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第四十六話(35の途中まで)

どんな相手であろうと、視覚と移動を封じてしまえば、体格差も筋力差も関係なくなる。


幸い、相手との間には十分な距離があるし、この納屋は結構暗い。

暗闇に目が慣れるまでの時間を活かせば、何もさせずに封殺することはたやすいはずだ。


殺さなけ…


「あれ、アンタ誰だ?ええっと☆※□◆」


「あ、『日本語』で大丈夫ですよ…いや、まさか貴方、『日本人』だとか言いませんよね?」


とりあえず、会話には応じてみた。

情報は、いつも必要だ。


『日本語』は、『マンガ』という絵物語によってこの世界では広く知られている。


この言語は、古代帝国時代には既に、教養が少ない下層階級の言葉として定着していたらしい。


今では、世界標準語のひとつだ。

なんでも、こちらで文字や言語の統一が成される前に、大量の美食情報と共に流入して使われるようになったため、結果としてそうなってしまったのだとか。


もっとも、肝心の『日本』という異世界の国家の実在は未だ証明されていないし、漂着した記録媒体などから再現されたとされる『日本語』が、本当に現地で通用するかは不確かなのだけど。


してみると、これはそれを試すことが出来る初のケース…なのだろうか?


もし、『日本人』だとすると…美食で口から光線を吐いたり、いきなり服を脱いだりする…本当に?

信じるわけではないが、あるいはこれは、警戒の度合いを強めねばならないかもしれない。


ともかく、この後、力技で情報を引き出すにしても、本人の主張を聞き出すことが重要なことには変わりはないのだし。

それに、ヒトが駆けつけて来るのを待つための時間稼ぎにもなる。


「お、助かる。

観光が盛んな地域だと、わりと話が通じるのが良いな。

日本大使館を探しているんだけど、どっちへ行ったらいいか分かるか?」


そんな良く分からない妄言を聞き流しながらも、私は、彼の挙動に対して、全神経をもって注意を注いでいた。

手の動き、それに足の動きにも。


もし、相手が突然動き出したとしても、事前に注意さえ払っておけば、対応は可能だ。


私は非力だが、戦う力ぐらいはある。

毒液の壺もあるし、実は、本来戦いに向いていない【羊人】族にだって、こんなときに役立つ武器のひとつぐらいはあったりするのだ。


そうして私は反撃に備えて、静かに身構えていた。


奇跡なんてあるわけがない…あってはいけないのだ。

だって、そんなものがあるのなら、救世主なんて人がいるのなら、私の母は、お母さまは、どうして…


「あ、早口すぎたかな。もう一回言おうか?」


いけない、今はそんなことを考えている場合ではない。

時間は今も休むことなく流れ、状況は刻一刻と変化を続けている。

早く適切な対処を、伝統としきたりにのっとった行動をしなければ!

そうでなければ、それこそ母に合わせる顔がなくなってしまう!


気を引き締め直した私は改めて身構え、警戒を強めた。

けれど……


…結論から言おう。

結局は、そのせっかくの準備も、無意味に終わってしまったのだ。

そのとき私は、時間稼ぎのために適当な戯言を並べ立てていたのだが……


「そのタイシカンという方に連絡をつけるので、ちょっとそのままじっとしていていただけますか?

ええ、そのままヒトが来るま…うわっ!」


突然のことだった。

なんと、彼は、唐突に襲いかかってきたのだ!


もちろん、私はちゃんと注意は払っていた。

けれど、その浮浪者の動きは、私の予想を大きく超えていたのだ!

彼が動かしたのは、手でも足でも無かった。


それは全身!

彼が選んだのは、文字通り、全身全霊による決死の突撃だった!


つまるところ…彼は、いきなり頭突きをしてきたのだ!


ずるい!

それ、私が先にやろうと思ってたのに!


何より、あまりにも意表を突かれたせいで、また可愛らしくない叫び声をあげてしまったではないか!


そして彼の身体が、私に触れる。


というか、激突した。


お、重い!

のしかかる重み。


こんなの、一体どうしてくれ…あれ?


「あ、あったかい?」


そのとき私が感じたのは、憤り、重量それに…久しぶりのヒトの熱だった。


初めて触った、というか不本意にも接触してしまった異性の肉体は…なんだかすごく暖かかった。

そういえば、ヒトとこうして直接触れ合うのは、もうずいぶんと久しぶりのことだ。


突然の襲撃者、私が排除することばかりを考えていた彼は、触れると暖かかった。


その、不意打ちで訪れたぬくもりに、私は、不覚にも少し気が緩んでしまった。

ずいぶんと昔、母とこんなふうに抱き合ったときのことを思い出してしまったのだ……


「というか、これは…」


いや、彼はむしろ熱かった。


というか、あまりにも熱すぎた。

異常なまでに。

思い出に残る母とはずいぶん違う。


男性というのは、皆このように熱いものだったりするのだろうか?


…いや、そんなわけがない。

それなら、防寒対策をしているこの地方の男性は一体なんなのだ。


その発熱は、年頃の乙女である私の魅力のせい…ではもちろんなかった。


そこで私は、ようやく事態に気付いたのだ。


彼は死にかけていた。

熱病で。 


要するにさっきのアレは『頭突き』ではなく、単なる卒倒だったのだ。


どうしてこうなった!?




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