第七十八話(その2の2~3の途中まで)
「フン…いいだろう
貴様を殺してケジメとしてやる」
よし、やった!
今度こそやった……
これで示談の成立だ。
肩の荷が降りて、力が一気に抜ける。
なんだか後ろの方で「ちょ…待ちなさ…!」とか女子の声と、新手の猛獣みたいなのが暴れる騒音が、聞こえてきたが……
まあ、予想の範囲内だ。
婚約者が元気で、オレも一安心だよ。
残念ながら、オレはもうアイツと結婚することは永久に出来ないわけだが…
それでも、アイツはこれからも生き残る。
ふがいない婚約者で悪いが、これがオレに出来る精一杯だ。
じゃあなナギサ。
今度は、もっと良い婚約者を見つけろよ…!
それを声に出したら、今度こそ本当に殺されそうな気がしたので、別れの言葉は言わなかった。
これで全てが一件落着、阿呆なお坊ちゃんが死んで、みんな幸せになりましたとさ、と行きたかったところなんだが…残念ながら、オレはまたまた大事なことを忘れていたんだ。
その時、唐突に声をあげ、この示談に異議を唱えるものが現れたのだ!
いや、現れたというか、ソイツは最初からこの場にいたんだが。
「ちょっと待ってください!
納得出来ません!」
いつの間にか、というかみんなが存在を忘れていた間に、ソイツは思わぬところにいた。
ソイツは、なんとよりによって、牛野郎ご自慢の戦車にまたがり、大声を張りあげて叫んだのだ。
「そんな取引はボクが許しません!
それにそもそも、そんな取引は無効なんです!
だって、立ち会い人がいないんですから!」
言うまでもなく、こんなときにこんなことを言うヤツは、一人しかいない。
オレの村で…いいや間違いなく、この【食卓界】で一番空気を読めない男。
おい、ハシバミ!
そこは看過しとけよ!」
ハシバミだった。
しかも、
「いやです!」
オレの言うことを全く聞きゃあしねえときたもんだ。
ああ、一体どうすんだよ、この状況!
せっかく話がまとまりかけたのに、また牛野郎が肩を怒らせ始めたじゃねえか!
ただこのときも、ガドはまだハシバミを説得しようとはしていた。
「落ち着け。
もはや、その戦車を使う必要はなくなった。
いったん降りろ。
貴様がまたがっているのは、強大な兵器だ。
感情が高ぶった状態では、事故を起こすやもしれん。
無論、俺様が撤退するときには動かしてもらうが、それまでは触らずに離れていろ」
しかし、アイツはそれに耳を傾けようともしなかった。
それどころか、かえって食ってかかるくらいだったんだ。
「や、八つ当たりでヒトを殺すなんて最低だ!
あなたも、父さんと同じだ!
酒に酔って、暴力をふるってばかりいた父さんと!」
その言葉が、最悪だった。
ひたすら【猿人】(さるびと)を憎んできたガドにとって、【猿人】(さるびと)と一緒にされるということは、最大の侮辱でしかなかったんだ。
ヤツは逆上した。
その怒りぶりは、額に浮き上がる血管を残らず数えられるほどだった。
「このガキ…本当に殺されたいか!」
もちろん、オレも見かねて止めに入ったんだが……
「もういい、ハシバミ!
オレたちの…オレのことは放っておいてくれ!
どうせ、身から出たサビなんだから!」
「絶対に嫌です!」
このヤロウ、話を聞きゃあしねえ。
そして、あっちはあっちで……
「お前に何が出来る!
無力な【猿人】(さるびと)のガキ、こうして俺様が戦車の修理をさせてやらなければ、何も出来ない落ちこぼれが!
父親が父親なら、息子も息子だな!」
そりゃあ、まさに『地雷』ってやつだろうよ。
ハシバミを怒らせたいなら、それが大正解だろうが、この状況で挑発してどうするよ?
アイツは、さっきお前が危険だって言った兵器に乗ったままなんだぞ!
そしてこっちも、
「と、父さんのことは関係ない、です!
貴方こそ、偉い種族の出身だって言うんなら、どうしてもっとヒトに優しくしないんですか!
貴方のお父さんやお兄さんも、そんなふうに乱暴者で八つ当たりばっかりだったんですか?」
こうやり返す、と。
最悪だ……こりゃもう、オレに収められる限界をはるかに超えちまってるな。
スマン、みんな。
こりゃー全員、怒り狂った牛になぶり殺しにされるしかないかもしれねえ……
そして、オレのあきらめをよそに、事態は悪い方へ悪い方へと進行していって……こうなった。
「もういい…俺様の言うことを聞かないヤツは部下でもなんでもない!
所詮、【猿人】(さるびと)は、【猿人】(さるびと)!
少しでも期待した俺様が、バカだったわ!
ここで死ねぇ!」
完全にブチ切れちまったガドが、その拳を振り上げた!
やられる!
その瞬間、オレはハシバミの死を確信していた。
だって、敵うはずがないからだ。
さっきまでの戦いで明白になったように、オレらとガドの武力には、天地の開きがある。
おまけに、相手はあのハシバミだ。
アイツは同年代で一番背が低いし、その腕はどんな流木よりもなお細い。
それに、間合いも悪過ぎた。
『メクセトの戦車』は、確かにすごい兵器だが、あんな近距離じゃさすがに役に立たない。
たとえ、火炎放射器に油が満たされても同じことだ。
戦車自体が燃えないように、格闘の間合いじゃ撃てない仕組みになってるんだから。
まあ、本で読んだ話じゃ、その距離で身を守るために操縦席には、つねに予備の武器が用意されているらしいんだが……
少なくとも今のところ、アイツがそんなものを持っている様子はない。
第一、たとえあっても使えないだろうな、あの細腕じゃ。
だから、ハシバミがあっさり殺されてしまうだろうことを、誰もが疑わなかった。
たぶん、ハシバミ本人でさえも。
だが、そうでない者もいた…いや、そうでないモノもあったんだ。
ヒヒーン
それは、ハシバミのすぐ近くから放たれた声だった。




