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第七話(4の最後まで)

漁師は大きなモリを何本も背負い、孫娘はなぜか巨大な”棒”を担いでいる。


「あれは一体…?」

ブラーサームの抱いた疑問の答えは、すぐに示された。


「あの【主】は、爺さんの宿敵らしい。ソイツを倒すために、商人のおっさんの持っていた武器を使うんだ!」


「武器…?」


モリはまだしも、あの”棒”は何なのだろうか…?

ブラーサームが見守る中、漁師の老人は、次々と背中に背負った大きなモリを投げ始めた。


「でぇえええい!」


投げる。投げる。投げる。投げる。

モリは銀の流星雨となって降り注ぎ、冷たい北辺海の空を切り裂いて【主】へと突き進む。


だが、その流星がもたらすのは…


「なんだこの音は?」

「剣と剣を打ち合わせるような金属音がする…まるで鍛冶場のようだ」


困惑する大人二人に、八助は静かに答える。


「ウロコだ…」

「ウロコ?」

「あの【主】の身体には、鋼より硬いウロコがあるんだよ!前に爺さんが話してくれた!」


「なんだと!?」

「では、あの攻撃は…?」

「ああ、あの程度ではなんにもならない。だから…」


八助は、"棒"を担ぐ孫娘を指した。


「だから、決着はイサナちゃんが着ける。商人のおっさんの秘密兵器でな。それが効かなかったら…」


それが効かなかったら、この小さな岩島の人間たちがどうなるかなど、言うまでもない。

祈るように見守る三人の前で、老人は変わらずモリを投げ続け、そして孫娘は…


「爺さんの親友のカタキだ!コイツを喰らいやがれ!」


肩に担いだ大きな"棒"すなわち、商人が辺境に持ち込んだ最新兵器【ロケット砲】をぶっ放したのだ!

老人が放つ銀の流星雨を追い抜き、ロケット弾は飛翔する。

老人と孫娘の思い、岩島の三人の想いを乗せて。


「見ろ、出てきたぞ!」


その時、明らかにこれまでとは異なる攻撃に脅威を感じたのか、【主】の方にも変化が生じた。

それまで水面下を泳いでいた【オルカ】が、急に水面から姿を現したのだ!


「まぶしいっ!」


その全身は、意外にも光り輝いていた。


昏き海の下に棲み、多くの人々をその犠牲としてきた暗黒の魔獣は、その全身は黄金に光り輝いていたのだ!


「あの身体は…!」

「黄金、なのか…?」


驚愕する大人二人。

一方、八助は一人納得していた。

異世界人である彼は、【主】の光り輝く姿に見覚えがあったからだ。


「なるほど【オルカ】とは【シャチ】のことだったな。あれが本物の【シャチホコ】の【シャチ】か」


鋭い牙、大きな口、黄金に輝く鱗。

それはまさに、八助の世界で長きに渡って形作られてきた城飾りのモチーフ、彼の世界では空想上の存在でしかないはずの存在。


すなわち海の魔獣、【鯱】(シャチ)であった!


その【鯱】を目掛けて、ロケット弾は飛ぶ。

果たして、この魔獣が本当に八助の世界で想像された通りの生物なのか、なぜそのままの姿をしているのかなど、色々な疑問を置き去りにして。

だが、【鯱】もただそれを待っているだけで済ませるわけがない。


【北辺海の主】は、獰猛な魔獣。

外敵に敏感な”彼女”は、自らのナワバリに現れた謎の”鳥”、ロケット弾を迎撃すべく、宙に飛び上がりロケット弾に襲いかかったのだ!


当然、その後に続くのは…


〈グギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーー!〉


【北辺海の主】の絶叫であった。

老漁師が投げたモリが【主】の気を引いた次の瞬間、ロケット弾は、見事【主】の眼球に炸裂!

海の魔獣は爆風に包まれたのだ!


「やったか!」


商人がお約束の反応を見せる。


「いいえ、まだです!」


それに答えたのは、意外な人物だった。

そう答えたのは、一人の羊少女。

名をラム・スケープシープ・ヤミーミート。

魔獣退治には一切関わっていなかった、非力なだけの存在であったはずの彼女は、とうとうと語り始めた。


「あの程度では、致命傷にはなっていません!あの【アイスクラッシュ・オルカ】の身体は、全身が硬いウロコで覆われているだけでなく、その眼球まで頑強なはずです!【北辺海】のような冷たい海の魚は、眼球などの弱い部分を分厚い粘膜で覆って守っています!

それに、【オルカ】の小さい方でさえ、全身を活け造りにされても、まだしばらくは動いていました!おそらく、脳や心臓を破壊し、行動不能なまでにその身体を破壊しなければ、あの【主】は倒せないのです!」


「なぜだ?なぜ、お前のような小娘がそんなことを断言できる!?」

「そうですぞ!都の料理人である”包丁王”様に、食材の性質を説くなど、思い上がりも甚だしい


決死の突撃を阻まれた”包丁王”の疑問に、貴重な商品を勝手に使われた悪徳商人が追随する。


「それは…」


口ごもるラム。


その答えは、意外な形で示された。

突然の突風。

ただでさえ荒れていた【北辺海】の気候が、先程の爆風で乱気流となり、少女に襲いかかったのだ。

それによって明らかとなったものは…。


「これは…!」

「そういうことか!」


突風は、ラムの帽子を吹き飛ばし、その下に隠されていたものを明らかにした。

内向きに少しねじれた二本のツノ、白くて長い獣の耳。

すなわち、地上最大の美味と謳われる【羊少女】の姿を。


「そうです。私は【羊少女】。"食材の女王"と呼ばれる貴い種族です。私たち【羊人】は、最高の食材となるために最高の環境で育てられ、あらゆる食材の知識や食材に対する観察眼を叩きこまれます!

だから…食材のことで、私に分からないことなど何もないのです!」


羊の特徴を持った少女は、胸を張って、隠し続けてきた己の経歴を語った。

だが、その経歴はそこではまだ終わらない。


「ですが、今の私はそこにいらっしゃる【橋本八助】様の所有物!八助様は、正当な試練を経て、私を、私たち【羊人】全体を開放して下さいました!

今、私たちは、世界を回って【羊人】の新しい安住の地と新しい生き方を探しています!」


熱弁を振るったラムは、最後に一言だけ小さな声で付け加えた。

彼女のもとへ駆け寄って来た一人の少年、八助の耳元に向かって。

彼だけに、とても小さな声で。


「私としては、出来れば八助様に見事に調理して食べていただきたいのですけど、ね」


「何度も言ってるが、オレはグロとかスプラッター映画が苦手なんだ。お前を”所有”しているのも、それ以外にお前の身を守りながら旅をする手段が無いからであって、お前を調理する気も食べる気も全然無いからな!」

だが、八助はラムの誘いをにべもなく断った。


とはいえ、耳元で少女に囁かれたせいで、その顔は赤く染まっていて、口調の激しさのわりには全く格好がついていなかったのだが。

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