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第五十二話(40~41の途中まで)

「ラム、今と向き合え

ちゃんとしろ

本当にやるべきことをやるんだ」


「分かりません。

いきなりそんなことを言われても…

何をすれば良いんですか!?」


「それは、自分で見つけるしかない。

ラム、さっきまでの夢で見た過去はどうだった?

他人の眼で振り返った子どもの自分は、お前にどう見えたんだ?

悪いやつらばっかりだったか?

違うだろ?」


「それは…」


「そもそもどうして、お前は旅に出られた?

代官の件が片付いたから?

それでも、旅支度の費用だって、そう安くはないだろう?

いくら『里』が儲かっているからって、そうポンポンと出せるもんじゃないはずだ。

そもそも、未だに食材扱いされる羊人の娘が旅に出ること自体、かなり危険だしな。

邪魔者を厄介払いするにしても、もっと手軽で安全な方法なんて、いくらでもあるはずだ。

だから、お前を、俺のお供としてわざわざ送り出したことにも、ちゃんとした理由があるはずなんだよ。

分かるだろう?」


「……私に、外の世界を見せるため?」


「そう、それだ。

そしてそれは、お前自身も望んだことだろ?

旅に出て、今日まで歩き続けてきたのは、他の誰でもなくラム、お前なんだから」


「……」


「ラム、お前も旅をしたかったんじゃないのか?

まだ見たことがない景色を、もっと広い世界を見て見たかったんじゃあないのか?

俺の目には、お前はこれまで十分に楽しんでいるように見えたぞ」


「それは…そんなの、許されないことです」


「ほう、『許されない』と来たか

それは一体、誰が誰に許されないんだ?」


「……」


「言いたくないか。

なら、俺が言ってやろうか?」


「……しです」


「んん?」


「それは、私です!

私が私を、許したくないんです!

もう良いでしょう!

こんな問答、何の意味もありませんよ!」


「だから、それで良い

それで良いんだ!

お前は、やりたいように、生きたいように生きれば良い

もう、伝統にも英雄にも、縛られる必要なんかないんだよ!」


その瞬間、私は、彼を突き飛ばしていた!

あまりの激情が、どうしようもなく身体を突き動かしたのだ!


その迸る思いのまま、私は叫んだ!


「そんなの…そんなの、無責任です!

神さまにつかわされた救世主だったら、ちゃんと責任をとって下さい!

だって貴方は、私の、私が待ち望んだ…」


だが、その叫びは、また唐突に遮られてしまった。


それは、詰め寄ったときに見えた、ある意外な情景のせいだった。


彼は、突き飛ばされ、その顔はうつむいている。

だが、それでも私には、はっきりとそれが見えた。

見えてしまった。

うつむき影が差す彼の顔、なんとその目には……輝くものが、光っていたのだ。


なんと彼は、静かに泣いていた。

泣きたいのは、こっちの方なのに……


もう、何もかもが、ぐちゃぐちゃだ。

主従の関係も、救世主と信徒の関係も、偉大な伝統さえも……

私が確かだと思っていた全ては崩れ、ぐちゃぐちゃのあやふやになってしまった。


私は、これからどうすれば良い?

一体、何をするべきなのだろうか?


思わず、天をあおぐ。


空は明るかった。

納屋の屋根には、大きな穴が空いていて、そこから煌々(こうこう)と美しい月の光が差し込んでいるのだ。

ちょうど、彼と初めて会った、あの夜のように。


私にとって、それは奇跡を、救いを象徴する光景だった。


けれど…けれど今度は、救いが降ってきてはくれないのだろうな。

自然と、そう思えてしまう。


なにしろ、既にもらった救いですら、この有様なのだ。


私は、神々に与えられた奇跡を、活かせていない。

これでは、天に見放されても仕方がないだろう。


つまり私には、救われる資格なんて微塵みじんも無い、とそういうわけなのだ。

私には、英雄も奇跡も、どうやら荷が重過ぎるらしい。


伝統を継ぐことも出来ず、生まれ故郷は勝手に救われ…それどころか、逆にこちらの方が心配されてしまっている。


何をしても上手くいかず、何を思っても、すれ違う。


この羊娘に残されているのは、こんなあやふやでやりきれない思いと、夢の世界だけなのだろう。


叶わない願いに、言うことを聞いてくれない夢。

なるほど、確かにそれは、失敗して何も出来ないでいる私にこそ、ふさわしい舞台なのかもしれない。


そのとき私は、そう納得しようとしていた。


……けれど、どうやらそんな私の思いですら、甘すぎる思い込みでしかなかったようなのだ。

予想は覆る。

次の苦難は、すぐにやってきたのだ。


それは、私が諦観に包まれていた、ちょうどそのときのことだった。


「……すまん、ラム。けど、もう俺は限界みたいだ」


「え?」


なんだかおかしいことに気づいたのは、彼の声の響きからだった。


「俺はやっぱり、救世主なんかじゃなかったみたいだ…」


「ちょ、ちょっと待って…」


ハッと、彼の方へ向き直った、その時だった。


ぼとり


何かが落ちた。


この音には、聞き覚えがある。

この気配も、記憶を刺激する。


また起きる。

あそこであったことが、あの⬜️であったことが、繰り返されてしまう。


あんな嫌なことが。


忘れたかった。

忘れていたかった情景が、また私の目の前に再現される。


私は、今度こそ確信した。

これは、悪夢だ。

それも、今まで誰も見たことがないほど最悪な!


起きたことは、とてもシンプルだ。

壊れかけていたモノが、ついに壊れた。

それだけのことに過ぎない。


私の目の前で、彼の身体が崩れていた。

黒く焦げた腕が落ち、大地に転がっている。


私は、悲鳴をあげた。


高く伸びる声が、天井を突き抜け、空を響き渡っていく。


気づけば闇が深まり、月の光さえも消えかけていた。



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