第五十九話(46~47の途中まで)
それにしても…だんだんはっきりしてくるこの泡の中の映像は、一体なんなのだろうか?
あり得ないことではあるが、どうも、今まで私が見たことが無い光景のように見えるのだけど…?
私は泡に手をかざし、よく見ようと目をこらした。
するとそれは手の中で弾け、無数の小さな泡に分裂したのだ!
突然の出来事にとまどっているうちに、泡たちはまるで小魚の群れのように私を包み込んでしまった。
そして、声が響いた。
ーーアレは、ワシがまだ“オレ”と名乗っていた頃の話、まだ何もかもに飽き飽きとしていて無知だった若いときの話じゃ。
「え?」
そこで私が驚いたのは、その声の語る内容が全くの未知だったことだ。
知らない。
こんな話、絶対に聞いたおぼえはないし、知っているはずもない。
声自体には聞き覚えがあるだけに、これもまた、実に奇妙なことであった。
この声の主とは、つい最近になってようやく出会ったばかりのはず。
それは確かだ。
なのに、その記憶やら何やらが、なぜここにあるのだろう?
ここは結局、私の心の中なのではないのか?
さっきまでの憂鬱はどこへやら。
今、私の頭は、突然の疑問にぐらぐらと揺さぶられていた。
だが、それも……
ーーなによりあの時にはアイツがいた。オレとアイツと彼女の三人。
三人いれば、何も怖いものはない。
あの頃の俺たちは、そう信じて疑わなかったんだ…
そんな私を無視して語り続ける記憶の奔流によって、あっという間に流されてしまう。
なんだか、私はいつもこんなことばかりな気がしてきた…
強い既視感と、疲労を感じる…
けれどまたどうしてか、この流れは心地良くもある。
それは単に、これで一時的にでも自分の悩みから逃れることが出来る、という逃避の爽快感なのかもしれないけど……
ともかく、昔語りが始まった。
無数の泡から色とりどりの光が現れ、形を成して情景を形作る。
それが描くのは、聞き覚えがある声が語る、知らないはずの過去の日々。
それは、老人の若き日の記憶。
女漁師のイサナさんのお祖父さんにして、難破した海賊船から私たちを助けてくれた命の恩人。
【北辺海の主】を仇と狙っていた、漁師のテツモリさんの物語だった。
※
太陽は、薄曇りの空のどこかへ姿を隠していた。
波はやや荒く、風は身を切るように冷たい。
当然だ。
ここからほんの少し先へ行けば、そこはもう死の海なのだから。
この先は、人間の領域である【北海】と危険海域【北辺海】の境い目、狭間の海。
そこには、一艘の小舟が、浮かんでいた。
だがしかし、これは完全な自殺行為だった。
こんなところに小さな舟で侵入するなんて、死にに来ることに等しい。
ここは、この辺りで一番危険な海なのだから。
少しでも冷静で正気な者であれば、全速力でより安全な場所へと逃げ込むことであろう。
それほど、ここは危うい領域なのだ。
だが、この小舟に乗り込んでいるヒトビトは、どうやら、あまり冷静ではないようだった。
息は荒く、その体勢も、どう見ても舟を操るには向いていない。
おまけにそのうちの一名は、どうやらあまり正気でも無いようであった。
彼らがどうしてそんなことになったのか、それは、少し長い話になる……




