第五十三話(41~42の途中まで)
闇が訪れても、光はすぐには消え去らない。
部屋の灯りを消したときのように、あるいはトンネルへ突入した直後のように、目に焼き付いた明るさは残り続ける。
けれど本来、それだけではどうにもならないはずなのだ。
フクロウやコウモリでもないかぎり、闇を見通すことなど誰にもできない。
だが、私の目には、今も目前の情景がはっきりと映し出されていた。
そのことに、頭のどこか奇妙に冷静な部分で違和感を感じながらも、私は、ただただ叫び続ける。
まるで、肺の中の空気を全て吐き出してしまいたいかのように。
「腕が!ううう腕がぁぁ!」
とても大事な大事な大事な、彼の腕。
料理人の証。
それは、旅の間にも、私にたくさんご飯を作ってくれた大切な、羊人の、私だけの救世主様の腕だったのに……
なのに……
もうできない。
ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!
私のせいだ。
私が、あの人を海まで連れて行ったから!
あんな島まで行く羽目にならなければ!
もう、全部思い出した!
あの、忌まわしい光だ。
あの奇怪な料理人が、忌まわしい神、ペレケテンヌルを食ったとかいう、ふざけた男がいたせいで!
あんな男に出会いさえしなければ!
…いや、違う。
私のせいだ。
これは、私のせいなのだ!
彼はあのとき、逃げることだって出来たはずだ。
関係ないと勝負はを避けることだって、当然して良い状況だったはずなのだ。
なのに、そうしなかった。
いや、彼がそう出来なかった理由なんて…一つしかない。
私だ。
彼は言った。
『兄に私を託されていた』、と。
私を守るように頼まれていたのだと。
一人旅であれば、こんなことにはならなかった。
私さえいなければ、この人は、一人だけで故郷に帰るための旅を続けることだって出来たはずだ。
後悔の苦味を感じ、胸がむかむかする。
私は、なんという愚か者なのか。
私がすることは、いつだって余計なことばかりだ。
「戻って…」
声が漏れ出す。
「戻って戻って戻って戻って戻ってもどぉってええええぇ!」
叫ばずにはいられない。
何をすれば良いのか、本当は分からない。
けれど、どうしても、なにもしないままではいられないのだ。
声が枯れそうになりながらも、さらに張り上げる。
「戻っ」
「…おちつけ」
「こ、これが落ち着いていられますか!……あれ?」
あ、あれ?
今の声は?
「だ、大丈夫なんですか?」
彼の身体を確かめなおす。
だけど、どう見ても、焼け焦げて崩れかけているようにしか見えなかった。
「お前が…大丈夫だと思うんなら…大丈夫…なんだろうさ」
「いえ、そういう精神論の話ではなくてですね…」
話の方向性を正そうとしたが、それを彼は、笑顔でさえぎる。
「…それにまだ、『役割』が…やるべきことが…ある…から、な」
「そんなに息も絶え絶えなのに…一体何が出来るんですか!」
いや、もしかして…その『役割』というのは、彼を使わした『神々』によるものなのだろうか?
私がそこに思い至った、ちょうどその時。
更なる変化が、また唐突に訪れた。
ぽとり。
「きゃああああ!」
「落ち着け!そして聞けよ『心臓』の娘!」
「きゃ…は、はい!」
彼の身体が、ぼろぼろと崩れだしていた。
にも関わらず、彼はしっかりとした口調で語り出す。
彼はまだ、問答を続けるつもりなのだ。
こんな状態になってすら。
「旅は、楽しかったか?生きることは、そんなに嫌か?」
「楽しかったです。けど…」
口ごもる私を、崩れゆく彼は、なおも促す。
…仕方ない。
彼の意志には、応えねばならない。
なぜなら彼は、私の救世主なのだから。
私は、すっかり重くなった唇をなんとかうごかす。
話を、続けないと……
「…けれど、意味がないことに耐えられないんです。
私は、習ったこと、受け継いだことだけで出来ている
私からそれらをとったら、後にはもう、なんにも残らないんです。
なんにも…」
「そうじゃない…だろ…?
お前は、『里』の外だって、立派に…歩いて…」
「駄目なんです!
貴方がいないと、
私は、導き手が、何かにすがらないと駄目なんです!」
「…そうじゃない、よ…」
そう語りながらも、彼の身体は今も、ぼろぼろと崩れ続けている。
「と、とにかく手当てを!
お、お医者様は」
動揺する私は、また彼に阻まれた。
手を掴まれたのだ。
今度は左手だった。
彼はもう右腕を使うことが出来ないからだ。
その事実に更に動揺する私だったが、彼はやはり構わず話を続けていく。




