第五十四話(42~43の途中まで)
「聞け、ラム
お前は旅に出たかったんじゃないのか?
お前は、選んできた
自分で自分を幸福にしてきた。
お前には、既にそれが出来ているんだよ
だから、これからだって出来るはずだ」
それに対する私は、一応話に耳を傾けてはいたが、実際のところ、ちゃんと集中して聞けていたとは言いがたかった。
それは、繰り返しのような情景に、嫌な予感を抑えることが出来なかったから。
そして、やはり。
左手も、落ちた
「ひぃあああ!」
「聞け!」
とまどう私に、彼は一転、静かに語りかける。
「悪いな、どっかで聞いたようなことしか言えなくてさ
だが、これは本当にそう思うよ。
お前は、もう十分に強い」
彼は、更に言う。
「お前は良くやったんだ。
だから、これからは自分のために、自分の幸せのためだけに、生きたって良いんだ」
その間にも、
「待ってくださいってば!」
彼の身体は、ボロボロと崩れ落ちているのに。
「お前が、やりたいようにやるんだ。
それだけで良い」
そう語りながらも、彼の目からはどんどん輝きが失われ、その身体からは体温が失われつつある。
それが何を意味しているのか。
頭では分かる。
けれども、心では……
「お前の手でつかめ、だってお前の人生なんだからな」
彼は、救世主様は、崩れゆく身体にも関わらず必死に語りかける。
しかし分からない。
彼がここまですることに、何の意味があるのだろうか…?
「…言葉には、限界がある」
例えば、報復として私を死者の世界へ引きずりこもうとか、どうもそういったことではないようだ。
彼からは、一切そんな気配がしない。
もっとも、私としては、むしろそちらの方が良かったのかもしれない。
そうすれば、今度こそ懐かしい母と……
「悪いな、どうも上手く伝えられないみたいだ。
こういうのは、どうも苦手なもんでな。
俺は、説得出来るほど偉くはないし、頭だって良くはない」
うう、彼がしゃべり続けるせいで、上手く思考がまとまらない。
というか今気付いたが、このお方、元気過ぎではなかろうか?
救世主様は、見るからにどんどん□に向かっているのに、そのお言葉が止まる気配が、一向にない。
これではまるで、残り少ない命を燃やしながら動いているかのようだ。
そしてそれが、誰のためかというと……
「だが、言うべきことは全部言えたと思う。
あとはーーお前が選択することだ」
彼のうながし。
それこそが、ずっと求めていたはずの『救世主の救い』、その現れだった。
けれど私は首を振り、ちいさな子供のように、いやいやをしていた。
分からない。
今なにが起きているのか、分かりたくないのに、それなのに…。
「でも!でも!私のせいで!」
「お前のせいじゃない。
お前のまわり、で…
誰が何を選ぼうと、どんな結果を得よう、と…
それ、は…お前のせいじゃない」
「でも!でも…」
「誰、だって…自分の人生は…最後には自分で責任を持つしかない。
お前だって、そうだ!」
彼が、私に近寄る
いつの間にか足が折れた身体で、それでも必死に、にじり寄ろうとする。
手首が落ちた腕で、それでもなお、つかもうとする。
「俺も含め…他人のこと…なんか、気にするな。
お前が、これからどんな人生を歩むのか…これからおれは、それを見守ることにするよ…」
「え、あ、あの、その…」
駄目だ。
全く思考がまとまらない
「さあ、行けよ」
声が、響く。
私は、私は一体……
一体何を言えば?
どうすれば良いのだ?
私に出来たのは、ただ、うろたえることだけ。
あの時と同じように。
あの、母が▢んだ日と同じように……
「お前なら、やれるさ
俺だって救ってくれたじゃないか。
お前はもう、立派な英雄だ。
だから、これからは…」
そして、その先は、語られることは無かった。
なぜなら、
そのときついに、彼は、完全に崩れ落ちたからだ。
燃え尽きた薪のように。
屋根から落ちる雪のように。
※
取り残された私は、闇の中、やりとりを反芻した。
※
何度も、
※
何度も。
今もまだ、諦め悪く挑み続けている。
けれど、もう繰り返せない。
時は、もう戻ることはない。
それは、無限に続くかに思えた夢も、これで終わりなのだ、という確かなサインだった。
そうか、旅も終わるのだ。
私は、そう実感した。
そして、私は落ちた。
なにしろ、もう足場が無い。
というか、何も残ってはいない。
彼と一緒に世界も崩れ落ち、今や確かなカタチを失っていた。
だから落ちる。
落ちていくしかない
悪夢の底の更に下、罪深き者にふさわしい奈落。
私は、ラム・スケープシープ・ヤミーミートは、いや、もはや誰でもない肉の塊は、そんな闇の水底へ向けて、一目散に沈んでいったのだ。




