第六十一話(47~48の途中まで)
別に、安定した生活が悪いとは言わない。
けれど、遊び暮らしていても奴隷に落ちる心配すら、全く無いというのは、ちょっと安定が過剰過ぎる。
なんだか、赤ん坊のようにいつも分厚い布で包まれているようで、すごく居心地が悪かったんだ。
ああそうだ。
その奴隷だ。
オレが若かった頃には、まだ村にも何人かの奴隷がいた。
まあ、オレの屋敷で働いている召使いを除けば、その実態は、他の村人と大して変わりはしなかった。
せいぜい、少し言葉になまりがあって、背負っている借財の額が、多少違うくらいのものだ。
たとえば農業や、メシマズ島ぐらいにしか無い工場なんかなら、大量の奴隷が必要だったりするんだろう。
だが、漁業は違う。
この【北海】では、奴隷に漕がせるガレー船なんて使わない。
この厳寒の海で漁師をやるには、体力がいる。
技術はもちろん、色々な危険に立ち向かう覚悟だってうんといる。
そして何より、仲間同士の強い信頼が必要なんだ。
それは、荒波にもまれ、巨大な魚と取っ組み合う厳しい戦いだ。
そこにおいて、雇うの雇われるのというような、まどろっこしい関係は一切不要だ。
増してや、どこかの馬の骨をむりやり働かせる奴隷なんて、かえって邪魔になるだけなんだよ。
そういうわけで、オレの村には、めったに奴隷が売り込まれてこなかった。
だから、オレが“売られている奴隷”というモノを見たのは、あれが生まれて初めてのことだった。
そう、それはある暑い夏の日のこと。
親の借金のカタで『差し押さえ』られ、この村に連れてこられたのが、アイツとオレの出会いだった……
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「ねえテツ、アンタこれからどうするつもり?」
それは、幼なじみのそんな問いかけから始まった。
コイツが幼なじみのナギサ、オレの婚約者。
村では二番目に裕福な網元の家に産まれ、村一番の美人と呼ばれる姉を持つ女だ。
まあ、本人も、その…顔が悪い方じゃあ無いな、うん。
…コイツの話題になると、必ずまわりのヤツらにからかわれるんで、ちょっとその話は苦手だ。
というか、顔より他に語るところはねーのかよ!
いっぱいあるじゃねえか!
きっぷの良さとか、弱いヤツにも優しいとか、つくろいものが上手だとかよ!
料理の腕だって、まあ、最近は上手くなってきてるんだぞ!
最近の味見じゃ、ほとんどコゲが無くなってきてるし、後で腹をくだすことだって、もうほとんど……
え?ごちそうさま?
良いから、話を進めろ?
チッ、まだまだこれからなんだがなぁ……
まあ良い、続きを話そう。
ナギサが尋ねてきたのは、他ならぬオレの将来のことだった。
幼なじみが、毎日ケンカだのバクチだのにうつつを抜かしているんで、心配になったらしい。
だから、そういうのは、いらねーっつてるのになぁ…
どうせその心配とやらも、オフクロや村の女衆からの頼まれごとをかねてるんだろ、絶対。
“あの悪ガキも、ナギサちゃんの言うことなら聞く”とか、オフクロが言うのは、そんなことばっかりだ!
……別にそれは外れてねぇ気もするが、まあそれはそれとして、ムカつくんだよ!
まあ、ナギサはその後も色々としゃべくっては来たが、それは省略する。
どれも予想した通りの内容だったしな。
ちきしょう、料理勉強から逃げ出して、日がな一日遊び歩いて何が悪いってんだ!
イライラしたが、女子を、それもコイツを殴るわけにもいかねーし、オレは、とりあえず話をそらすことにした。
「あ、アレは何だ!」
「ちょっと、話を真面目に聞きなさいよ!」
あ、やっぱダメか?
さすがに、古代メクセト帝国の昔から伝わるような、古典的な手が通じるわきゃねえか。
しかし、このまま逃げ隠れしても、どのみち面倒なことになるのは、間違いない。
それが分かるのは、どっちも既にやったことがあるからだ。
逃げたときは、後で思い切り泣きわめかれたうえに、オフクロに怒られたし、なんとか隠れたときだって、結局ナギサが泣いてるのを見ていられなくて出ていったあげく、後でそのことを知ったオフクロに死ぬほど怒られた。
仕方がないので、駄目押しでもう少し粘ってみることにする。
「あー、ほら、アレだよ、ほら、あー!」
何があーだ。
自分でもちょっと嫌になるが、他に手がないので、仕方がない。
やっぱりこのまま手詰まりで、今日もオフクロに怒られる…かと思われた、その時だった。
奇跡が起きた。
「アレって…ほんとだ。なんかあるね」
「え!?」
オレは、しゃべりながら適当に指をさしていた。
そこには当然何も無い…はずだったんだが、その先に何かがいた。
ボロきれの固まりのような何かが。
予想外の出来事に、オレは驚いた。
というか、驚きのあまり自然とソレへの感想が喉から飛び出していた。
「おお、すっげぇ!ボロが歩いているぜ!アレ、食えるんかなぁ?」
「え?」
なんだか妙な返事が聞こえた気がしたが、それは今はどうでもいい。
肝心なのは…
「ちょっと見に行こうぜ!」
「ちょ、ちょっとー!待ちなさいよー!」
ついにオレの目の前に、新しい刺激が現れたってことなのさ!
だから、居ても立っても居られなくなったオレは、ただひたすらに、謎のぼろきれに向かって走っていったんだ。




