。
当然、東西からの政治的な干渉は、今も続いてはいるだろうが……
あまりに組織が多いのと、それぞれの派閥が複雑に争ったり結びついたりしたせいで、かえって全体的には平和になっているようだ。
まあ、そうなる前には何度か危ない衝突もあったし、実を言うと、あわや戦争になりかけたこともあった。
が、まあ、それも『防衛隊』やオレのちょっとした小細工で、なんとかなる程度の事件に過ぎなかった。
巷じゃ、オレは“泳いで敵船に乗り込んで百人ブッ殺した”とか言われたりもしてるらしいが、もちろん真実は違う。
せいぜい、ニ、三十人くらいだ。
そしてそんなのは、北の海をめぐる大きな争いや対立や駆け引きの、そのほんの一部に過ぎない数でしかない。




