第七十六話(その2の1の途中まで)
出来れば、すぐさま牛野郎に食ってかかりたかった。
けれど、その時のオレは、あまりに怒り狂ったため、実際にはなにも言えなかった。
痛みと疲れで、しゃべることすらおっくうだったということもある。
おそらく、あちこちにうずくまる誰もがそんな状態だった。
そのためか、小屋全体は静まり返っている。
それに気を良くしたのか、アホ牛は得意げにしゃべり続けた。
「強大な力は、選ばれし強者だけが使えれば良い!
ハシバミ、お前は脆弱なサルに過ぎんが、俺様の戦車を修理したという、見どころがある!
こんな弱いだけのサルどもとは違うのだ!
よって、この【剛腕のガド】様が選んでやろう!
さあ、手綱を引いて戦車を操れ!
こいつらを皆殺しにすれば、お前を俺様の名誉ある副官に任じてやろう!」
「ぼ、ボクが…?」
とまどうハシバミに向かって、牛野郎はムダに大きな声を張り上げる。
「そうだ!
優れた者はそれに見合った扱いを受け、尊敬されるべきだ!
だが、コイツらは違う!」
おい、話しながらこっちを指差すんじゃねえ。
その指へし折るぞ。
「【猿人】(さるびと)たちは、ちょっと手先が器用で、ちょっとメシに手を加えるのが上手いからといって、チヤホヤともてはやされ、不当な利益を得てきた!」
それがまさに“優れた者に見合った扱いと尊敬”ってヤツじゃねーのか?
知らんけど。
「そんなヤツらの悪質な陰謀によって、我々、真に優れた者たちは、陰に追いやられ、冷や飯を食わされてきた!
ヤツらが料理するメシも、元々は我々の武勇や技術で獲得してきたものだというのに!」
侵略戦争による略奪を、こうまで美化するかねぇ……
というか、お前の周りにいるのは、大半が漁師の子供だぜ?
メシの獲得の仕方なんか、わざわざ教えてもらうまでもない。
あのメクセトだって、船や釣り道具の改良ははしても、オレらのためにメシを獲りはしなかった。
むしろその逆。
メクセトに海産物を獲ってやったのは、オレら漁師の方だ。
船なんかの貸し借りは、それでチャラ。
『信用借り』とか『ローン』ってヤツだな。
今だって、それは変わりない。
というか、お前が追放されたのは、同じ【牛人】(うしびと)の仲間からだったよな?
兄貴の復讐のために暴れすぎて、ついにみんなから嫌われて追い出されたんだろ?
それのどこに“優れた”部分があったんだよ?
本当に“優れて”いたら、自分が追放されねえで、逆に仲間を味方につけて、追放する側に回っていたはずだよな。
なじみの故郷では出せなくて、わざわざ追放先へ行かないと出せない“優秀さ”って、一体なんなんだよ?
「ハシバミ、お前の父も、俺様と同じだ。
本当に尊ぶべき価値を忘れた愚かな【猿人】どもに、迫害され、ついには殺されたのだ!」
そうか、分かったぞ!
オレはここで、ようやく牛野郎の秘密に気づいて、叫んだ。
「耳を…貸すな、ハシバミ!」
「黙れ、ガキ!」
「いいや、誰が黙るか!
いいか、ハシバミよく聞け!」
「ええい黙れと…ぐっ!」
おっ、牛野郎の目に誰かのツバが命中したみたいだな!
ナギサか?
さすがは、先月のツバ飛ばし競争で優勝しただけのことはあるな!
まあ、来月はオレが勝つ…いや、今はそれどころじゃないな。
まずは、この牛野郎をなんとかしねえことには、来月どころか、今日の昼飯にすら間に合えねえ!
コイツがここまでハシバミにこだわるのには、理由があるんだ。
今、それをバラしてやる!
「この牛野郎は、利き腕をケガしてて上手く武器が使えねえんだ!
だから、戦車を扱えるお前を、いいように使おうとしてるんだよ!」
それを聞いて、牛野郎は、反射的に右手をかばった。
小屋のあちこちに散らばっているガキどもが、それを見ていっせいにざわつく。
オレが言ったことが、本当だと分かったからだ。
ガキどもは、たぶん全員ズタボロで、もう立つことさえ出来ないヤツらが大半だろうから、戦力にはならない。
けどその声は、その存在と敵意は、そして今ヤツの弱みをつかんだというその事実は…確実に、圧力となってヤツをおびやかしているはずだ。
だが…足りない。
なぜなら、牛野郎はまだ…
「ええい、黙れ!黙れ!
利き腕が使えなくてもなあ、お前ら全員素手でくびり殺すくらい、簡単なんだよ!
分かったら、オレの言うことを聞け!
ハシバミ、コイツらを殺してオレの部下になるんだ!」
「え、ええー!」
そうだ。
ヤツはまだ、その言葉を実現させられるだけの余力を残していやがるんだ。
悔しいが、ヤツの言ったように、武力じゃオレらは絶対にヤツには敵わない。
それは、この惨状を見れば一目瞭然だ。
だから、だから、このままじゃ……




