表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/294

第五十五話(43の途中まで)




沈む。

沈んでいく。


どこまでも、どこまでも。


そこは、暗い闇の中だった。

すごく寒い。

だが、耐えられないほどではない。


最初は、すごく息苦しいような気もしたのだが、それもいつしか薄らいでいる。


きっと、もう慣れてしまったのだろう。

地獄がどんなところか、正確に知っているわけではないが、たぶん現世と大して変わりはしないはずだ。


私は、これまでかなりの苦しみを味わってきた。


別に、それが誰よりも上回るものだと自惚れ(うぬぼれ)ているわけではない。

けれど、それでも私が知っている景色は、きっと天国よりも、地獄の方にずっと似ている。


そう思う。


おかしなものだ。

私は、もうとっくに、ただの食べられない肉塊ゴミになったはず。

無価値だという正体がさらけ出され、ゴミにふさわしい場所あなへ落ちていく、そのはずなのだ。


なのに、なぜそんな私には、いまだに思考する力が残されているのだろうか?


墜落は、終わる気配を見せない。


あるいは、この墜落こそが、地獄なのだろうか?

あの邪悪な三角錐に、永遠に切り刻まれるのではなく、死の女神ルウテトに、最悪の毒物料理を食べさせられ続けるのでもなく、ただ単に…落ちるだけ。


神話のたぐいには詳しいつもりだったが、こんな地獄は聞いたことがない。


未来さきも居場所も無い私には、神々がわざわざ罰を与える資格すら無い。

そういうことなのだろうか?


どこまでも、ただ落ち続けるだけ。

究極の無意味。

悪夢にしても、こんな光景は、あまりに取り止めがなさすぎる。


いや、考えてみれば、それもおかしなことではないかもしれない。


異世界の【地球】ならいざ知らず、私たちの【食卓界】は、その名の通り円板テーブル型である。


遠方へ去りゆく船は小さくなるだけだし、基本的に『水平線』とやらには隠れない。

また、天文的な観測でも、世界の形状については証明されている。


そういえば『世界が平たい』ことを『彼』に伝えたとき、尋ねられた疑問が二つあった。


まず一つ目、

『テーブルの端から落ちた海水は、どうなるのか?』


それについては、実際に北の果て【北辺海】に行って観察してはみたが、結局、良く分からなかった。


そこにあったのは氷山と、文字通り何も無い虚空だけだったのだ。

もちろん、『彼』の故郷への帰り道なども、全くありはしなかった。


そして二つ目の疑問だが、こちらは確かめる方法の見当がつかなかった。


『じゃあ、世界の裏側、テーブルの下はどうなってるんだ?』


それを追い求めているヒト自体は、この世界にもたくさんいる。


なぜなら、もし世界に二つの面があって、その両方に生物が存在出来るなら、それは莫大ばくだいな宝を手に入れる可能性があるということ。


すなわち、世界から手に入れられる美食の量も二倍となることは、火を見るより明らかだからである。


私たち【羊人】にしても、そうした【採集者】たちが、探索の果てに発見したモノのひとつである。


けれど、いくら大きな穴を掘り、あるいは洞窟や海底に潜っても、そうした【世界の下側への道】は決して見つかることは無かった。


よって、その疑問の答えを確かめる術は、他の【世界の果て】へ行って調べなければならないか、あるいは全く存在しないので絶対に見つからないか、そのどちらかでしかありえないだろう。


しかし、もしかすると…これがそうなのだろうか?


この、果てしない縦穴が?


無限に続くゴミ捨て穴、これこそが『世界の下側』であり…地獄なのか?


今のところ、それを確かめる術は無いが、そう考えると、色々なことに納得がいく気がする。


【食卓界】にいるべきでないゴミが、はじき出されてゴミ穴に落ちるのは、極めて当然の論理だからだ。


価値のある/食べることが出来る食べ物や食器は、上。

そうでないものは、下へ捨てられ居場所を無くす。


それは、全てが『食』によって判断される世界で育った私には、当然のように思えるルールだった。

異世界の存在を知らなければ、それ以外の可能性など想像することすらなかっただろう。


やはり、ゴミの私が、こんなところにいるのは、やはり当然なのだ。


…そういえば、このまま沈んでいけば、母さまにもまた会えるのだろうか?


いや違う!

それは、駄目な考えだ。

あまりに後ろ向きで、弱い思考だ。


そうだ、これでは駄目だ。

危うく、また間違えるところだった。

首を振って、自分で自分を否定する。


母様なら、こんな私を許さないはずだ。

【死後の世界】が実在するかどうかはともかくとして、私は、そんな可能性に耐えられない。


そして、けれどあの人なら、『彼』なら、やっぱり私を許すのだろう。

あの島でのように、さっきのように…

そして、思えば、いつもそうだったように。


私は、また、同じことを繰り返すのか?

今度こそ、決断しなければならない。

そうでなければ、あの人に申し訳がない。


私は決めた。

そう、決めていきたい。


今はただ、最後に残された…己自身のちっぽけな自尊心プライド

それを、それだけを支えにして、動くのだ、と。


そのために、私は、私をもっと見直さないといけない。


…しかし、どうにも気力がわいてこない。


なにしろ、文字通り足場が無いのだ。

これでは、どこへもいくことが出来ない。

まあ、そもそも今の私には、どこにも行く場所なんて無いのだけれど。


これが地獄ならば、やっぱり私には一番似つかわしい場所なのかもしれない…


思考が堂々めぐりを始めた、ちょうどその時だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ