第四十九話(37~38の途中まで)
「そうか、『引っかかり』は、やっぱりそこなのか。
なるほど、なるほどなぁ……」
気づけば、なんだか彼はやたらとしかめっ面をしている。
苦しそうだ。
「な、なんでしょう?どこかお体でも悪いのですか?」
事情が分からない私は、混乱するしかない。
ついさっき、この方が屋根から落ちてきて、それから今の話へと移ったばかり…そのはずだ。
ただ、なんだか軽い頭痛と違和感があるような気もするが……
きっと気のせいだろう。
つらい記憶の再現は、全て終わったのだ。
だからもう、嫌なことは何も無い。
神々は、私の祈りに応えて、奇跡を起こしてくださった。
暗い過去は終わり、一度は見捨てられた【里】の伝統工芸にも再び光が当てられたのだ。
だから、もう何かあるはずもない。
何かがあっては、いけないのだ。
そんなふうに私が考えこんでいたのは、ほんの少しの間だった。
けれどそのわずかな間に、偉大なる『神の使い』様はすっかり落ち着かれたようだ。
その目には、決意の光がある。
「繊細な問題だから、じっくりと時間をかけたいところだが、『前例』を見るにそれじゃ効果は薄そうだしな…。
仕方ない。
どうやら、荒療治をするしかないようだな」
はて?
彼は一体、何をおっしゃっているのだろうか?
何か分かったのなら、一人で納得していないで、教えて欲しい。
それは、別に不安になるからではなく、はっきりしないのが嫌だからだ。
決して、不安なわけではない。
私は強いのだから。
強くなければ、いけないのだから。
「あの、あなたさま?」
「それで良いのか?」
一体何のことを…?
「まだ『心臓』を誰かに食べさせて、自殺するつもりなのか?
やめる気はないのか?」
なんだ、そんなことか。
「……それが私の、私の家系の約目ですから」
「まあ、そう答えるよな。
さて、本題だ」
え?
そこであっさり退くのですか?
「一度だけ聞こう」
はて、彼は今度は、いったい何をおっしゃっるつもりなのだろうか?
「俺を見ろ
お前には俺が、どう見える?」
どうと言われても…
そんなの、子どもの姿に決まっている。
彼が変身したのは、一度だけだったはずだ。
彼は一度、特殊なスパイスの力で若返ったが、そんな特別なことが何度も起きるわけがない。
それともまさか、時間の経過とかなにかのはずみで『元の姿』に戻れていたり……するのだろうか?
私は、目を凝らした。
するとなんと、
「きゃああああ!」
私は、思わず悲鳴をあげてしまった。
改めて見た彼の姿は、ひどいものだったのだ。
まず、目に入ったのは、酷いやけどだった。
彼の身体は、赤く焼けただれ、それは顔から肩に至るまで大きく広がっている。
しかも、それだけではなかった。
それは、まだ『軽い部位』だったのだ。
彼の正面の部位は、夕日のように『赤』かった。
だが当然、夕日は沈む。
その燃えるような『赤』には、明確な境界線があった。
それは、夜が訪れる証。
夕から夜へ、『赤』を『黒』が侵略している国境線だった。
そう、彼の身体の大半は、『夜』の領域は、を占めていたのだ。
彼はまるで、黒い影のようだった。
全身は見えない。
けれどあれはきっと、いいや絶対に、ひどい火傷を負っているに違いなかった。
さらに、それは焼き過ぎた肉のように煙をあげ、ひどい匂いを出していて…
「焦げ、焦げ、焦げて!」
こんなこと、起きてはいけない!
私は、激しく目をしばたかせた。
そうすれば、こんな『現実』、いや悪夢など否定できるような気がして、まばたきを何度も繰り返したのだ。
*
あれ?まだ焦げて
*
もう一度!
*
な、何度でも!
*
*
*
だが、何度まばたきしても、目の前の光景は一向に変わらなかった。
どうしてだろう。
今までは、上手くいっていた。
そのはずだったのに……
疲れ切った私は、そのまま手で顔を覆い隠そうとして…彼に手を掴まれた。
「待て、とりあえず落ち着いて…」
思わず、叫ぶ。
「ひどい!こんな黒焦げじゃ、料理として出来損ないじゃないですか!食べられません!」
「指摘すんの、そこかよ…」
がっくりと肩を落とす彼があまりに気の毒だったので、あわてて声をかけた。
「す、すみません。
でも!やっぱりそれが一番重要と」
だが、その呼びかけもまた、
「まあ、予想の範囲内だけどな」
遮られた。
「え?」
「まずは、ちょっと話を聞け。
現状の確認は出来たんだろ?」
「で、ですが…」
「いいから聞け、焼き加減を心配するのは、料理人である俺だ。
それは、お前の仕事じゃあないだろ?」
「そ、それはそうですが…」
混乱する私をよそに、彼は、あくまで自分のペースで話を進めていく。
「ラム!」
「ひ、ひゃい!」
今度は、両手で頭を挟まれてしまった。




