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第九十一話(その2の12~13の途中まで)

気づけば、いつの間にか攻守が逆転していた。

追い詰められたオレは、ぼそぼそとつぶやくように答えるしかない。


「それは…けど、オレはいつ死ぬか分からねえし…」


「よりによって、そんな理由ですか。


それでよく、ボクに恋人のところへ逃げろだとか、結婚しろだとか、どこかへ婿むこ入りして偉くなれだとか言えたもんですねぇー

全く、あきれを通り越して、驚きですよ」


「…面目ない」


思わずオレは謝罪したが、しかしハシバミの機嫌は一向に直らず……


「なにそこで謝ってるんですか!

それが自分で決めた道なら、謝ったりしないで、自信をもって貫いて下さいよ!

それがいつも偉そうに言ってる『北海の漁師』なんじゃないんですか?」


正論で攻められて、一言も反論出来ない。


「オレは、情けないヤツだよ。

お前に怒られるのも当然…ぐげっ!」


また殴られる。

それからまた更に何度か殴られて、そして親友は、吐き捨てるような口調で叫んだんだ。


「そうじゃあないでしょう!

貴方は!

もっと強くて!

しっかりしていて、いつもみんなのリーダーで!

どんな問題も解決してみせて!

貴方と一緒なら、どんな夢も叶えることができると思わせてくれて!

それで…それで…」


そこで、アイツは、黙らざるを得なくなった。

涙と鼻水が出過ぎて、それらを始末しなければならなくなったからだ。


そして、アイツは言ったんだ。


この、みじめなオレに向かって、アイツは確かにこう言った。


「貴方のことが、子供の頃からずっとずっと憧れでした!」



気づけば、太陽は、薄曇りの空のどこかへ姿を隠していた。

波はやや荒く、風は身を切るように冷たい。


当然だ。

ここからほんの少し先へ行けば、そこはもう死の海なのだから。


この先は、人間の領域である【北海】と危険海域【北辺海】のさかい目、狭間はざまの海。


そこには、一艘いっそうの小舟が、浮かんでいた。

だがしかし、これは完全な自殺行為だった。


こんなところに小さな舟で侵入するなんて、死にに来ることに等しい。


ここは、この辺りで一番危険な海なのだから。


少しでも冷静で正気な者であれば、全速力でより安全な場所へと逃げ込むことであろう。

それほど、ここは危うい領域なのだ。


だが、この小舟に乗り込んでいるヒトビトは、どうやら、あまり冷静ではないようだった。


息は荒く、体勢もどう見ても舟を操るには向いていない。


おまけにそのうちの一名は、どうやらあまり正気でも無いようであった。


親友の二人を乗せて、小舟が一艘いっそう波間を漂っている。

それは、死の淵、狭間の海での出来事だった……



私は、『羊少女』のラム・スケープシープ・ヤミーミートは、そんなときもただ、その場の空気となって二人を見ていた。


ただ、見ていることしか出来なかった。

これは、記憶の再現、いわば過去の世界なのだから。

過去は、決して変えることが出来ない。


私と母様の記憶が、そうであったように。

母様が一人でいってしまったことを、変えることが出来なかったように。


喪失の記憶が残すのは、ただ悲しみと痛み。

そして、どうしようもないやるせなさだけだ。

あの、テツモリさんの“残響”とやらが何を思って私にこの光景を見せているのかは分からないが……

それもたぶん、いや絶対、やるせなさだけを残して終わるはずだ。


だって、私はこの先の未来を、『今』のテツモリさんが、何を目標としていたかを知っているのだ。


だから、これは悲劇を約束された物語、必ず行き止まりへとたどり着く一本道。


…そんなものを見続けることに、何の意味があるのだろうか?


それは、確かに私とテツモリのお爺さんは似ているかもしれない。

どちらも大陸の北方辺境の出身で、地方ではそれなりのお金持ちの子供だ。


そして、どちらもちょっとばかり自惚うぬぼれやすくて、けれど親にあこがれていて、彼女たちを真似た生き方をしようともしていた。


まあ、それは分かる。


そういう意味で言えば、あの『牛人』のガドさんも、また私に似ていた。

それも確かだ。

私には、彼のように暴れ回る力は皆無だが、もしそれがあったら、今頃あんなふうに死んでいてもおかしくはない。


私たちの家のような名家や旧家は、誰が見ても恵まれた環境だ。

そこに生まれれば、まず食べるのに困ることはないし、暮らしに不自由は無い。

教育を受けることすら出来る。


しかし同時に、その環境は束縛でもあるのだ。


なにしろ、そうした親世代からの恵みは、彼女たちが果たしてきた義務や、になってきた社会的役割の対価でもあるのだから。


そうした、環境からくる恵みと義務の影響という意味では、確かに私たちは皆そっくりだ。


だが、それでもやはり私には、こうした記憶から学べることなど、何も無いように思えてならない。


ガドさんの死は、もう一人の自分を見ているようで悲しかったけれど…だからといって、それを見たおかげで、私が何か変わったわけでもない。


むしろ逆に、死にたい気持ちが強まったくらいだ。


ガドさんの自暴自棄な振る舞いにしても、私には“悪い見本”というより、いずれたどり着くであろう“将来”にしか思えなかった。


しかし、たとえそれが“良い見本”つまりあの時テツモリさんと和解して、社会的に成功を収めた記憶であったとしても、参考にならない程度では大して変わらなかった気もする。


所詮しょせんは、他人の人生。

父さまに、山ほど押し付けられた漫画と同じ。


私の人生は、私固有の条件から成り立っているものでしかなく、それを生きているのも、この世に私、ただ一人だけ。


だから…


――「お前の手でつかめ、だってお前の人生なんだからな」


うっ…今ちょっと、何か嫌なことを思い出しそうになったような…


とにかく、こんなこと徹底的に無意味だ!

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