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第四十四話(33~34の途中まで)


それは、とても明るい満月の夜のことだった。

そしてそれは、私がついに決意を固めたときでもあった。

これまでは、さんざん泣きわめいたりもしたが、それも今日までだ。


その夜、私は、母のもとに旅立つことにした。


父さまたちによれば、母は転落死したという。

絶対に嘘だ。

母さまは、この小さな【里】のあらゆる場所、全ての危険な小道を知っていた。


そんな母さまが、転落なんかで死ぬわけがない。


かと言って、殺されたわけもない。

母さまは、ひどく用心深い…実際のところ神経質なまでに臆病な方だったし、この【里】の道は全て常に見張られるようになっている。


何より、こんな狭いところで起きた殺人が、噂にならないはずもない。


現にここでは、何代も前に起きた殺人や事故死が、今に至るまで語り草となっている。

異世界から来たという本の話ではあるまいし、そんなことは、【里】で起きはしないのだ。


…事故でも、事件でもないとすれば、母の死因は一つしかない。


父さまたちは、必死にその真相を私から隠そうとしたようだ。

だが、もともと異世界の本を大量に読んでいるーーたぶん兄さまと同じように【里】の外に興味を持たせるためにそう仕向けられたーー私に、それが通用すると思ったら、大間違いだ。


いくら箱入り娘のお嬢さまでも、それくらいの見当はつく。


そして、そんなふうに、『まるで転落死』したように死ぬ、そんなやり方だって、私はとっくのとうに知っていたのだ。


そんなことにも気づかないなんて、やはり、父さまは兄さまとよく似ている。

けれど、それは私もそうかもしれない。


…全てが終わるまで、私も気づくことが出来なかった。

いつも、あんなにそばにいたのに。


母さまは、この世を捨て去るほどに追い詰められていたというのに…


結局は、私もあの兄さまと同じで、気づかなかったことが山ほどあったということなのだろう。

血は争えないのだ。


一つため息をつくと、私は『旅立ち』の準備を始めることにした。


椅子はもうある。

あと必要なのは天井にある十分に頑丈な梁と長い縄だけ。


そして、そんな縄なら、手近な樽を壊せばすぐに手に入るのだ。


私は確かに、気が利かない箱入りのお姫さまなのかもしれない。


けれど、お姫様をなめないで欲しい。

ヒロインがすぐに気絶したり恋愛がらみのトラブルに巻き込まれるロマンス小説、ごくたまに、特例として招かれた旅人の話、そして、例の梱包材に使われていた紙片。

情報は、いくらでもあった。


母と同じ死に方をするにはどうすればいいかなんて、私はとっくのとうに知っていたのだ。


そしてそのとき、私が椅子に足をかけようとした、ちょうどそのとき。

私は椅子に足をかけようとして。


だけど、あと一つだけやり残したことがあったことに気づいて動きを止めた。


そうだ、アレを忘れていた、と。


あれこそが、私の人生における『決定的瞬間』だったのだと思う。


私は、最後に、神様に文句を言うことにしたのだ。

今まで良い子でいたけど、それもこれまでだ。

私は、それほど敬虔な信徒というわけではなかったかもしれない。


というより、しょせん誰もが美食のことしか考えないこの【食卓界】で、神に認められるような者など、誰もいないのかもしれない。


けれど、私たちは、その例外だ。


一族の存続自体が、常に危機にさらされてきたため、偉大なる英雄の始祖と共に、さまざまな神々を祀り、その加護を強く願い続けてきた。


だから、資格があっても良いはずなのだ。


あるいは、母はもう文句をーー苦情を言ったのかもしれない。

彼女の最後の言葉を、私は知らない。

もしかしたら、母は、この世の全てに対して凄まじい恨みと呪いの言葉を残して息絶えたのかもしれない。


でも、たとえそうだったとしても、この私にだって、文句を言う権利ぐらいはあると思うのだ。


この【食卓界】を見守ると言われている神々は多い。


あまねく照らす女神アレヴォド。

雨をもたらす潤星の神ガルフィタ。

大いなる根菜の神ガリヨンテとその娘たる農耕と栽培の神、キノコ樹のレルプレア。

料理器具の発明者にして料理火の支配者、偉大なる神皇メクセト。


そして、『六大料理分類』の始祖とされる料理王たち…


もうこの際、【分け与える侵略者】小麦神アスポルラや伝承がほとんど無い紫の一者、ナットゥー・ラ・ネヴァーツキーの一族、毒殺を司る死の女神ルウテトだっていい。


大地に仕え、全てのものに美食という救いをもたらすとされる彼女たちは、どうして、私の母さまを救ってはくださらなかったのか!


そのとき、私は激しい怒りを覚えていた。


だから私は…神をおどすことにしたのだ。



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