第八十一話(その2の5の途中まで)
「そんな、そんなごまかしに誰が釣られるか!
俺様はもう二度と、【猿人】などに利用されたりはしない!
アイツを、ハシバミを呼び戻せ!
まだ間に合うはずだ!
叫べ、大声を出せ!
戦車を取り戻したら、改めてお前らを皆殺しにしてやる!」
「ぐっ!」
またエリをつかまれて、持ち上げられちまった。
コイツも、いいかげん学ばねえなぁ!
「来るわけねえ。
アイツはケンカに弱い。
やっとアンタから逃げ切れたんだ。
もうどこかで一休みしてるさ」
「なら、それでも良い。
代わりにお前で憂さを晴らしてやる!
昔の武将みたいに、お前の肉を食っても良い!」
「そんな、ことしても…なんに…も…」
ならねえよ、と言おうとしたんだが…もう声が出なかった。
意識が、遠のく…
今度こそ、これで終わりか…?
最後ってのは、あっけないもんだなぁ。
暗くなった視界に、今まで食ってきた、オレが殺してきたたくさんの生き物の姿が浮かぶ。
まあ、【北辺海】で採れるもの以外は、たいてい料理の勉強のために持ってこられたものばかりだ。
そっちは、最初から干物や塩漬けだったから、生きていたときにどんな姿だったかは、料理本や図鑑やマンガから想像したものでしかない。
近所で手に入らないような食材を使った料理を学ぶには、そうした保存食に頼るしかなかったわけだ。
いくら北方が氷の産地といっても、小さな漁村のガキ一人のために使える量なんて、たかが知れてるしなぁ。
だが…どうしても、好きになれなかったな、そういうの。
だから、こうして最後にまぶたに浮かぶのは、
【北辺海】の生き物が圧倒的に多い。
チクショウ、やっぱりもっと料理の勉強をしておくべきだったかな…?
しかし、死ぬ前に考えるのが、これから行くかもしれないあの世のことでも、残してきてしまった仲間のことじゃなく、来るはずのない未来のことだなんて…オレってヤツは、どうにもしようがないろくでなしだな。
けどまあ、もうそんな性根を直せる見込みも、完全に無くなったわけだ。
それはまあ仕方ない、と開き直ってオレは闇を見つめた。
最後の最後に見えるものが、どうか大好物の故郷の魚であるように。
ただそれだけが、望みだった。
…だか、オレの望みは、どうにも叶わないらしい。
オレは闇の中、何かに全身を強く殴られた。
さらに、轟音が耳を叩く。
うるさい。
おまけに、なんだかまた宙を浮くような感じまでしてきやがった。
あれ?
海底の地獄じゃなくて、こっちなのか?
てっきり、オレが死ぬときは、沈んで行くものだとばかり思っていたんだが。
いや待て…【北辺海】の浄土も海の彼方だし、これはもしかしてどっちでもないのか?
誰かの顔が見える。
背後から光に照らされていて、よく見えないが……
まさか、コレが話に聞く三角な邪神のペレ… いや、これどう見ても違うな!
ただの【猿人】(さるびと)のガキじゃねえか!
そこで、オレの目に見えてきたのは、また意外な人物だった。
ナギサならまだしも、最後にお前の顔を見ることになるとはな……
真昼の太陽を頭上にいただき、大きな石を抱えて半ベソでたたずむ変なヤツ。
それは間違いなく、無事に逃げのびたはずのアイツだった。
気づけば、空が広い。
もう小屋の中じゃないのか?
一体どうなった?
とりあえず、今一番気になっていることを聞いてみる。
「ガドは…ガドはどうなった?」
それを聞いたハシバミは、よりベソをかいて…遠くの方、オレの左手側を指差した。
そこにヤツはいた。
ガレキに埋もれ、今にも死にそうな様子で。
その周囲には柵のように火が巡り、うずくまるその姿勢は、足が折れた馬を連想させていた……
「おい、何してるんだ!
早くヤツをたす…」
叫んでいる途中なのに、さえぎられる。
見れば、ハシバミが黙って首を振る。
また気づけば、みんなもその回りにいる。
そこに集まっていないのは、ただ一人だけだ。
崩れかけの小屋の残骸の下にいるーーただ一人の牛男だけ。
「あ!アイツまだ生きていやすぜ!
こっちへ進んで来る!」
そう、その男は、もがきながらも前へと進んでいた。
あともう少しだった。
もう少しで、男は残骸を乗り越え、こちらへたどり着く。
そのように見えた。
だが…
「ダメだ!あれじゃ無理だ!」
だが、そうはならなかった。
まず、戦車が邪魔だった。
暴走の末、横になってヤツのそばに倒れるソレは、もはやただの障害物でしかなかった。
更に、何かが男の足にからみついて、その動きを邪魔していた。
そちらの方は燃え盛る火のせいでよくは見えなかったが…未だに大量のハエが飛び交っていることだけは、よく分かった。
そしてトドメに、男はどうやら目が見えないようだった。
額から流れ続ける血のせいだろう。
これまたいつの間にか、男の角は折れていた。
何かあるいは誰かが、強烈な一撃をヤツに与えたんだ。
それが何者かは、目の前の空気が読めない仲間の手を見れば、一目で分かった。
失われた角のカケラは、そこにあったのだから。
けれど、それでもまだ、男が助かる可能性はあるように思えた。
アイツは不死身の生命力と頑丈な身体を誇っている。
少々の火で、そう簡単にあの牛男を葬れるわけがない。




