第六十話(47の途中まで)
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あの頃オレは、世界の全てを持っていた。
けれど、オレ自身がそのことに気づいたのは、何もかもが終わった後のことだった…
オレが生まれ育ったのは、【北海】の漁村だった。
青く雄大な空、海、白い雲。
そこには、全てがあった。
もちろん、それは商人どもが言うような意味じゃあない。
近場では一番大きいとはいえ、例えば北海最大の漁港などに比べれば、オレたちの村はひどく小さい。
集まる海産物の種類や遠隔地との交易の頻度においても、言うまでもない。
実のところ、空が晴れ渡ることだって、この【北海】周辺じゃ、そう多くない。
あの死の海域、ヒトが生存不可能とされる【北辺海】ほどじゃないが、ここだって一年の大半は灰色の曇り空だ。
けれど、この漁村の住人たちは、この自分たちの故郷こそが世界で一番素晴らしいところだと、信じて疑っていなかった。
それはもちろん、子どもたちも同じことだ。
娯楽が少ない漁村の男たちは、バクチかケンカしか楽しみが無いが、それはガキども…男子たちも変わらない。
少年たちは、たどりつくには、太陽を大きく傾かせなければならないような、遠く離れた隣りの村までたびたび『遠征』に旅立ち、あるいは勝って夕陽を背負って凱歌と共に帰還し、またあるいは、みじめに敗北し、裸同然の姿で逃げ帰った。
そして、輝かしい激戦を繰り広げた勇者たちは…勝利しては、その偉大な母上たちから褒美として彼らの尻に手痛い激励の叱咤を受け、もちろん敗北しても同様の褒美をしっかり貰い受けた。
まあ、オレは負けたことなんて一度もーーいや、ほとんど…まあ何回かは除いてーー無かったけどな。
ともかく、それがオレが生まれ育った村だった。
そこで無敗のガキ大将をしていたのが、このオレだ。
自慢じゃないが、というかどう言っても自慢にしかならないが、オレは、そこで一番恵まれていた。
…そう、自分でもちゃんと気づかないほどに、当たり前に恵まれていた。
近隣で一番の漁師の家に産まれ育ち、香辛料や遠方の食材にも不自由したことは無く、自分の短刀やモリ、小舟をもらったのも、誰よりも早かった。
更に、定期的に来る家庭教師だの通信教育だので、考えられるかぎり最高の料理人教育を受けーーいや、それは苦手でずっと逃げ回っていたんだが、それでも一応受けーーおまけに婚約者だって産まれたときからずっと決まっていた。
遠い首都だの異国の都には、もっと豊かな、それこそ専属の料理人や奴隷が何十人もいるような家もあるらしいが…財産なんてこれくらいあれば、いい加減もう十分だろう。
オヤジや親戚はともかく、オレの方は、昔からそう思っていた。
ただ、それでも不満が無かったわけじゃない。
一言で言えば、飽きたのだ。
教育の話ならオヤジの跡を継いで漁師になれば良いだけの話だし、どう考えてもオレにはそっちな方が向いていた。
オヤジを説得する自信は十分にあったし、ダチや村の大人たちも、漁師の方が向いていることを口々に賛同してくれる確信もあった。
何より、オレは漁師の仕事が大好きだった。
だから、将来については、何の心配もいらなかった。
まあ当然、生活についても問題は無い。
いくら『教育』やバクチにつぎ込んでいたといっても、家が傾くほどじゃない。
それに、漁師の何よりの財産は、その漁の腕だ。
無くなったら、また稼げば良い。
つまりは、それだけの話に過ぎない。
だから、農民や陸の貴族なんかと違って、遊び暮らしていても、奴隷に落ちる心配なんかは全く無かった。
ただ一つ。
いつの間にか、『驚き』を感じなくなってしまったこと、毎日に新鮮味が無いことだけが、何もかも満たされていたオレに残された、ただ一つの不満だったんだ。
おまけに、オレの人生には『失敗』の可能性も無かった。
まあ、村にはバクチや酒、それに女で身を持ち崩して、莫大な借財を重ねたり、奴隷として売られてきた大人が何人もいたんだが……オレはバクチにも酒にも溺れるほど興味を持てなかったからな。
そもそも、オレはそのどちらにもあまりに強すぎたし、親が決めた婚約者にも文句はなかった。
別に、望んで落ちぶれようとか、そんな奇怪な悪趣味は持っちゃいない。
ただ単に、この村の代わり映えのない日々は退屈だったという、それだけの話だ。
多くの刺激、そして『冒険』を求めるオレにとって、この小さな村はあまりに不足が多く、あまりに狭すぎた。
確かに、ここには約束された将来はある。
だが、この漁村には、挑戦して獲得するべき栄光も、乗り越えることでオレ自身の実力を確かめることが出来るような困難も何も無かった
あらゆるものは大して努力をすることなく手に入ったし、どれだけ怠けても失われることはあり得ない。
それは、本当にオレ自身が何かを『持っている』ことだと言えるのか?
ただオレは、昔からそれが疑問だったんだよ。




