第六十四話(50まで)
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「ダメです!ダメです!ダメです!ダメです!こんなの絶対死んじゃいますよー!」
「死にゃあしねえって、オレらは全員ここから飛び降りてんだからさぁ」
そのとき、オレたちは海岸にある崖の上で押し問答をしていた。
まあ、崖といっても、そう高くはない。
せいぜい、オレたちの身長の四倍くらいだ。
オレたち村のガキどもには、ここから飛び降りたヤツを仲間として認めるならわし、難しく言うと『慣習』が昔からある。
しかしそれを逆に言えば、しょせんこの崖は、そうやって新入りのガキ容易に克服できる程度の高さに過ぎない、ということでもあるわけだ。
いくらなんでも、死人が出るような場所を遊び場に使うわけがない。
なのに、コイツときたら…
「で、でも、万が一ってことだってあるじゃないですか!
実は、ここで死んだヒトとかいるんじゃないですか!?」
「そんなわけが……いや、そういやいたな」
「やっぱりー!!」
説明を少しだけ訂正する。
たびたび死ぬヤツが出るようなところを、ガキどもの遊び場に使うわけがない。
確かに、ここで死人が出たことはある。
だが、それはもう何年も前、オレらが生まれる前の話だし、死んだのは向こうみずな挑戦をした小さなガキだったって話だ。
それ以来、ここの利用には大人の許可がいるようになったし、もちろん今回も許可は得ている。
このハシバミのヤツは、よそ者だしかなりヒョロいが、オレらと同じくらいの年の男子であることには変わりがない。
おまけに、遠い港町から奴隷商人に連れられて遠路をひたすら歩いてきたってんだから、それなりにタフなことは明らかだ。
なにより、コイツはオレたちと同じ【猿人】(さるびと)、少なくとも同じ猿系の人間だ。
【猿人】、その中でも頭にしか毛が無い(人によってはそこにも全く無い)人種は、基本的に泳ぎに向いている。
毛皮が水を吸ったり、角が邪魔になったりしないからだ。
つまり、いくらこれまで海を見たことがない陸育ちだったとしても、泳ぎくらいは出来て当然な種族なんだよ。
だから、ここから飛び降りたって、何の心配もいらないことは間違いない。
だってのに、コイツはなぁ……
「放してー!帰してください!
ボクはお爺さんとお婆さんのお手伝いに戻るんですー!」
「オメーが来る前は二人だけでやってたんだ、今日くらいオメーがいなくても問題ねえだろう
さ。
」
「死にたくない!死にたくないよー!天国のお母さーん!」
ちょっと前まで、初めて海を見てはしゃぎ回っていたのに、今はこのザマ。
まるで赤ん坊じゃねぇか。
男なら、もっとシャキッとしろ。
シャキッと。
…あんまり聞き分けがないんで、ちょっとからかってみたくなってきた。
「なんだ。なら、どのみち安心だな」
「え?」
「もし死んでも、天国で母ちゃんには会えるぜ!良かったな!これで心置きなく飛べるぞ!」
「いやだああああー!」
いや、いかんなぁ。
これは下手打っちまったかもしれん。
オレもまだまだだな……
けど、このままじゃ、マズい。
早くなんとかしないと。
「おやぶん、もう…」
「こんなヤツ、放っておきましょうぜ!」
ほーら、来ちまった。
子分どもが、しびれを切らしはじめやがった。
そもそもオレは、単に遊びでハシバミをこんな崖の上まで呼び出したわけじゃねえ。
さっきも言ったように、これはただの歓迎ではなくて、新入りを仲間と認めるかどうかを判断する、そういった儀式なんだよ。
度胸試しっつーのは、そういうもんだ。
だから、この程度の困難を乗り越えられないとなると、コイツは仲間に入る資格無し、仲間はずれのみそっかすになっちまう。
そんな例、今まで見たことも聞いたこともない。
だけど、そういった『慣習』がある以上、それを守らないわけにもいかないんだよなぁ。
なんとかしてハシバミを飛び降ろさせないと、コイツは今日から村八分。
このままいくと、村人からの助力が得られなくなって、それこそ餓死にまで追い込まれちまうかもしれねえ。
いくらなんでも、そいつはマズい……
普段だったら、こんな臆病者のために何かしてやる義理は無いんだが、コイツがこの村に来たのは、そもそもオレのせいなんだよなぁ……
コイツのことは、ナギサやオフクロ、それに珍しくオヤジにも面倒見るように言われてるし、さすがにこれ以上放っておくわけにはいかないだろう。
オレは、腹をくくることにした。
この覚悟とケツダン?する力こそが、今ハシバミが試されているモノであり、この荒々しい【北海】でもっとも必要とされているモノだ。
さあて、【北海】の漁師魂というヤツを、後輩に見せてやるとするかな!
こんな問題、ガキ大将のオレにかかれば朝飯の更に前、夜の盗み食い前にささっと解決よ!
オレは、勢いよく手を振り上げ、指を差す。
そして、全力で声を張り上げて叫んだ。
「あ、ニワトリの丸焼きが空飛んでる!」
「えっ!?」
……どうよ、【北海】の漁師の底力は。




