第八十五話(その2の7~8の途中まで)
「しかし、『商会』が多くの製品を開発したおかげで、北方は豊かになった!
塩や昆布、海でとれるものも、前より割の良い取り引きが出来るようになったはずだ!」
「だが、『メクセトの十字路』ばかりは、まかりならん!
祖先の屈辱を忘れたか?
いくら海の防備を固めたところで、アレに後ろを衝かれれば、一巻の終わりだぞ!」
まあ、それはそうかもな。
この北方がメクセトに征服されたのも、『メクセトの十字路』を通じての侵攻が主な原因だとされているくらいだしなぁ……
このままなら、これまでと同じく会議は堂々巡りに終わるはずだった。
だが今回は、これまでとは一味違った。
そこへ、一際低い声があがったんだ。
「殺さねば…」
ギョッとした。
それは、周りの皆も同じだったようで、半分くらいは傍目からも分かるくらい驚いている。
…いやちょっと待て。
半分くらい?
改めてしっかりと観察し直せば、今度ははっきりと分かった。
残りの半分は、うなずいていやがるんだ…!
なんでだよ!
声を上げたのは、『長老衆』の中でも強硬派として知られるジジイだ。
ジジイは、昔いくつかのいざこざで名を上げた重鎮で、その発言力は強い。
どうやらヤツは、少なくとも『長老衆』の半分を味方につけているようだ。
ヤツは言う。
「『商会』の若造が、いくら領主様の覚えがめでたいと言っても、『メクセトの十字路』を復活させるとなれば、話は別。
なんとしても其奴を取り除き、この北方の平和を守らねばならん」
「し、しかし、いくらなんでも殺すなんて…」
「では、ワシらが殺されるまで座して待てというのか?
あの傲慢な東西の連中に、この北方の女子供が全て嬲られるまで、媚びた笑みを浮かべながら縮こまっていろと?」
「そ、そんなことは…」
「いいや、そうに違いない!
お前らも、あのハシバミとかいう『商会』の若造と同じだ!
新しい食い物、便利な道具、そんな目先の得に釣られて、この北方を売り渡そうとしているのだ!」
そう、最近の話題の中心は、よりによってあのハシバミだった。
アイツは、“正当な取り引き”を突き詰めたあげく、このあたりの取り引き一切を仕切る『北方商会』なんてもののトップになっちまったんだ。
あの事件以来、“凶悪な牛人殺し”として変に名が売れちまったのも悪かったんだろうなぁ……
まあその辺、オレもヒトのことは言えないわけなんだが。
「だ、だが、ハシバミくんはもはや我らの同胞だ!
それを殺すなんて…」
「大国の誘惑に負け、故郷を売り渡す者は、皆、殺すべき敵でしかない。
お前らは、そうは思わんのか?」
その言葉と共に、ジジイは、かつての名誉の負傷である眼帯を見せびらかすように、周囲をにらみつけた。
ヤツの眼は失われた傷跡、過去の痛みと栄光を代理する無間の空虚だ。
闇と目を合わせることは、誰にも出来ない。
だから、この眼帯ジジイは無敵なんだ……
だがオレは、それでもヤツを強くにらみ返してやった。
闇がなんだ。
そんなものは、飽きるほど見た。
あの夏の薄暗い小屋には、闇も死も傷跡も、行き場の無い絶望だってたっぷりとあったんだ!
そして、オレは吠えた。
こうなっちゃ、もう掟もクソもねえ!
ダチの命がかかってるんだぞ!
「勝手なこと言ってんじゃねえ!そんなの、テメェの地位を守りたいだけの、ただの詭弁じゃ…!」
言葉の途中で、誰かに手をつかまれる。
振り向くと、それはよく知っている身内だった。
というか、この場におけるオレの身元保証人だった。
「ジイちゃん…!」
「やめとけ」
「でも…!」
オレのジイちゃんが、首をしゃくって辺りを示す。
そこには、たくさんの人の目がある。
目、目、目、その全てが冷たく光りオレたちの動向をうかがっている。
それを背後に背負い、ジイちゃんは静かに首を振った。
だが、ジイちゃんは小声で、そして優しい口調でささやいた。
「テツよ、少しワシに任せてはくれんか?」
「…ジイちゃんには、何か考えがあるのか?」
「ああ、やってみる価値はある」
「どうした?まさか我ら村の仲間より、『商会』の欲張りどもの方を優先するというのか…?」
そこで、ジイちゃんの反撃が始まった。
「あまりに一方的ではないでしょうか?」
「どういう意味だ?」
ええい、もどかしい!
だが、ジイちゃんは、暴れ出しそうなオレを抑えて前に出る。
そこで、祖父ちゃんは、こう言ってやったんだ。
「どうだろうか?ここはひとつ、料理勝負をしてみるというのは」