第八話(5の途中まで)
「さっきのことを思い出してくれ。その【コルセスカ】は、硬いものを斬るのに向いてない。もし、その包丁で硬い魔獣を斬りつければ、今度こそアンタの身体は氷漬けになってしまう。」
「構うものか!私は料理人としての腕を…」
そこへ漁師の孫娘が口を挟む。
「その腕が無くなっちまうと言ってるんだよ!ここでお前が自殺しても、全員道連れになるだけだ!何の意味もねえんだよ!」
「だ、だが…」
「安心しろ。あの【主】は、アタシが囮になって島から遠ざけてやる」
「何!?」
島中の人間の注目を集めたイサナは、静かに言い放った。
「あの【主】が、仲間を殺されて怒ってるなら、その仲間の匂いには反応するはずだ。アタシがさっきの【オルカ】の刺し身をばら撒けば、必ずアタシを追ってくる!」
「待て、イサナ!その役割はワシが…グホッゲホッ!」
老漁師はそのイサナを止めようとしたが、咳き込んでしまった。
堪えきれずしゃがみこむ祖父を介抱するイサナ。
「お祖父ちゃんはここで休んでて!もう何年も前から病気なんでしょ!さっきので無理しすぎたんだよ!」
「ありがとうイサナ。だが、だが、ワシはお前まで亡くしたくはない…!」
「そういうことなら、オレの出番だな」
ここで祖父と孫の会話に割り込んだのは、異世界人、橋本八助であった。
「八助様!」
「”包丁王”のおっさんは片腕だし【コルセスカ】での解体は出来ない。漁師の爺さんもイサナもダメ。商人のおっさんは…どうせ危険な目にはあいたくないんだろ?」
「もちろんだ!私は大事な身体なのだからな!この島で作った大損を取り返すまでは、死んでも死にきれんわ!」
「なら決まりだ。オレはどうせ異世界人。この世界には親も親戚もいやしない。誰かが危険な目にあわなきゃいけないってんなら、それはオレの役目だ」
八助は、【オルカ】の刺し身と骨を持って、小舟に乗り込もうとした。
食材捕獲のために技術が磨かれたこの世界の舟は高性能なので、八助の見よう見まねの運転でもある程度は速度を出せるはずだ。
だが、そこへ更に割り込む者がいた。
「待って下さい八助様!」
「ラムか。お前は、島でお前は島で待ってろ。お前にも、故郷にお祖父さんがいるはずだ。それに、【羊人】は海に向いてない。その毛が海水のしぶきを吸っちまうからな。もし海に落ちたら、絶対助からねえぞ!」
八助は、にべもなく追い払おうとしたが、羊少女は食い下がる。
「いいえ待ちません!ラムは八助様の所有物です!ラムは、調理され美味しく食べられるために産まれてきました!八助様以外に、誰がラムを美味しく調理出来るというのですか!」
「だから、今ではもう【羊人】にそんな洗脳教育を信じているヤツは誰もいねえよ。そう教えていた領主はオレが倒して改心させたし、そんな考えに未だにしがみついているのはお前だけだ、ラム」
額に手を当てながら八助が嘆く。
「でも、それでも私にはその生き方しか…!」
ラムの返答によって、場の空気がさらに険悪になった。
そこで八助がまた口を開き、決定的な断絶の言葉を述べようとした。
ちょうどその時、そんな場面に、またまた割り込む者が現れる。
またもや場の状況から離れ、一人宙で事態を静観していた男。
言わずと知れたもう一人の料理人、邪苦である。
「解決手段が自己犠牲による囮しか思いつかんか。やれやれ、まだまだだな」
「じゃあ、お前には何か手があるっていうのか?」
すかさず詰問する八助に対し、”神を食った料理人”は堂々と返答した。
「もちろんあるとも。この私がアレを料理すれば済むことだ。この邪苦がな!」
「なにを言う。伝説の【コルセスカ】でも、あの大きさに太刀打ちすることは不可能なのだぞ!貴様にアレを料理出来るわけがない!」
ブラーサームも邪苦に文句を言う。
それに対し、宙空に立つ料理人は叫ぶように答えた。
「それは貴様が【コルセスカ】を使いこなせていないだけのことだ!その節穴の眼でしっかと見るが良い!この邪苦の、真の料理人の腕前というものをな!」
高々と掲げられたその腕には、いつのまにか氷色の輝きを放つ水晶製の包丁が握られていた。
「アイツ、いつの間に!」
八助たちが驚愕の叫びを上げるのを尻目に”神を食った料理人”は、疾風のような速さで天空へと飛び去った。
目指すは一路。
北辺海最大の魔獣【北辺海の主】の解体である。