第八十四話(その2の7の途中まで)
「だ、だが、『長老衆』には領主様に請願をする権利がある!
このような無体な所業、たとえ領主様と言えど限度というものがある!」
と、言うように、『長老衆』も一方的に服従するばかりの集団じゃない。
限定的じゃああるが、抵抗する余地は十分に残されているんだ。
そもそも『長老衆』は、古代のメクセト戦役時代に制度が整えられた村々を取りまとめる組織で、言ってみれば準・軍事組織だ。
戦時になれば、物資を、そして兵力を領主様に供出し、不穏な動きが無いように領主様に代わって村々を統治する。
それが、本来の役割なんだな。
そして同時に、逆に戦時以外では相当な自由と裁量が許されているのが『長老衆』でもあるんだよ。
普段から締め付けてちゃ、いざという時に不満が爆発するからな。
それに『長老』はその名の通り歳で選ばれるから、歳上を敬う田舎じゃ、領主様より立場が上になりがちということもある。
だから、本来なら『長老衆』が否と言えば、工場建設なんて不可能なはずなんだ。
なんだが……
だがまあ、今はちょっと事情が違う。
特大の番狂わせ、無視出来ない要素が出てきちまったからだ。
よりによってソイツは、オレのよく知っているヤツだった……
「ですが、最近の国際情勢を考えれば、今工場を作らないのは、この北方を危機に陥れるだけですぞ!
どこもメクセトの技術を再発見している以上、より価値のある商品の開発をしなければ、いずれこの北方は東西どちらかの支配下におかれてしまう!」
「し、しかし…」
「しかしも何もありません!
より高度な食品を作るにも、そして軍艦などの兵器を作るにも、工場の建設は不可欠です!
貴方がたは、古ぼけた戒めにこだわることで、この北方全体を危機に晒しているのですぞ!」
「そ、それは…」
と、まあこんな感じだ。
そういや、昔はオレも戦争なんて起こるはずないと思い込んでいたが、海上交易のことをすっかり見落としてたんだよなぁ…
まあ、ここは北方でも最果ての地だ。
最近まで、こんな極北まで来るのは、命知らずの『周航船』ぐらいしかなかったのも、また事実。
その船の別名を『海の棺桶』と呼ぶ。
奴隷や借財持ちを使って無理矢理世界を一周するような、積み込む荷より海に捨てる死人の方が多いと言われるアレだな。
それもこれも、この北方がやたらと寒いからだ。
南方の住人は、この寒さに耐えられないから、大きな交易なんかは、こんな北の果てにはあんまり無かったんだな。
そして軍艦の侵攻も、ほぼ皆無だった。
けれど、今では違う。
なぜなら……
「もはや【北海】は、我々北の民だけの航路ではありませぬ!
東西の大国の成立!
そして工業の復興!
おまけに『商会』が『砕氷船』を運航させたせいで、次々と大きな船が航行するようになっております!
この時代に、工場を作って工業をさせないのは、自ら滅びを選ぶことでしかありませぬぞ!」
「くっ、ぐぬぬぬぬ…」
いやぁ、大変だねぇ。
え?
なに他人事みたいな顔してる?
オレは、何も発言しないのかって?
残念ながら、こういった集会じゃオレには発言権が無いんだよ。
『長老衆』は、異世界で言うところの『年功序列』的な組織だからな。
毎日、同じような日しかやって来ないような不変の時代なら、こんな仕組みでも良かったんだろうけどな……
ただ今は、時代自体が移り変わってきているときだ。
『長老衆』も一応、そういった変化に対応しようとはしている。
その結果が、この結論が出ない会合の繰り返しであり…発言権も無いオレが、それでもここにいる理由だな。
ざっくり言うと、ここでのオレは、新時代に対応できない『長老衆』のハク付け、狛犬とか魚拓の掛け軸みたいなもんだ…たぶん。
爺さまたちは、ちょっと色々やって評判が良くなったオレを呼び出したは良いが、まさかこんな若いのを『長老衆』に入れるわけにもいかず、持て余してるんだよ。
これだけ古い組織だと、細かいところを“改築”して微修正するぐらいは出来ても、大きな変化には対応出来ないみてえだなぁ……
まさか、マンガや本で読んだような展開に実際に巻き込まれる日が来るとは……やれやれだ。
大人になるのが、こんな無意味な集まりに出続けることなら、大人になんかなりたくなかったぜ。
「それだけではないのじゃ!
『商会』こそは、真の北方の敵!
ヤツらは、『メクセトの十字路』まで復活させようとしておるのじゃよ!」
お、これは新しいニュースだな。
オレも初耳だ。
この『メクセトの十字路』っていうのは、この【食卓界】を貫通していた古代の大道だったはずだ。
メクセトが侵攻したルートであり、ヤツが大陸中央を押さえた大きな理由でもある。
そこを『商会』が復活させるか。
それは確かに一大事だなぁ。
交易に使える大きな街道は、そのまま軍隊や兵器を運べる進撃路でもある。
アイツはそのあたりに気づいているのか、いないのか…まあアイツだし、気づいてないんだろうなぁ、絶対。